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第10話:シンギュラリティ・プラネット
#20
しおりを挟むただひと息ついたとはいえ、ノヴァルナの胸の内に、もやもやとしたものが残っているのも確かであった。
『ブローコン』号でこの場を離れる直前。二体の怪獣が格闘を続ける秘密施設の上空を、安全な高度で周回して観察したのだが、崩落した離着陸床に巻き込まれ、へし折れていたピーグル星人の貨物宇宙船は、二隻だけが確認され、もう一隻の残骸は見当たらなかった。
施設へのダメージは壊滅的で、周囲に広がっていたボヌリスマオウ農園は、三体の怪獣が踏み荒らし、火災も発生して、こちらもほぼ全滅状態。『アクレイド傭兵団』が施設の再建を図るのであれば、相当の年月が必要となるだろう。
しかし肝心のオーク=オーガーの生死を確認できないのが、ノヴァルナには気掛かりであったのだ。実際にオーガーは生き延び、残る一隻の貨物宇宙船で逃亡しており、ノヴァルナの感じている不安感は、その気配を察知したのかも知れない。
大気圏外に向けて上昇する『ブローコン』の、通信士席に座ったカーズマルスが報告する。
「潜宙艦『セルタルス3』より入電。高速クルーザー捕獲に成功したとの事です」
これを聞いてノヴァルナは気持ちを切り替えた。やれる事はやったし、本当にやるべき事は、まだこれからなのだ。
「よし。『セルタルス3』と合流する。それとモルタナの姐さんに、連絡を取ってくれ。タイミングを合わせるんだ」
モルタナ=クーギスが指揮する偽装貨物船団は、ガンザザの所有する架空交易会社の荷を積み、アヴァージ星系方向へ先行している。登録目的地はアヴァージ星系ではなく、その先にある植民星系にしてあり、航路の関係でアヴァージ星系の近くを、航行する形になるように設定していた。ノヴァルナ達がこの宙域から撤収する際に、その支援を行うためだ。そしてそれには、タイミングを合わせるのが重要となる。綿密な連携が必要である。
ガンザザの『ブローコン』号は、惑星ジュマの月の裏側で『セルタルス3』との合流を果たした。『セルタルス3』の左舷側には捕獲した高速クルーザーが、接舷されている。ガンザザの『ブローコン』は反対側の右舷側へ、船体を横づけした。ガンザザの役目はここまでだ。
「じゃあな、おっさん。世話になった」
ドッキングした二隻の、『ブローコン』側のエアロックまで見送りに来たガンザザに、ノヴァルナは右手を挙げて礼の言葉を口にする。ガンザザは大きな口を大きく歪めた笑顔で、言葉を返す。
「こっちこそ、殿様。なかなか楽しい冒険だった」
そう言うガンザザの四つ並んだ眼は、前に立つノヴァルナを相変わらず、“およそ星大名とは思えない風変りな殿様…”と語っている。ただそれは同時に、友誼に満ちた光を帯びていた。
「またなんか、手伝える事があったら、いつでも言って来な。しっかりな」
「おう。そん時は、遠慮なく頼まぁ」
別れの言葉を残し、エアロックの扉が閉じられる。一方で『セルタルス3』側のエアロックでは艦長が、出迎えの敬礼をして待っていた。ノヴァルナは答礼しながら声を掛ける。
「手間を取らせたな、艦長。準備は出来ているか?」
「はっ!」
「じゃ、すぐに掛かってくれ」
ノヴァルナは指示を出し、『セルタルス3』に乗り込むと立ち止まる事無く、艦長の案内で艦内を最短コースで横切り、そのまま反対舷に横づけしている、『アクレイド傭兵団』の高速クルーザーまで移動した。カーズマルスと五人の陸戦隊員。それにテン=カイも一緒だ。すると家臣達を先に行かせ、ノヴァルナは後ろを振り返る。そこにはノアとカレンガミノ姉妹、そしてヤスーク少年がいる。
「んじゃ、ちょっくら、エルヴィスに会って来るぜ」
命懸けの会見を気軽に言うノヴァルナに、ノアは苦笑いしながら「うん。いってらっしゃい」と応じ、さらに続けた。
「私はモルタナさんの『ラブリー・ドーター』で、『サイウン』を出せるようにしておくから」
こちらも気軽に言うが、要はノヴァルナが窮地に陥った場合、自分とカレンガミノ姉妹が、モルタナの旗艦、『ラブリー・ドーター』に搭載している『サイウンCN』と、『ライカSS』で援護に出る事を示唆している。
これを聞いたノヴァルナは、やれやれ…と肩をすくめて首を振り、苦笑いを返して告げた。
「ま。そうならないように、頑張ってみるわ」
それだけ言って一旦、高速クルーザーに乗り込んだノヴァルナだったが、何か大切な事を思い出したらしく、急いでノアのもとへ駆け戻って「おいっ!」と、呼び止める。そして「どうしたの?」と尋ねるノアに、真剣な口調で言い聞かせた。
「ヤスークを『ラブリー・ドーター』に乗せる前に、モルタナ姐さんにちゃんとした服を着るように言っとけよ。姐さんの普段のエロい恰好を見せたら、また騒ぎを起こしかねないかんな!」
ノヴァルナの言葉には確かに一理ある。普段からセパレート水着のような、肌の露出の多い衣服を着ているモルタナを見れば、まだ女性への免疫が少ないヤスークが、何をしでかすか分からないからだ。「了解」とノアは再び苦笑いを浮かべ、頷いた。
高速クルーザーにはすでに『セルタルス3』から移乗した、カーズマルス指揮下の陸戦隊員が乗り込み、発進準備を整えていた。彼等は惑星ジュマに降りずに待機していたメンバー三十一名で、その中の六名が船のコントロールルームにいる。この六名は宇宙船の操縦技術を有しており、記憶インプラントでこの型のクルーザーの操船方法を修得。捕虜にした本来の乗組員の代わりに、クルーザーをアヴァージ星系まで航行させる役目を与えられている。
当初の計画では、アヴァージ星系行きの高速クルーザーは、潜宙艦で拿捕するのではなく少数で潜入して、到着まで身を隠しておく予定だったのだが、ノヴァルナが施設と麻薬草農園の壊滅を目標に掲げたため、拿捕に変更されたのである。
高速クルーザーは『セルタルス3』の反対側に接舷していた、ガンザザの貨物宇宙船『ブローコン』号が離れるのを待って、移動を開始する。
「クルーザー311、出発する」
船長役の陸戦隊員が『セルタルス3』に連絡を入れ、高速クルーザーは控え目な加速で、舷側を離れていった。程なくしてクルーザーのセンサーから、『セルタルス3』の反応が消失する。潜宙艦特有のステルス機能を作動させたのだ。
「メシ、フロ、寝る!」
加速を続けるクルーザーのキャビンで、ノヴァルナは単語を三つ口にすると、そのまま大あくびをした。これにカーズマルスが応じる。
「お食事は、戦闘糧食しかありませんが」
「それでいい」
ノヴァルナは短く答え、シャワーを浴びるため着衣を脱ぎ始める。
「俺はシャワーを浴びっから、テーブルに出しといてくれ。喰ったら寝るし」
ノヴァルナが忙しそうなのは、あまり時間が無いからだ。高速クルーザーというだけあって、明日にはアヴァージ星系へ到着する事が出来るし、またそうしなければ疑われるためである。拿捕からここまで消費した時間を考えれば、『セルタルス3』の中で将官用の食事をとったり、ゆっくり休息してはいられない。
シャワールームの扉に向かって『アクレイド傭兵団』の着衣を、点々と脱ぎ散らかしながら向かうノヴァルナは、カーズマルスに背中を向けたまま付け加えた。
「おまえらも早めに休んどけ。また忙しくなるだろうからな」
こうして一時間も経たないうちに、高いびきをかき始めたノヴァルナを乗せて、高速クルーザーは一路アヴァージ星系を目指して行ったのである………
▶#21につづく
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