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第15話:カノン・ガルザック撤退戦
#30
しおりを挟むハーヴェンの“子供だまし”は、小惑星を利用した文字通り苦肉の策であった。最初にキノッサに告げたように、敵に奇策を仕掛けるにしても、ここまでの戦いで相当数の艦を失っており、このような陽動作戦を行う事ぐらいしか、出来なかったのである。
それでも効果は確かにあった。特に空母部隊がBSI部隊の一部を、迎撃のため発艦させてしまった事で、その収容に時間を費やす必要が発生したのが大きい。正攻法を好み、慎重な戦術を第一とするアザン・グランの家風が、出撃したBSI部隊を放置してはおけなかったのだ。
アザン・グラン軍主力部隊を引き離した、キノッサの殿軍が次に向かったのは、彼等がいるHK-8730912星系最外縁部を周る、第十三番惑星だった。アンモニアの氷に覆われた小ぶりな惑星で、まるで硬い壁に強く打ち付けられたガラス玉のような、蜘蛛の巣状の巨大な割れ目が南半球に存在している。
小惑星群離脱から約三時間。第十三番惑星の衛星軌道上にキノッサ艦隊、アルケティ艦隊、イ・クーダ家の二個艦隊が並んで布陣した。
「さすがにもう、小細工も出来まい」
アザン・グラン軍総旗艦『サイオウ』で指揮を執り続けるエヴァーキンは、戦術状況ホログラムが表示する、キノッサの殿軍の布陣を眺めて重々しく呟く。
隠れるような場所のない状況で、惑星の衛星軌道上に布陣する事によって、交戦局面を限定させる…数的不利な場合の防衛戦のセオリーである。
そして敵がそうせざるを得ないのを、アザン・グラン軍司令部は理解していた。駆動系に損害を受けた艦を引き連れて、逃走を続けてはいたものの、速度的に逃げ切る事は出来ず、この惑星で防衛戦を行って粘ろうというのだろう。何を粘るのかと言えば、DFドライヴのための重力子チャージの完了までだ。アザン・グラン側でも、キノッサ殿軍の艦の相当数が駆動系にダメージを受けており、チャージには通常以上の時間が必要であるのは、掌握していたのだ。
「推測ではあと六十分ほどで、損傷艦も含めた全艦のチャージが、完了すると思われます。敵部隊の目的は、それまでの時間稼ぎかと」
参謀の意見にエヴァーキンは「うむ」と頷く。トゥ・キーツ=キノッサとかいう武将…傷付いた味方を見捨てないところは、なかなかの良将ではあるが、その甘さが命取りとなるのだ、と全軍に命じた。
「ここで敵軍を殲滅する。全艦隊、前進せよ」
アザン・グラン軍の全艦隊が、今度こそはと加速を開始する。
ところが―――
「今ッス。全艦反転百八十度。全速離脱!!!!」
叫ぶようなキノッサの命令で、殿軍の全ての宇宙艦が踵を返し、第十三番惑星の衛星軌道から離脱を始めた。
「なにっ!?」
「また逃げるだと!?」
アザン・グラン軍の参謀達が驚きの声を上げる。
「馬鹿め、出せる速度はこちらが上だ!」
「これは本当に、怖気づいたんじゃないか!?」
このままでは追いつかれると諦めて、戦う気になっていたのではないか。それをまた逃げようとは、呆れたものだと嘲笑する参謀も現れた。しかしここでまた、意表を突かれる事態が起きる。逃走を始めたキノッサ軍の宇宙艦は、この十三番惑星へ到達する前より、遥かに高速だったのだ。
アザン・グラン軍がそれに気付くには、さほど多くの時間を必要としなかった。追撃を始めたものの、今度は距離が一向に縮まらない。
「くそっ! どういう事だ!?」
「損傷艦の修理が、もう終わったというのか!?」
その時であった。後方に遠くなっていた小惑星群周辺で、幾つもの超空間転移が観測されたという報告が、最後尾にいる複数の艦から届けられる。これを聞いてエヴァーキンはようやく、自分達がまたもや出し抜かれたのを察知した。
第十三番惑星の衛星軌道に“駆動系の損傷した艦”は存在しておらず、駆動系損傷艦は全て、殿軍の離脱したあとの小惑星群内部に留まったままであったのだ。そしてアザン・グラン軍がキノッサ達と戦い、追いかけている間にも、応急修理と重力子チャージを続行していたのである。そしてそれが完了し、敵のいなくなった小惑星群を抜け出て、易々と統制DFドライヴを行ったというわけだ。
「おっ…おのれ、ハーヴェン! 小細工ばかりを弄しおって!!!!」
憤懣やるかたない様子のエヴァーキン。対するハーヴェンの方は、些か不満そうな表情だった。それを見咎めたキノッサが、面白そうに問う。
「悉く策が的中したと言うのに、お気に召しませんかな? 我等が軍師どのは」
「はぁ、まぁ。私が戦術戦略を練りたいのは、このような小細工のためでは、ないのでありまして…」
苦笑交じりで返答するハーヴェン。だがその頭脳があったからこそ、キノッサ達は生き延びる事が出来たのである。未練がましくビームを放って来るアザン・グラン軍をよそに、無傷の艦ばかりを集めたキノッサの殿軍部隊は、重力子チャージを完了。ナルガヒルデ=ニーワス以下救援部隊とのランデブーポイントに向け、最後の統制DFドライヴを敢行していった………
日没後、まだ水平線が微かに朱色を帯びる皇都惑星キヨウの、銀河皇国中央行政府『ゴーショ・ウルム』。大窓の外では現在ゴーショ湾で開催されている、“銀河文明船舶まつり”のメインイベントの一つ、海上スーパー花火大会の打ち上げ花火が、赤・青・緑に白・黄色の花を盛大に咲かせていた。暦の上では12月だが、惑星のほぼ全土が高層都市のキヨウは、気温も摂氏22度で統一されている。
オレンジ色の肌のラフレンドラ星人の美女を一人ずつ給仕係として、豪勢な夕食を楽しむ貴族院筆頭バルガット・ヅカーザ=セッツァーと三人の男。三人のうちの一人は、植民惑星開発公団の重役。そしてもう一人は建設業界の有力な顔役。最後の一人は、法衣のようなものを着た謎の男であった。
四人が言葉を交わすのは、情熱的なことで有名なラフレンドラ星人の女性の話が一割、今日の料理についてが一割、あとの八割が、セッツァーが新たに手に入れようとしている荘園惑星の、裏金塗れの開拓計画についてである。
扱い難いノヴァルナが消え去りウォーダ家が勢力を削がれれば、アーザイル家とロッガ家を和解させ、オウ・ルミル宙域を共同統治するよう計らう。その際に幾つかの新興植民星系を、皇国直轄領として召し上げる事で、皇国の国庫と…上級貴族達の懐がまた潤う事になる。
などどセッツァーがほくそ笑んだその時―――
植民惑星開発公団の重役がワインの入ったグラスを片手に、事情も知らず呑気な声を発した。
「おお。あれはノヴァルナ公ではありませんか」
「は?」
思いがけない言葉に、ぽかんとした表情になるセッツァー。重役の顔は“銀河文明船舶まつり”の会場の様子を中継している、ホログラムスクリーンの方を向いていた。すると建設業界の顔役も、のんびりとした声で続く。
「ほほう、もう遠征から帰って来られていたのですな」
これを聞いてセッツァーも、祭り会場の中継映像の方を振り向くと、そこにはかつて“大うつけ”と、領民から呆れられていた頃を彷彿とさせる派手な姿のノヴァルナが、『ホロウシュ』達を従えて地元の兄ちゃんよろしく、ご機嫌で会場に繰り出している光景が映し出されていた。中継のアナウンサーとコメンテーターの声が、これに被さる。
「あ、御覧ください。会場にはノヴァルナ公のお姿もあります。なんとも華やかなお召し物で、花火を楽しんでおられるご様子です」
「今回の“銀河文明船舶まつり”の復活は、ノヴァルナ公の肝いりで開催が決まりましたので、ご自身も足を運ばれたのでしょう。まさに平和復興の象徴、有難い事です」
これを見て、大きく眼を見開くセッツァー。
「馬鹿な!! な―――」
なぜ生きてここに居る!…と言いそうになり、セッツァーは慌てて口を噤んだ。不思議そうな顔を向けて来る重役達に、腹の中のどす黒い渦巻きを隠して、作り笑いを返すのみ。
そして当のノヴァルナは殿軍のキノッサをはじめ、ウォーダ家勢力圏への全軍の撤退が完了したという報告を受けたこの夜、花火の輝く空を眺めて、「アッハハハハ!」と高笑い。虎口を脱して来たばかりとは思えぬ陽気な声で、『ホロウシュ』達に言い放っていた。
「やっぱ戦いの爆発光より、平和の花火だよなぁ!」
【第16話につづく】
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