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第18話:閉じられし罠
#17
しおりを挟むベリウスによる『イシャー・ホーガン』軍の宣戦布告は、当然ながら総旗艦『ヒテン』のウォーダ軍本陣にも、大きな混乱をもたらしていた。
「どういう事なんだ、これは!?」
「『イシャー・ホーガン』は献上金も供出して、恭順の意を示していたのではないのか!?」
「そんな事より今は、『イシャー・ホーガン』の艦隊だ!」
困惑の言葉を並べる各科の参謀達を、長であるマグナー准将が「皆、落ち着け」と窘める。そして司令官席で、唇を真一文字にして腕組みをするノヴァルナに、頭を下げて謝罪した。
「申し訳ございません。少々取り乱してしまいました」
表情にこそ出していないが、自身も少なからず困惑していたノヴァルナは、軽く頷いて応じると、タイミングを合わせたように更新された、戦術状況ホログラムに視線を移す。
表示では、第四惑星フェクサンの敵宇宙要塞を攻略していた、コルモル=シドンの第28艦隊とコレット=ワッダーの艦隊が、『イシャー・ホーガン』艦隊の接近に対して撤収を開始していた。これを見てノヴァルナはマグナー参謀長に命じる。
「第三惑星の宇宙要塞を、攻略している部隊も撤収させろ。全部隊は戦線を縮小して、第六惑星公転軌道まで後退、陣を立て直す。急げ」
ともかく今は事態を収拾して、状況を整理する事が肝要である。ノヴァルナとしても、あの“カノン・ガルザック撤退戦”のような目に遭うのは、避けたいところであった。迎撃態勢を整えたのちに、まず『イシャー・ホーガン』艦隊の司令官、ベリウス=マキャンネルと話し合う必要がある。
ところがノヴァルナが考えていた以上に、事態は深刻だった―――
「同時多発テロ!!?? 本当ッスか!!??」
領地サクータ星系第五惑星ホルーヴェにある、居城ヤクマック城で事務仕事をこなしていたトゥ・キーツ=キノッサは、苦虫を嚙み潰したようた表情で報告する、デュバル・ハーヴェン=ティカナックに驚きの顔を向けた。
「はい。超空間電信による短文ですが、今から三時間前、このオウ・ルミル宙域の複数の植民星系において、爆破事件が発生との事です」
「犯人は? ロッガ家の残党ッスか!?」
「今は分かりません。なにぶんここは、新首都星系のアデューティスから、遠く離れておりますので。しかし我々がいるこのサクータ星系も、警戒態勢を敷いておくべきでしょう」
「わかったッス。すぐにその旨の指示を―――」
「はい。すでに治安当局に、要請済みにございます」
「さすがは軍師殿ッス」
ハーヴェンの手際の良さを称賛しながらも、キノッサの不安は増す。“カノン・ガルザック撤退戦”で殿軍を務めた武将の嗅覚が、この爆破テロがなにかの予兆である事を告げていたからだ。
オウ・ルミル宙域はノヴァルナのセッツー宙域遠征軍が、本拠地のミノネリラ宙域へ帰還する際に通過する、戦略上重要な位置にある。
同時多発テロが発生したのは、このオウ・ルミル宙域の五つの植民惑星だった。いずれも戦略的要衝にある植民星系の有人惑星であり、行政府、代官所、宇宙港と航宙管制局に対する、爆弾による破壊工作が実行された。実行犯は、総本山の『イシャー・ホーガン』からの指示を受けた、イーゴン教徒である。
この中でも特に航宙管制局へのテロは、重大な被害だった。航宙管制局は星系外縁部に設置されている、超空間ゲートと連動しており、これの機能が麻痺すると、植民星系同士を結ぶ恒星間交通網にまで、悪影響を及ぼすからだ。
そして悪影響が出るのは、恒星間交通網だけではない。管制局を利用するのは宇宙艦隊も同様であって、円滑な航行が出来なくなるのだ。
さらに『イシャー・ホーガン』の宣戦布告に連動して。オウ・ルミル宙域のコーガ恒星群に逼塞していた、ジョーディー=ロッガ率いるロッガ家残存艦隊が、“コーガ五十三家”を従えてウォーダ家勢力圏へ侵攻を開始。ウォーダ軍の補給基地や警備艦隊へ、攻撃を仕掛けた。
翌4月6日。ノヴァルナと、『イシャー・ホーガン』のベリウス=マキャンネルの、通信による会談は不調に終わり、改めて、銀河皇国標準時4月7日午前零時をもって、両軍は戦闘状態となる事のみが決定される。
この間に劣勢であった“ミョルジ三人衆”も軍を立て直し、『イシャー・ホーガン』の増援五個艦隊を合わせると、一気にウォーダ側が不利な状況となった。
この事態を鑑み、一旦オウ・ルミル宙域へ撤退して、遠征軍を再編する事を考えるノヴァルナだったが、そこにオウ・ルミル宙域の同時多発テロと、ロッガ家残党の侵攻の情報が届き、混乱状態のオウ・ルミル宙域まで撤退するのは、混乱を拡大させる事になると判断。ヤヴァルト宙域までの後退でとどめておくよう、変更を決める。
ただ、ヤヴァルト宙域への撤退についても、皇都キヨウのあるヤヴァルト星系へは向かわない。復興中のキヨウを巻き込む事だけは、避けなければならないからである。
ノヴァルナは総旗艦『ヒテン』の艦橋に、各基幹艦隊司令官を等身大ホログラムで集め、撤収の手順を通達。最後に殿軍としてカッツ・ゴーンロッグ=シルバータと、コレット=ワッダーを指名した。セッツー宙域に領地を得ているワッダーの指名は理解できるが、突撃型のシルバータの指名は意外であり、艦隊司令官達は眉をひそめた。
司令官達の反応を見渡したノヴァルナは、ニタリ…と悪童のような笑みを浮かべて、強い口調でシルバータに言い放つ。
「新参者のキノッサの奴に出来た事が、古参のおまえに出来ねぇ事はねぇよなぁ、ゴーンロッグ!?」
これを聞いてノヴァルナを除いて居合わす全員が、ハッ!…という顔をする。自分達の主君の思惑が分かったからだ。
ここ数年でウォーダ家は大きく成長するとともに、世代交代も進んで来ていた。トゥ・シェイ=マーディンやナルマルザ=ササーラ、そしてトゥ・キーツ=キノッサなどは今や、基幹艦隊司令官で自分の領有植民星系がある。
そしてシルバータである。実はノヴァルナはウォーダ家の次期筆頭家老に、この男を考えていたのだ。単純な性格のシルバータだが、裏表がなく実直な性格こそ、筆頭家老に向いているという判断だった。
ただそのためには、シルバータにさらなる実績が必要であった。そこで今回の殿軍指揮官というわけだ。勇猛さと戦闘力的には申し分のないシルバータだが、殿軍となると、これに加えて柔軟な部隊運用能力が必要となる。それをやってみせろというのである。キノッサの名前を出したのは、競争心を煽るために他ならない。
もっともシルバータがそこまで理解していたかは不明だが、それでも密かに対抗心を抱いていたキノッサの名が出た事で、当人はやる気が増したようであった。
「お任せあれ。必ずや職責を果たしましょうぞ」
重々しく承諾するシルバータに、ノヴァルナはさらに告げる。
「キノッサの野郎は、役目を果たして生きて帰ったからな。てめーも生きて帰って来ねーと、失敗と見なすからな」
「御意」
深々と頭を下げるシルバータに、ノヴァルナは「おう。しっかりやれ!」と、檄を飛ばす。そこには“カノン・ガルザック撤退戦”の時に見せたような、焦燥感はどこにもなかった。あの時は信じきっていた義弟の、ナギ・マーサス=アーザイルに裏切られたという、心理的動揺が大きかったからであろう。
だがこの時、そのナギは再度ノヴァルナに挑むため自ら艦隊を率い、アザン・グラン家の艦隊と共にヤヴァルト宙域へ向かっていた。キノッサの軍師ハーヴェンが予見した通り、ヤヴァルト宙域内でノヴァルナを討つためである。イーゴン教徒とロッガ家残党が、オウ・ルミル宙域で攻勢に出たのも、“ミョルジ三人衆”と『イシャー・ホーガン』の軍と合わせ、ノヴァルナの遠征軍を包囲殲滅するためだ。
罠は閉じられた―――
▶#18につづく
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