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第15話:カノン・ガルザック撤退戦
#28
しおりを挟むその一方、ウォーダ家殿軍を捕捉したアザン・グラン軍主力部隊の総旗艦、『サイオウ』の艦橋では、総司令官である筆頭家老ヴァゼリエ=エヴァーキンが、決意を込めた眼で、視線の先の戦術状況ホログラムを眺めている。
「敵部隊は、HKー8730912星系外縁部小惑星帯へ、向かっている模様」
「うむ…」
オペレーターの報告に頷くエヴァーキン。ここまでは、ウォーダ家のハーヴェンの軍略に翻弄され、期待した戦果を挙げられてはいなかったが、両軍の消耗状況を鑑みて、“今度こそは”という思いがある。重ねて敵に不覚を取りはしたものの、根本的な戦力比が覆される事はなかった。
「ここで敵部隊を叩けるだけ叩く。これまでの借りを返すのだ。追え!」
敵将ノヴァルナは取り逃がしてしまったようだが、撤退中のウォーダ軍に多大な損害を与えておけば、簡単に再侵攻出来なくなる。そして実はノヴァルナを逃がした場合に備え、その後の戦略計画も概要は出来上がっていた。その時間稼ぎのためにも、大きな戦果を得たいところである。
HKー8730912星系の外縁部小惑星帯は、別の世界の地球と呼ばれる惑星においては、“オールトの雲”と呼ばれている天体である。幾つかの恒星系の最外縁部に見られるもので、一兆個を超える大小の岩石や氷塊によって、恒星系の外側を包むように構成されており、彗星の巣ともされる。
一兆個以上と聞くと途方もない数で、無数の岩や氷の塊が、まるで恒星系の周囲をびっしりと覆っているような印象だが、実際の恒星系は途轍もなく広大で、一兆個程度では覆い尽すどころか、隣に浮かぶ岩や氷を見掛ける事すらない。
そんな中で、このHKー8730912星系には、小惑星が密集している箇所があった。これはこの星系の特色の一つで、この小惑星帯内を周回していた準惑星同士が、数万年前に衝突して砕けた残骸が、別の準惑星のもつ重力圏に捕らえられたものである。
ウォーダ家殿軍はこの小惑星群を迎撃拠点として艦隊を布陣した。
ただ布陣と言っても、艦隊を小惑星群内部へは入れていない。それをしてしまうと艦隊、特に宙雷戦隊なとの中小艦艇の機動力が、進路を妨げる小惑星のために削がれてしまうからだ。これもハーヴェンの献策によるもので、これまでの戦闘で損傷を受けた艦を、比較的大きな小惑星の背後に隠し、応急修理とDFドライヴ用の重力子チャージに専念させるにとどめている。
しかし攻めるアザン・グラン側にしても、小惑星群の中を突っ切るのは危険な戦術で、これを迂回しつつウォーダ家殿軍と戦う事になり、戦闘区域が限定される分には、ウォーダ側が有利であった。もっともこの程度で、アザン・グラン軍の数的優勢が覆されたりはしないが。
アザン・グラン軍の主力部隊は合計八個艦隊。当初は十二個艦隊だったが、ナルガヒルデ=ニーワスが囮で送り込んだ、例のカーナル・サンザー=フォレスタ以下三個艦隊への対処で、四個艦隊を中途分離して派遣している。幾分戦力は減ったものの、それでもキノッサの殿軍部隊の倍はあった。
アザン・グラン軍総旗艦『サイオウ』から、総司令官エヴァーキンの命令が下される。
「数的有利を活かして、正攻法でいく。全艦隊は加速して小惑星群を迂回、敵正面から攻勢をかけよ」
これに従いアザン・グラン軍の全艦が、艦尾の重力子ノズルに黄色い光のリングを複数輝かせ、速度を上げ始める。同時に艦の外殻に並ぶ主砲塔が一斉に左向き旋回、射撃準備に入った。艦隊の左舷側に円盤状に浮かぶ小惑星群の中には、重力圏を構成している準惑星が見える。はるか遠くの主恒星からの弱々しい光を照り返すそれは、弾けた柘榴の実のような奇妙な形状だ。
「正攻法ですか…当然ですね」
このアザン・グラン軍の動きを、戦術状況ホログラムで見ているハーヴェンは、落ち着き払って感想を口にした。数を頼んだ正攻法こそ、ここでは正しい選択であるからだ。
「敵が射撃面に達したら、即時射撃開始ッス!」
対照的にキノッサは、決意を込めた口調で命令を発する。敵の数を考えれば、最大火力を叩きつけて、緒戦だけでも主導権を握る必要性がある。これも正しい選択だった。
そしてジリジリと待ちの時間が過ぎたあと、その時は唐突に訪れる。
「撃ち方はじめ!!」
射点に達した両軍の各司令官、各艦長、各砲術長が一斉に発令。数百門の主砲がビームをほとばしらせた。光学観測用に発光粒子を帯びた反陽子ビームが、大量に交差する。キノッサ軍は青色、アザン・グラン軍は赤色だ。戦艦や重巡の主砲ビームが光の投げ鑓ならば、軽巡や駆逐艦の主砲ビームは、光の矢といったところであろう。
緒戦は思惑通り、射点を先に確保していたキノッサ軍が優勢だった。小惑星群を回り込んで来たアザン・グラン軍艦隊に、多くの損傷艦が発生する。だがアザン・グラン軍も防御力の高い戦艦と、それが展開したアクティブシールドを盾に、強引に戦力を捻じ込んで来た。反撃を受けてキノッサ軍の戦艦が、一隻…二隻…三隻と傷ついてゆく。同じ数だけ損傷艦が発生していけば、ジリ貧なのはキノッサ軍の方だ。さらに増える損傷艦。戦況を見ていたハーヴェンが、キノッサに進言する。
「子供だましですが、今がアレをやるタイミングだと思います」
▶#29につづく
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