296 / 526
第11話:我、其を求めたり
#30
しおりを挟む硬軟織り交ぜて主導権を握ろうとして来る辺りは、セッツァーの巧妙さと言えるであろう。普段からこういったやり取りに慣れていればこそである。しかしながらノヴァルナからすれば、このようなくだらない言葉遊びに、付き合うつもりなど毛頭なかった。
「いいえ。矛盾はしておりません」
さらりと言ってのけるノヴァルナに、セッツァーは「む…」と、僅かに口許を歪める。その理由を穏やかな口調で続けるノヴァルナ。
「主敵たるミョルジ家を撃退し、ヤヴァルト宙域周辺に残っているのは、言うては悪いですが小勢力ばかり。この先はわたくしは総司令部にあり、各武将にこれらを平定させる所存にて、当分は仮面を被る必要もなくなる…という事です」
「そ…それは…いや、それは頼もしいですな」
本当は“それは慢心というものではないか?”と、煽りたかったセッツァーだったが、ノヴァルナの穏やかだった口調と裏腹に、“いい加減にしろ”と凄みを利かせた鋭い眼光に気付いて、急いで台詞を修正した。セッツァー達上級貴族にとっても、“今はまだ”ノヴァルナの力を頼らねばならず、あからさまに敵対してしまうわけにはいかないからだ。
対するノヴァルナの方も本音はともかく、あまり意固地になっても流石に大人げない…と思ったらしく、妥協案というわけでは無いがジョシュアと上級貴族達に、褒美代わりの三つの要求を行った。
一つはウォーダ家の保護下にあるヨゼフ・サキュダウ=ミョルジを、ミョルジ家嫡流として星帥皇ジョシュアが直々に認可を与える事。
もう一つはヤヴァルト星系とミノネリラ星系の間の超空間ゲートの使用権を、星帥皇室の独占から、ウォーダ家へ割譲する事。
さらに残る一つは、現在交渉中の自治星系ザーガ=イーが、ウォーダ家の直轄地となる事を受け入れた場合、これを認める事。
これを聞かされたセッツァーは、特に二番目の要求に一瞬、たるんだ頬の肉を引き攣らせた。一部とはいえ、星帥皇室の特権となっている超空間ゲート網の使用権を、一介の星大名に分け与えるなど、前代未聞であったからだ。
「これはまた、大胆なご希望ですな」
間を取り繕う苦笑を交えて応じるセッツァー。ノヴァルナがこのような要求を、褒美の代わりに口にするとは思ってもいなかったのだ。セッツァーはこれを呑む事で、ノヴァルナを懐柔する一歩に割が合うのか…という眼をする。それだけ実利主義のノヴァルナを、セッツァーが見誤っていたというわけだ。
事実、ノヴァルナが要求した、ヤヴァルト星系~ミノネリラ星系間の超空間ゲート使用権の割譲は、戦略的に見ても非常に大きな意味を持つ。
その意味とは、今後皇都惑星キヨウを何者かが襲撃しようとした場合、ウォーダ家は自己の判断で、短期間に大軍をキヨウへ送り込む事が、可能となるというものである。
ところがこれはバルガット・ヅカーザ=セッツァーら、現状に含むところのある上級貴族達にとっては、諸刃の剣だった。
上級貴族が腹の内に秘めた野心は、かつての銀河皇国のように、上級貴族が実質的に政治を動かし、権勢を振るえるようになる事だ。そのためには今はまだノヴァルナとの関係がどうであれ、皇国の運営にはウォーダ家に頼らなければならない不安定な状況であるが、いずれはタ・クェルダ家、ホゥ・ジェン家辺りを味方に引き込み、ウォーダ家の勢力を削いでいく必要がある。
しかしその構想も、ウォーダ家の領域のミノネリラ星系から、いつでもすぐに大軍が押し寄せる事が出来るようになると、巨大な障壁となる。もしウォーダ家に敵対しようものなら、超空間ゲートから到着したウォーダ軍の銃口は、上級貴族達に向けられる事になるからだ。
するとセッツァーの懸念を混ぜ返すように、ノヴァルナは事も無げに言う。
「銀河を事実上統べる関白や摂政の地位よりも、超空間ゲート網のごく一部の割譲の方が重要…などという事は、よもや無いとは思いますが?」
「む…う…」
言葉に詰まるセッツァー。ノヴァルナの言う通りではあるが、ヤヴァルト星系が超空間ゲートでミノネリラ星系と繋がるのは、関白や摂政の地位を与えて、取り込みを仕掛けるのとはワケが違う。
ノヴァルナはさらにヨゼフ・サキュダウ=ミョルジを、星帥皇室がミョルジ家嫡流であるのを正式に認可する事で、ジョシュアの寛容さを強調する事が出来。またザーカ=イー自治星系をウォーダ家直轄領とする事で、星帥皇室復権の資金源となる旨の、“表向きの理由”をわざとらしく述べる。
これを聞いて、セッツァーにとって要らぬ口出しをしたのが、星帥皇のジョシュアであった。ジョシュアはノヴァルナの上っ面の言葉のみを聞き、深く考える事も無くこれらの要求を良しとした。
「さ…流石はノヴァルナ殿。“皇国の秩序と安寧の回復”を謳われたは、く、く…口だけではなかった。ヅカーザ卿。ここは一つノヴァルナ殿の望み通りにしてやっても、良いのではなかろうか?」
ジョシュアの不用意な賛同に、ノヴァルナはすかさず感謝の言葉を述べ、既成事実にしようとする。
「ジョシュア陛下のご厚情、まことに有難く存じます」
このジョシュアの差し出口にセッツァーは一瞬、鬼のような形相になった。しかしすぐに表情を穏やかにし、ジョシュアに振り向いて恭しく頭を下げる。
「陛下がそのように仰せになられるのであれば、わたくし共に反対する理由はございません」
そしてノヴァルナに向き直ったセッツァーは、先程までと同じ、人工的な笑顔を顔に張り付けて告げた。
「…という事ですな、ノヴァルナ殿。ヨゼフ殿のミョルジ家嫡流の公式認定は、NNLを通して即日公布させて頂きます。そしてザーカ=イー星系の扱いにつきましては、御家の交渉次第となりますので、結果が出ましたらそれに沿って、という事にて―――」
ここでセッツァーは、超空間ゲートの案件については、抵抗を見せる。
「ですが超空間ゲートの件につきましては、ゲートの防衛を担当する皇国直轄軍などの、関係機関との調整もございますれば、今少し時間を頂戴する事になりまする事を、ご承知おきください」
これを聞いてノヴァルナは、“まぁ、そうだわな…”と、セッツァーの物言いに納得した。超空間ゲートの制御権の割譲は、皇国支配の基礎的権益の一部を失う事であり、星帥皇室と貴族達の威信に関わる問題なのだ。できるだけ引き伸ばしたいという、セッツァーの考え方も理解出来る。
これ以上事を荒立てたくないノヴァルナは、セッツァーの申し出を是とした。ただしこれは、妥協したわけではなく、ノヴァルナにはノヴァルナで、ミノネリラ星系からヤヴァルト星系までを、短期間で部隊の移動を行うための、新たな手法を思いついており、それを先に実用化してみたいという構想があったからだ。とどのつまり、ノヴァルナにとって親友と呼べたテルーザ亡きあとの星帥皇室と、上級貴族達は、“どうでもいい”存在となりつつある事を示していた。それらを踏まえてノヴァルナは、「かしこまりました」と当たり障りのない返答をする。
これに安堵した様子のセッツァーと、状況があまり理解出来ていないままのジョシュアを残し、ノヴァルナは謁見の間をあとにした。そこでふとノヴァルナは、自分が行った要求の三つ目の方へ、思考を巡らせる。
「そういやキノッサの野郎…ザーカ=イーで上手くやれてんのかよ?…………」
▶#31につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる