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第14話:齟齬と軋轢
#13
しおりを挟むエーケース=アンクルジーからモーリー家と、ミョルジ家の内情を聞かされたノヴァルナであったが、その胸の内には釈然としないものがあった。
無論、エーケースの口にした言葉が、すべて真実であるとは限らない。というより、エーケースの語ったものは、“真実に限りなく近い話”であって、“本当の真実”ではない…と、ノヴァルナの心の中で警戒心が、頭をもたげて来ているのだ。
「貴殿の話は伺った。そこで訊きたいのだが、今の話の中で御家はナーグ・ヨッグ殿の、NNLシステム自動化構想に賛意を示していたとあったが、それは腐敗した皇国中央の体制を批判していたからだろう。それが今回、ジョシュア陛下や上級貴族達と協調関係を結ぶのは、一貫性に欠けるのではないか。この辺はどうか?」
ノヴァルナの問い掛けにエーケースは、“なるほど、なるほど”と言っているように、二度三度頷いてから返答した。
「それは臨機応変…いえ、この場合“清濁併せ吞む”という事にございます」
「………?」
無言でエーケースの次の言葉を待つノヴァルナ。
「確かに、今の星帥皇室と協調関係を結ぶのは、ナーグ・ヨッグ殿の構想に賛同した、かつての我等の思想と外れたものでございましょう。しかし今は天下静謐をまず急ぐべき時、システムの自動化が暗礁に乗り上げた以上、多少汚れはしていても、星帥皇室の威を借るが次善の策にございます」
そしてエーケースは、ノヴァルナを見据えて付け加えた。
「我等の考えは…ノヴァルナ殿下の腹積もりと、同様にございますよ」
これを聞いてノヴァルナは、内心で舌打ちした。同時に自分の中で釈然としないもの、その正体の一部に気付く。モーリー家の考え方と自分が、実は同じだという事だ。
ナーグ・ヨッグの、NNLシステム自動化構想に賛同していたモーリー家は、翻して見れば、テルーザ・シスラウェラ=アスルーガの理念に賛同していた、ノヴァルナと同じであり、手段こそ違えど皇国の行政改革を目指していた事に、変わりはない。そしてテルーザを失った今のノヴァルナは、不満を抱きながらもジョシュアの星帥皇室への忠義を旗印に、皇国の秩序回復を目指しているのではなかったか。
“そういうことか…”
モーリー家に感じていた不満の一部は、実は今の自分自身への不満である事に気付いたノヴァルナは、玉座の背もたれに上体を預けて、俺も迂闊なもんだ…と小さく苦笑した。
「相分かった、エーケース殿。我等とて星帥皇室が、御家との協調関係を結ぶ事を決めたのであるなら、それに異議を唱える立場にあるわけではない。そして我等が知り得ぬ、貴重な情報を供与して頂いたのは感謝する」
ノヴァルナが礼の言葉を述べると、エーケースは深々と頭を下げた。さらに言葉を続けるノヴァルナ。
「いずれ早いうちに、こちらからも御家に返礼の使者を送る。今日は遠路ご苦労であった。いま少し話したい事もあるゆえ、しばらくはこちらに、逗留して頂いても宜しいか?」
「これは我等にも願ってもないお言葉、ありがとうございます」
エーケースが再び頭を下げると、ノヴァルナは謁見の間に居並ぶ、自分の家臣達に顔を向けて呼びかけた。
「トゥ・キーツ=キノッサ…キノッサはいるか!?」
「はっ! キノッサならば、ここに!」
そう声がして、列をなす家臣達の一番奥二列目から、腰を低くし、手刀を切りながらキノッサが進み出た。ノヴァルナの前までやって来たキノッサは、片膝をついて下知を待つ。
「キノッサ」
「ははっ!」
「こちらのご使者の、饗応役を命じる。充分にもてなすように」
「御意!」
畏まって応じ、立ち上がるキノッサに、エーケースは“ほう…”と、興味深そうな眼を向けた。“スノン・マーダーの一夜城”をはじめとする一連の活躍を、知っているのかもしれない。
「トゥ・キーツ=キノッサにございます。よろしくお願いいたします」
エーケースに向き直ったキノッサは、持ち前の人懐っこい笑顔を見せた。
謁見を終え、執務室に戻ったノヴァルナは、事務処理の仕事に戻るでもなく、応接用ソファーに仰向けで行儀悪く寝そべる。そして窮屈そうに紫紺の軍装の胸元をはだけさせると、同行して来た副官のランと事務補佐官のジークザルト、それに護衛役のヤスークが、所定の位置に付こうとするのを呼び止めた。
「三人とも、まぁ座れや。意見を聞きてぇ。ヤスークもプライベートでいい」
指示に従って、三人は空いているソファーに座る。ノヴァルナが最初に問い掛けたのはランだった。
「ランはモーリー家の話、どう聞いた?」
「はい。言っている事に、これまで我々が入手した情報との整合性はありますが、物的証拠が何もない以上、鵜呑みにするのは控えるべきかと」
「ヤスークはどうだ?」
プライベートだと言われたヤスークは、普段通りの言葉遣いで答える。客観的意見を述べたランとは対照的に、こちらは直感的だ。
「僕には難しい事はわからない。けれどあのアンクルジーって人は、悪い人じゃ無いと思う」
「いわゆる、“野生のカン”ってヤツか」
ヤスークの感想にそう応じたノヴァルナは、「ジークザルト、おまえは?」と質問を向ける。するとジークザルトは逆に質問を返して来た。
「その前に、ノヴァルナ様ご自身は如何なのです?」
主君の質問に質問で返して来る、こういった辺りがジークザルトである。本来ならこのような態度は無礼な限りだが、プライベートな場でのノヴァルナは誰であっても、対等に接して来る事にこだわりがないのを、知ったうえでの逆質問だった。
「俺か?…正直なぁ―――」
そこまで言ったところでノヴァルナは、両手を枕に執務室の天井を見据える。そして僅かに、表情を苦々しいものにした。
「気に入らねぇ。どういう理由だろうと、傭兵団の連中とつるんでるって点でな。それに傭兵団とミョルジ家が、エルヴィスをあんな風にしちまうのを知ってて、見殺しにしたってのもな!」
吐き捨てるように言うノヴァルナに、ジークザルトは十六歳の年齢に似合わず、やれやれ…といった風に小さくため息をつく。
“この方もアンクルジー殿の言われた、清濁併せ吞むは理解されているはず…それでも、心の中にある少年のような真っ直ぐさは、筋違いな事を許せないらしいな”
もっともそうであるから自分は、この方に仕える事を選んだんだけど…苦笑いを浮かべたジークザルトは、「私の考えは―――」と意見を述べた。
「今この時、わざわざ敵を増やす必要はないですからね。事実はどうであれ、ここはアンクルジー殿の言葉を、信じておくべきでしょう」
ジークザルトが暗に、“自分の方が大人ですよ”と言っている事に気付いて、ノヴァルナは「ハッハハハ…」と乾いた笑いを発する。だが一方でジークザルトは、ノヴァルナのしたたかさを見落す事無く指摘した。
「しかしながらノヴァルナ様も、キノッサ様をアンクルジー殿の饗応役にされるとは、なかなかどうして…ですね」
十歳近い年下の少年から褒められて、ノヴァルナは「ふん…」と鼻を鳴らす。ただこれもノヴァルナからすれば、ジークザルトを評価してこその反応だった。昔の自分を投影したために、ジークザルトを傍らに置いているのだ。
そしてジークザルトの言葉は正しかった。ノヴァルナがキノッサをエーケースの饗応役に指名したのには、それなりの考えがあったのだ。
「生意気なヤローだな、ジークザルト。俺の考えが読めたってんなら、言ってみ」
▶#14につづく
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