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第17話:銀河に脈打つ謎
#14
しおりを挟むセッツー中央大学の第二資料室は、メルゲイトの学部長室から歩いて、五分ほどの所にあった。全てが白を基調にした部屋で、アーカイブデータの閲覧コーナーが六つ並んでいる。“第二”であるためか、ノア達以外に利用者はいない。
となると好都合だった。ここまでただの御付き使用人アンドロイドの振りをし、目立たないように無言でついて来ていたP1-0号が、本来の処理能力を見せられる、絶好の機会だからだ。
仕切りで隔てられた閲覧コーナーの、二つに陣取ったノア達八名は、出力端末の前にノアとP1-0号が座り、メルゲイトが発行してくれた、閲覧許可証入りメモリースティックを使用。かつて在籍していた、シグルス・レフ=ファンクードに関するデータの出力を始める。
「私がデータの読み取りと、解析を行いますので、お嬢様は補足事項の収集を、お願い致します」
右側に座るP1-0号がそう言うと、左側に座るノアが「わかりました」と頷きながら、ホログラムキーボードを操作する。P1-0号がノアを“お嬢様”と呼ぶのは、イーマイア造船の重要取引先の娘という、ノアの設定を遵守しているからであった。そしてP1-0号は一拍置くと、超高速で指を動かし、自分の前のホログラムキーボードを操作し始める。その指を動かす速さは人間以上の精度を持つ、センサーの眼をもってしても、捉えられない程だ。
すると、P1-0号の行動に眉をひそめたのは、途中から参加したジョナサン=カートライトら三名だった。アンドロイドならば、出力端子に直接有線接続して、情報交換した方が効率がいいはずだからだ。
カートライトがその事を問い質すと、P1-0号の傍らに立っていたテン=カイが、ノアを偽名のライザ呼びにして代わりに応じる。
「このアンドロイドはライザ様のウェーバー家が、特別仕様で造らせたもの。出来るだけ人間に近い行動を取らせるため、コンピューター類は基本的に、キーボードで操作するようになっているんだ」
これに対してカートライトは、「へぇー…」と中途半端な返答をして、仲間のセランとマニスの二人と顔を見合わせた。ライザ嬢の研究の協力者だと紹介されているテン=カイだが、その胡散臭い身なりからすると、カートライトにとっての信用度は、限りなくゼロに近い。
するとそんなやり取りには無関心のP1-0号が、せわしない指の動きをピタリと止めて、「これは興味深い」と言う。隣に座るノアは、仕切り越しに問うた。
「何か見つかったのですか?」
ノアの質問にP1-0号は、淡々と応じる。
「ファンクード准教授の“双極宇宙論”はどうやら、銀河皇国でこれまで研究されていたものではなく、モルンゴール帝国で研究されていたものを、基にしていると思われます」
「モルンゴール帝国ですか?」
「はい。“双極宇宙論”自体は銀河皇国でも、昔から研究されていたようですが、同様にモルンゴール帝国でも研究されており、むしろ帝国の方が進んでいたようです。この記録によると、女史は例の論文の作成にあたり、旧モルンゴール帝国領の惑星で、資料を収集した事になっております」
P1-0号の説明は、ノアも頷けるものである。。シグルス・レフ=ファンクードが、メモリープレートに納めていた“双極宇宙論”は、“1448年修正版”となっていた。ノアがその事を言うと、P1-0号は我が意を得たりと告げる。
「おそらくその修正部分が、モルンゴール帝国領だった惑星で入手した情報を、基にしたものなのだと思われます」
「………」
考える眼になるノア。今でも昆虫型機械生命体が居るであろう、UT‐6592786星系第四惑星で、“超空間ネゲントロピーコイルの応用による多元宇宙への干渉”、という理論に関するデータを探すより、まず旧帝国領へ向かって、“双極宇宙論”を充分に理解できるようになった方が、良いのではないか…と考えたのである。
そんなノアの様子を見て、テン=カイは自分が入手した、メモリープレートに関する事実を開示した。ここまで入手先を隠していた事案だ。
「実は私がお渡しした論文のメモリープレートも、手に入れたのはイズンミ宙域ですが、元は旧モルンゴール帝国領にあるイルーク人の母星から、流出したものだと聞いております」
「イルーク人の母星…ですか? しかしそんなものが、どうして?」
するとこれに答えたのは、テン=カイではなくカートライトだった。くせ毛の強い金色の頭髪を、手指で搔きながら「なるほどなぁ…」と割り込んで来る。
「たぶん…いや間違いなくそいつには、『イシャー・ホーガン』が関わってるな」
「『イシャー・ホーガン』?…イーゴン教の総本山が、ですか?」
「ああ。連中の教義は科学と輪廻転生を、結びつけたようなもんだからな。銀河中の科学文明の情報を、今あるものから滅んだものまで、集めてるって話だ。テン=カイの旦那が手に入れたって論文も、イーゴン教の連中が『イシャー・ホーガン』へ送る途中で、誰かがコピーしたものに違いないだろう」
「誰かがコピーして、流出させた?」
訝しげなノアに、カートライトの仲間の女性、マニスが事情を述べる。
「鮮度の高い科学情報ってのは、案外カネになるもんなんだよ。科学技術の進歩が停滞した、今の時代じゃあ、特にね」
“双極宇宙論”は百年ほど前の、まだ幾つかの科学技術が封印される前の時代では、最新宇宙論として盛んに研究が為されていた可能性が高い。そうであるなら、ファンクード女史の研究を、金銭目当てに何者かが盗用しようとしても、不思議ではない。
テン=カイは「なるほど―――」と、編み笠型ヘルメットを被った頭を頷かせ、続ける。
「私がこのメモリープレートを入手したのも、廃業した密輸業者の倉庫に、置かれていたものでした。おそらく何らかの理由で、取引が中止になったのでしょう」
「当時は“オーニン・ノーラ戦役”が、激化していたからね。取引相手がキヨウにいたのかもしれない」
そう言ったのはカートライトのもう一人の仲間、セランだった。
確かに当時のキヨウは、“オーニン・ノーラ戦役”の主戦場となってしまっており、一般の宇宙船は近寄る事も、困難な状況となっていた。
そもそも科学技術の幾つかが封印されたのも、どこかの勢力によって軍事転用されるのを防ぐためで、かつてのモルンゴール帝国が、“宇宙破滅兵器”の開発のために“双極宇宙論”を利用しようとしていたのであれば、これが封印リストに挙げられるのも無理はない。
しばらくするとP1-0号はデータの拾い上げを終え、メモリースティックに落としながらノアに告げた。
「ここには、ファンクード女史の研究成果としては、目新しいものは残されていませんね。論文作成のための資料ばかりです。しかしそれぞれの資料の詳細は、解析に値すると思われます。ただその解析は、ここで行うべきではないでしょう」
「わかりました。一度ラグートに戻って、そこからシャトルで、イルーク人の母星へ向かいましょう」
ノアのこの言葉に反応したのはカートライトだ。
「おいおい。そんなの時間の無駄だろ。俺達の船を使えばいいさ。イーマイアの旦那からも、あんたらに手を貸すよう頼まれてるしな」
「でも…宜しいのですか?」
「心配しなさんな。イーマイアの旦那とは、割増料金についても話はついてる」
ウインクしながら応じるカートライト。確かにザーカ・イー星系のラグートへ戻ると距離的に、いま居るサーエスから直接イルーク人の母星へ向かうより、一週間以上の遅れが出る。客観的判断からノア達はその日の夜、カートライトの船でイルーク人の母星がある、旧モルンゴール帝国領へ向かう事にしたのであった。
▶#15につづく
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