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第2話:混迷は裏切りとともに
#19
しおりを挟む結局、降伏勧告の期限日が来ても、市民を盾にしたキオ・スー城に対し、ナグヤ家の宇宙艦隊は艦砲射撃に出る事はなかった。一方キオ・スー側も、自分達が要求した衛星軌道上からの撤退をナグヤ艦隊に無視されても、どうする事も出来ないままだ。
ただ、地上戦の方は、アイティ大陸西海岸に上陸したカッツ・ゴーンロッグ=シルバータのナグヤ地上軍が、キオ・スー側の第二次防衛拠点であるサンノン・グティ市へ進軍、これを奪取する事に成功。首都キオ・スーまで約百キロの位置まで達した。しかしそのナグヤ地上部隊も、市民を閉じ込めたままのキオ・スー市へは攻撃を仕掛けられず、サンノン・グティから先への進撃の足は止まっている。
そのナグヤ側に異変が起きたのは、さらに二日が過ぎた朝の事であった。
キオ・スー家当主ディトモス・キオ=ウォーダが、緊急の呼び出しを受け、太り気味の体を作戦司令室へ運ぶと、司令室の中は騒然としている。オペレーター達が皆、情報の確認作業に追われている様子だ。巨大な戦術状況ホログラムには、昨日までと同じナグヤの宇宙艦隊が衛星軌道上に表示されているが、その展開状況は昨日までと全く違っていた。整然と組んでいた陣形が、大小三つに割れて、一部では交戦中の表示がなされている。
「ディトモス様!」
意味不明の戦術状況ホログラムを、突っ立ったまま眺めるディトモスに気づいたダイ・ゼン=サーガイが、小走りに駆け寄って呼び掛けて来た。
「ダイ・ゼン。なんだ、これは?」
ディトモスは先日の大敗で滅亡寸前まで追い詰められ、心労で夜も眠れないのか両目の下に濃い隈が出来ている。その疲れ切った表情で戦術状況ホログラムを指さすと、ダイ・ゼンは急き込むように告げた。
「そ、それが! ナグヤの艦隊が、仲間割れを起こしたようです!」
「なに!?」
まるで出来の悪い冗談でも聞かされたかのように、不機嫌な声で訪ねるディトモス。
「嘘ではありません。どうやらヴァルツ=ウォーダ殿の艦隊が、ノヴァルナの旗艦とその周辺へ攻撃を敢行、不意を突かれたナグヤ艦隊は、陣形を崩している模様です!」
「どういう事だ? 何かの間違いではないのか?」
ヴァルツは兄のヒディラスがナグヤ家の当主であった頃から、ナグヤ家を支援して共に戦っており、それはノヴァルナの代になっても揺るがなかったはずだ。
状況を俄かには信じられないディトモスの疑念に、通信参謀が答える。
「ナグヤ艦隊の交信を傍受しております。相当混乱しているらしく、暗号ではなく平文のままがほとんどです」
「平文?…どのような事を言っている?」とディトモス。
「話を総合するに、ナグヤ艦隊がこの城に奇襲の艦砲射撃を行おうとしたところを、ヴァルツ艦隊が妨害に入ったようです」
「なに? ノヴァルナめが、この城に艦砲射撃を行おうとしただと!?」
ディトモスは通信参謀の言葉にそう言って、“話が違うではないか”とばかりにダイ・ゼンを睨みつけた。これまでの経緯から、ノヴァルナは領民が巻き添えになる事を望んでおらず、キオ・スー市民を人間の盾として利用すれば、ノヴァルナも手を出せずに、いずれは艦隊を撤収させるはずだと、ダイ・ゼンはディトモスに吹き込んでいたからだ。
しかし当のダイ・ゼンは、全く気にしていないのか、或いは誤魔化そうとしているのか不明だが、ディトモスに振り向く事無く、通信参謀へ命じる。
「好機だ。至急、ヴァルツ殿と連絡を取れ!」
「かしこまりました」
命令を受けた通信参謀がオペレーターのところへ駆けて行く。その後ろ姿を見るダイ・ゼンに、無視される形となっていたディトモスが声を荒げた。
「ダイ・ゼン!」
するとようやくディトモスに振り向いたダイ・ゼンは、薄い唇を大きく歪めて告げる。
「ご心配召さるな。これも我が策にて」
「策だと!? いい加減な事を申すな!!」
不信感を露わにした表情で言い返すディトモス。そこへ通信用のホログラムスクリーンが展開され、司令官席に座るヴァルツ=ウォーダの姿が映し出された。
「ヴァルツ様。ダイ・ゼン=サーガイにございます!」
ダイ・ゼンの呼びかけに、画面の中のヴァルツは苦々しげな顔で応じる。
「おお、ダイ・ゼン殿か。おぬしの言った通りに相成ったわ」
「では、やはりノヴァルナ殿は…?」
「うむ。キオ・スーの市民ごと、貴殿らを葬る算段であった。先の西海岸地方の領民への避難指示は、こうなった場合のカモフラージュでもあったのだろう…このような情けなき策を弄する甥だったとは呆れたものよ。わしとしては断じて認めるわけにはいかん!」
ダイ・ゼンとヴァルツのやり取りが、まるで理解出来ないディトモスは、首をひねるばかりである。
▶#20につづく
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