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第9話:魔境の星
#07
しおりを挟む『アクレイド傭兵団』の名を聞いて、ノヴァルナ達の顔に緊張の色が走る。
「傭兵団の秘密施設? 奴等の上位階層は、ミョルジ家と手を切ったって、話じゃねーのか?」
秘密施設ともなると『アクレイド傭兵団』の下位となる第三や、第四階層の所有するものではないはずだ。
「そうですが、このユラン星系はアターグ家の領地ではなく、ミョルジ家がキヨウを支配下に置いた時、反抗して没落した貴族が所有していた荘園星系でして、その時以来、『アクレイド傭兵団』が事実上の支配者となっているのです」
なるほどこの星系が『アクレイド傭兵団』の支配下にあるなら、ラジェの治安の悪さも頷けるというものである。しかもテン=カイの話によれば、『アクレイド傭兵団』はラジェの統治より、ジュマを重視していたらしい。
「それで…その秘密施設がエルヴィスと、どう繋がりがあるってんだ?」
「エルヴィスの細胞組織の生成が行われており、そこで合成された組織がアヴァージ星系へ送られて、エルヴィスに移植されています」
テン=カイの言葉にノヴァルナは「なに…」と眉をひそめ、ノアも「えっ!?」と声を漏らした。直接問い掛けたのはモルタナである。
「つまりは、どういう事さ?」
「エルヴィスは、死にかけています」
「!!??」
予想外の返答に、ノヴァルナ達は言葉を失った。事態は単なる体調不良どころではない、という事だ。
「死にかけている?」
「はい。元々エルヴィスは、傭兵団から供与された技術で製造された、バイオノイドです。ミョルジ家単独では、その生命を維持していくのは困難で、緊急措置的なものとして、ジュマの秘密施設で合成した細胞組織を輸送し、随時移植しているのです。このジュマから出ている輸送船を利用すれば、エルヴィスの近くまで辿り着けるでしょう」
「話は分かった。だがバイオノイドってのは、そんなに不安定なものなのか?」
「………」
ノヴァルナの問いにテン=カイは無言になり、しばらくしてから重々しく自らの考えを述べた。
「いいえ。私が思うに、エルヴィスは最初から“不良品”となるよう、傭兵団に仕組まれていたのではないでしょうか…」
「最初から仕組まれていた…」
「つまりミョルジ家も結局のところ、『アクレイド傭兵団』に踊らされていたって事かい」
吐き捨てるように言うモルタナ。これが事実なら、『アクレイド傭兵団』の行動に謎が深まるばかりで、薄気味悪さすら感じさせる。
テン=カイの話では、エルヴィスの状態は急速な老化に近いもので、細胞崩壊が止まらなくなっており、ジュマの秘密施設で培養された細胞組織をアヴァージ星系へ運んで、エルヴィスに与えられているらしい。
「だがなんで、そんな面倒なシステムになってんだ? アヴァージ星系の方で、全部を賄えないのかよ?」
そう尋ねるノヴァルナの疑問も尤もなものである。だがこれこそが、ミョルジ家が『アクレイド傭兵団』に、首根っこを掴まれていた証左となるものだ。
「アヴァージ星系にあるのは、肉体合成用のシンセサイジングシリンダーのみで、元の体組織はジュマの施設にある、バイオ・マトリクサーで生成されたからです」
「バイオ・マトリクサー?」
学者肌の部分があるノアが、興味をひかれたらしく、ノヴァルナとテン=カイの話の間に入る。バイオ・マトリクサーは本来なら遺伝子の合成や組み換えなどで、目的の動植物を目的の環境に適応できるよう、改造するための装置だ。ただ機能が機能であるために、銀河皇国ではその使用に大幅な制限が掛けられていた。そんなものがジュマにあるとなると、それはまた別の懸念材料ともなる。そしてその懸念はテン=カイの次の言葉で、思いも寄らぬ事実と共に、すぐに現実のものとなった。
「ジュマにあるバイオ・マトリクサーは本来、ジュマ原産のボヌリスマオウという植物を、熱帯雨林気候以外でも生育可能にするための、遺伝子組み換えが目的で、設置されたもののようです」
これを聞いてノヴァルナとノアは、同時に驚きの声を発する。
「なにっ!?」
「ええっ!?」
テン=カイ自身はボヌリスマオウという植物が、どんなものであるかまでは知らないらしく、ノヴァルナとノアの反応に戸惑いを見せる。
ボヌリスマオウは八年前、ノヴァルナとノアが飛ばされた、皇国暦1589年のムツルー宙域で蔓延していた強力な麻薬、ボヌークが抽出される植物であった。これを持ち込んだとされる、惑星アデロンを支配するアッシナ家の代官、ピーグル星人のオーク=オーガーとの死闘は、ノヴァルナとノアにとって忘れ得ぬ記憶だ。
そして近年のイースキー家との争いで、ボヌークは皇国中央のどこかで、『アクレイド傭兵団』が作り出し、ムツルー宙域へ流したと推測される事がわかった。そのボヌークの原材料となるボヌリスマオウが、ジュマを原産地としているというのであるから、ノヴァルナとノアも穏やかでいられようはずがない。
皇国暦1589年のムツルー宙域で、ノヴァルナとノアが発見したボヌリスマオウの栽培農園は、荒涼とした惑星パグナック・ムシュであった。惑星全土が密林に覆われた惑星ジュマが原産地となると、気候が全く違うわけで、荒涼な環境にも適応出来るように、遺伝子レベルで改良された可能性が高い。
それにイースキー家のオルグターツが入手していたボヌークは、試作段階のものであった。この試作品の評価情報などもジュマの施設に、フィードバックされていたと考えられる。
ただノヴァルナ達にとってのここでの最優先事項は、エルヴィス・サーマッド=アスルーガであった。テン=カイはそれを忘れぬように…という、念を押すような口調で進言する。
「この秘密施設から、アヴァージ星系へ向かう貨物船に、上手く潜り込む事が出来れば、エルヴィスの近くまで辿り着く事も可能です」
「そいつがあんたの言う、“非正規ルート”って事か」
「さようにございます」
テン=カイの言葉で幾分頭が冷えたのか、ムツルー宙域で起こったボヌークによる被害を知っているあまり、秘密施設そのものを破壊してやろうかと思い始めていたノヴァルナは、冷静さを取り戻したようであった。いま自分達がいるのは敵の勢力圏の只中であって、今回の行動は人目を引いてはいけない。『センクウ・カイFX』や『サイウンCN』などを持って来たのも、最悪の場合に備えてのものだ。
ここで口を開いたのはモルタナだった。彼女はノヴァルナやノアほど、ボヌークに思い入れはないため、より現実的だ。
「だけど、その秘密施設とやらに、どうやって入るんだい? アヴァージ行きの貨物船に潜り込むより先に、こっちが問題じゃないのかい?」
モルタナの問いにテン=カイは、テーブル上に浮かぶ惑星ジュマのホログラムを回転・拡大させながら応じる。
「ジュマの秘密施設は秘密保持のために、センサーの使用は受動探知がメインで、能動探知の範囲が狭くなっています。そこでジュマの裏側から超低空へ進入。約二十キロ離れた位置に着陸し、徒歩で施設に向かうのです」
するとここで叫ぶように声をあげたのが、ガンザザだった。
「ジュマに降りて、徒歩だって!?」
そしてガンザザは、自分の声の大きさに口を片手で隠し、気まずそうに周囲を窺う。何人かの客がこちらを見ていたが、声を発したのがこの界隈の有力者の、ガンザザだと知って素知らぬ振りをした。声を潜めてテン=カイに問い質すガンザザ。元々厳つい顔が、さらに険しくなっている。
「正気か!?」
ガンザザの問いにテン=カイは、「危険は承知して頂く」と応じる。そこにモルタナが割って入った。
「ちょいと待ちなよ。えらく血相変えて“正気か!?”ってのは、どういう意味なのさ? 危険なのは分かるけど、そんな大騒ぎするほどなのかい?」
敵の秘密施設となればどのような形であれ、危険は伴う。だがガンザザの慌てようは、何か別の理由があるようにモルタナには思えたのだ。するとガンザザは驚くべき事を告げる。
「ジュマは両極地方以外の陸地のほぼ全土が、密林に覆われた惑星でな。しかも凶暴な巨大生物がうようよしてるんだ」
「いわゆる恐竜などの生物が棲む、古代惑星という事ですか?」
ノアの問いにガンザザは首を大きく、ゆっくりと左右に振って答えた。
「ああ、いやぁ…ありゃあ恐竜みたいな、生易しい生き物じゃないな。生態系を無視したような…まるで怪物だ」
するとノヴァルナが、変に興味わくわくといった表情で口をはさむ。
「怪獣惑星ってコトか!?」
隣に座るノアが夫の反応を見て、眉をひそめながら言う。
「なに、眼をキラキラさせてんのよ?」
「いや。だって恐竜以上の怪物と来たら、怪獣だろ? 燃えるじゃねーか!」
「子供か!」
呆れた顔でツッコミを入れるノアだったが、あまり冗談を言っていられる場合では無いのも確かである。ガンザザの話では、本来ならラジェと同時にジュマも、植民惑星として開拓が行われる計画だったのだが、危険な生物が多過ぎるため、見送られたというのだ。
「ガンザザ殿の懸念も、当然ですな―――」
ノヴァルナのおかしなノリと、ノアのツッコミで脱線した話を元に戻すように、テン=カイは落ち着いた口調で切り出した。
「もし身の安全をお考えになるのであれば、アヴァージ星系へ向かうのを、見合わせられても良いかと思います」
これを聞いてノヴァルナは、「アッハハハハハ!」と高笑いを発する。テン=カイの今の発言を、煽り文句と受け取ったらしい。
「言うねぇ。戦場をほっぽり出して、わざわざ敵の領地のど真ん中まで来たってのに、今更帰れってか? この俺が怪獣の一匹や二匹で、逃げ帰るかよ!」
「怪獣じゃないってば!」とノア。
「一匹や二匹じゃなく、十匹や二十匹だぞ」とガンザザ。
次々に浴びせられるツッコミにも、ノヴァルナはどこ吹く風の不敵な笑みだ。
「こまけー事は、いーんだよ! 案内しろい!」
▶#08につづく
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