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第10話:花の都へ風雲児
#03
しおりを挟む朝の謁見が終わり、個々の事案を処理するため執務室に入ったノヴァルナに、今日は「話があるから」と、あとをついて来たノアは早速切り出した。
「ねぇ、ノバくん」
「ノバくん言うな」
いつものやり取りを行いながらも、ノヴァルナは殊更面倒臭そうな表情で椅子に座る。ノアが「ノバくん」と持ち掛けて来る時は、六割がノヴァルナをからかう冗談。あとの四割がクレームであり、今はその四割の方だと勘付いていたからだ。
「あなたがそういうつもりだったなら、私からも要求があるの」
「そういうつもりたぁ、どういうつもりだってんだ?」
「最初から皇都で、武装集団退治をするつもりだったんでしょ?」
「だったらどうした?」
「どうしてわざわざ、そんな危険な事をしに行くの!?」
これまでの事で、ノアと真剣な口喧嘩になってしまうと勝てないのが、身に染みているノヴァルナは、下手な誤魔化しはせずに本音を告げた。
「第一は、骨折りをしてくれたナクナゴン卿に、礼をするため」
今回の皇都行きで皇国政府に便宜を図ってくれた皇国貴族、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナが心痛を感じているのが、この皇都を荒らす武装集団だった。
“漫遊貴族”の二つ名を持ち、皇国の諸宙域を渡り歩くゲイラは、この二年間でもノヴァルナと何度か顔を合わせ、その度に皇都キヨウの治安の悪化を嘆いていたのである。
「第二は…星帥皇テルーザの、前に立つため!」
これは些か俗っぽい考えだが、皇都を荒らす武装集団を叩いて名を馳せれば、民衆の支持を得る事が出来る。そうなれば、星帥皇テルーザとも会う可能性が高まるというものだったからだ。
その事を告げると、ノアは「ふうん…」と声を漏らした。
「ただ、目立ちたかったわけじゃ、ないのね?」
「たりめーだろ!」
心外な…と言いたげなノヴァルナに、ノアはニヤリとして言い放つ。
「じゃ、手伝ってあげる」
「はぁ!?」
「はじめに言ったでしょ?…要求があるって。『クォルガルード』に私の『サイウン』と、カレンガミノ姉妹の『ライカSS』も、積み込んでって話よ」
一瞬呆気にとられたノヴァルナだが、慌てて問い質す。
「いやいやいや。おめーは調べものしに、大人しく大学行ってろよ! なんで一緒に危ない橋、渡ろうとすんだよ!?」
「危ない橋だからよ!」
「はぁ!?」
「あのね、武装集団だか何だか知らないけど、たとえ『センクウ』に乗ってても、あなたが負ける可能性だってあるのよ。前にも私、言ったじゃない。“死ぬ時は一緒”だって」
「縁起でもねーこと言うな。変なフラグ立ったらどーすんだ!?」
「今さら縁起がどうとか、理由にするんじゃあない!」
ピシャリと言い返すノア。この二年間に培って来たのか、安定した一枚上手感があった。
「おまえなぁ…」
ノアの言葉にノヴァルナは、右の手指を額に当ててため息交じりに言う。
「そんな事して、お前が死んで俺が生き残ったら、どうすりゃいいんだよ?」
「大丈夫。私、死なないから」
「なんだよ? その根拠のねぇ自信はよ」
「あなたと同じでしょ?」
心配顔を隠さず見上げるノヴァルナに対して、悪戯っぽい笑みを浮かべて見せたノアだったが、すぐにその表情は誠実さを増す。そして真面目な声で訴えた。
「…お願い」
自分が好意を抱く女性からの“お願い”は、古来より伝わる魔法の言葉である。あらためて畏まって告げられると、星々を束ねる若き星大名であっても、逃れる術はない。ノヴァルナは頭を指でガシガシ掻くと、“俺ってヤツぁ…”と自分の甘さを罵りながら、ノアに告げた。
「わーったよ!…ったく、しょーがねーな」
「えへへ。ありがとー!」
少女のように素直に喜ぶノアの表情に、悪い気はしないノヴァルナは、すでにノアの術中に嵌っていると言っていい。
するとそこへ、執見室の扉を外からノックする音が響く。続いて申告の声。
「ナルガヒルデ=ニーワス。参りました」
それはノヴァルナが個別に会うために呼んだ女性武将、ナルガヒルデ=ニーワスであった。眼鏡型のNNL視覚端末を掛けた赤髪のニーワスは、常に冷静さを失わずに与えられた任務を着実にこなし、今ではノヴァルナにとっての懐刀と呼べる、頼れる重臣だ。実働部隊では戦艦五隻からなる第2戦隊司令官だが、ノヴァルナの直接命令で、内務に関しても様々な任務を実行している。
扉が開き、ニーワスが入って来ると、ノアは「じゃ、私はこれで」と、代わりに退出する。ここからは当主としての職務の時間だからだ。すれ違いざまにニーワスは立ち止まって、ノアに深く一礼する。さらに執務室を出ると、扉の脇で待っていたノヴァルナの副官のラン・マリュウ=フォレスタも頭を下げる。それぞれに一礼を返し、ランにはさらに「ごめんなさい」と告げた。
ランも執務室に入り、ノヴァルナの傍らにつくと、その場で待っていたニーワスは改めて「お呼びでしょうか?」と、ノヴァルナに声を掛ける。
「おう。俺が皇都に行っている間、留守をおまえに頼もうと思ってな」
「私に…でありますか?」
留守を頼むと言われても、自分より順位が上の人間は幾らでもいる。ノヴァルナの意図するところが分からずに、訝しげな表情になるニーワス。その顔を見て、ノヴァルナは自分の発言を補足した。
「いや。大っぴらに留守を任せるのはカーネギー姫だがな。おまえには俺がいない間に、内部で動き出す奴がいないか、見張っていて欲しいって事だ」
察しのいいニーワスはすぐに、ノヴァルナが自分に求めているものを理解した。
「殿下の御不在中に、妙な動きをする者が出て来ないか…それを見張っておけ、というわけですね?」
「おう。さすがだな、ナルガ」
頭の切れがいい家臣は、ノヴァルナが最も好む人材だった。そういった点でナルガヒルデ=ニーワスは充分及第点を越えている。その一方でノヴァルナは、例えばカッツ・ゴーンロッグ=シルバータのような、実直一点張りで、不器用な家臣も嫌いではない。カルツェの謀叛で、ノヴァルナの『センクウNX』に叩きのめされて以来、シルバータはすっかりノヴァルナの支持者となっており、今はキオ・スー=ウォーダ家のために尽力していた。
ノヴァルナがカルツェの謀叛を鎮圧してこの二年、大きな内紛は起きてはいないが、それでもいまだキオ・スー=ウォーダ家は一枚岩ではない。何かを企む者がいれば、ノヴァルナが不在となる今回の機会に、動きを見せる可能性は高い。ノヴァルナは情報部とは別ルートで、ニーワスにそれを監視させようというのであった。
「良からぬ考えってヤツを持ってる連中は、情報部の動きを観ようとするからな。そんな怪しい素振りをする者がいないかを見張ってくれ。使いたい人間がいれば、使っていい。俺が許可する」
「御意」
「ワリィな。おまえには別に土産、買って来てやっからな」
ノヴァルナの言葉に笑顔らしきものを見せ、恭しく頭を下げたニーワスが執務室を退出すると、入れ替わるように、机に内蔵された通信機が呼出音を鳴らす。応答スイッチに触れたノヴァルナに、通信士官の男性の声が呼び掛けて来た。
「ノヴァルナ様」
「なんだ?」
「イチ姫様から、通信が入っております」
「う………」
一瞬目を見開いて固まるノヴァルナ。イチ姫とはノヴァルナの二人の妹のうちの年下の方、フェアン・イチ=ウォーダの事である。今年で十七歳になるフェアンは人懐っこさと天真爛漫な性格、そしてルックスの良さから、キオ・スー=ウォーダ家のアイドル的存在だった。
このタイミングで連絡を入れて来たフェアンに、嫌な予感しかしないノヴァルナは、“やれやれ…”といった表情になって通信士官に告げる。
「切れ」
だが次の瞬間、素早く回線を割り込ませたフェアンの姿が、通信ホログラムに映し出されて叫んだ。
「こらぁーっ! 切るなぁーーー!!」
「………」
困惑気味のノヴァルナに、フェアンの声が告げる。
「ノヴァルナ兄様やノア義姉様だけ、皇都に行くなんてずるいぃー! あたしも連れてってよぉ!!」
▶#04につづく
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