銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
198 / 508
第10話:花の都へ風雲児

#04

しおりを挟む
 
 妹からの通信内容に、やっぱそういう話かよ…と指先を額にあてて、ノヴァルナはため息をつく。フェアンは生まれてこのかた、一度も皇都キヨウを訪れた事が無かったのである。

「あのなフェアン。俺達ゃ遊びに行くんじゃ、ねーんだぞ」

 キオ・スー=ウォーダ家で、フェアンの名で呼んでいいのはノヴァルナだけだ。それはフェアン自身がそう決めている、大好きな兄に与えた特権だった。

「だったらなんで、ノア義姉様ねえさまも一緒なのよ!?」

「ノアには別に仕事があるんだよ。それに今の皇都は危ねーから、おまえを連れてくのは無理だって」

「危ないのに、ノア義姉様は連れてくの!?」

「いやだって、ノアは俺達が守るし…」

 そう言ったノヴァルナは、言葉の途中ですでに“しまった!”と後悔していた。そして思った通りの反応が、膨れっ面になったフェアンから返って来る。

「あたしの事は、守ってくれないの!?」

 天真爛漫で無邪気、言葉遣いも子供っぽいがフェアンは頭の回転が速い。ノアが現れるまでは、理詰めにおいてノヴァルナの好敵手だったほどだ。こういう風に切り返されると、ノヴァルナも受け身にならざるを得ず、墓穴を掘った形だった。

「いやいやいや。そうじゃなくてだな―――」

「兄様、最近全然遊んでくれなくなったもん。仕事以外の時間はノア義姉様とばっかりだし、つまんない!」

「いや、だから、遊びで行くんじゃねーし!」

「そんなの、何とでも言えるもん!」

 どーすんだ、これ…と弱り顔で、ノヴァルナは傍らに立つ副官のランを見上げるが、ランは“私は知りません”と素知らぬ態度である。

 思えば父ヒディラスの急死により、ナグヤ=ウォーダ家当主の座を継ぐまでは、離れ離れに暮らしていても、ほぼ毎日連絡を取り合っていたし、暇を見つけては遊びに来ていた、兄様大好きっ子のフェアンだ。それが次第に、忙しさに巻かれて会う回数も減っていき、キオ・スー=ウォーダ家を支配するようになってからは、ほとんど遊んでやれなくなっているのが現状だった。

「だってなぁ、おまえ。三年前にも、危ない目に遭ってんじゃん」

「でも巻き込んだの、兄様じゃん。あたし、悪くないもん」

 これだもの…とノヴァルナ。反論するところは即座にするのが、フェアンの手強いところだ。まぁ、危ない場所に連れ出さなきゃ大丈夫か…という気になるとフェアンの顔の前に人差し指を突き出して、「勝手に出歩くんじゃねーぞ!」と言う。それを了解の言葉と受け取ったフェアンは、たちまち笑顔になり、「うん!」と大きく頷いた。

「しゃーねーな…連れてってやっから、向こうじゃ大人しくしてろよ」

 不承不承といったていでノヴァルナがそう言うと、フェアンはぴょん!と跳び上がって、喜びを包み隠さず表した。

「やったー! 兄様、大好き!!」

「おう。任せとけ…」

 とは言うものの、ノヴァルナの口調にはいつものキレが無い。その前のノアに押し切られた件もあっての事だろう。正直なところ、自分の秘めた弱さを知らされたようで、面白くない。

「いいか、フェアン。約束だかんな」

 念を押すノヴァルナに、フェアンは敬礼の真似をして「アイ・アイ・サー」と陽気に答え、「じゃ、またね。ありがと、兄様」と通信を終える。手指で頭を掻いたノヴァルナは、ランを振り向き、フェアンのために護衛の『ホロウシュ』の追加を命じた。

「ラン。ワリィけどカージェスに言って、フェアンの護衛役としてジュゼと、キュエルを追加してくれ」

 ノヴァルナが追加した『ホロウシュ』の二人は、ジュゼ=ナ・カーガとキュエル=ヒーラーの女性隊員である。男性隊員では何かと不都合だろうという配慮だ。
 ランが「かしこまりました」と応じると、ノヴァルナは再び頭を掻き、フェアンに乱された状況を整理しようと呟いた。


「んで…えーと、俺、何するつもりだったっけ?」





しかし問題はこれだけで収まらない―――

 二週間後、キヨウへの出発当日である。月面基地『ムーンベース・アルバ』で待つ『クォルガルード』へ向かうため、キオ・スー城のシャトルポートに降りた連絡艇へ、ノヴァルナ達が乗り込もうとしている所に、フェアンと共にもう一人の妹、マリーナ・ハウンディア=ウォーダまでが、大きなキャリーケースにすっかり旅行支度を整えてやって来たからである。

「はぁ? なんだてめーは?」

 頓狂な声で詰問するノヴァルナに、別世界で言う“ゴスロリファッション”に身を包んだマリーナは、極めて冷静な口調で言葉を返した。その左腕には定番の、悪人面をした犬のぬいぐるみを抱いている。

「そのように乱暴な仰りようは、やめて頂けますかしら?」

「いやいや。なんでおまえまで、旅行支度してんだよ!? 見送りだろーよ!?」

 マリーナはカルツェの二卵性双生児の姉で、冷静沈着な性格はカルツェとよく似ていた。

「あら? 見送りなんて私、ひと言も申し上げていませんが?」

 すまし顔で言い放つマリーナに、ノヴァルナは頭を掻く。考えてみれば妹のフェアンが連れて行って貰えると知って、大人しくしているマリーナではない。あまり大所帯になるのは困るんだがなぁ…と頭を掻くノヴァルナは、マリーナに問い質した。

「おまえなぁ…なんでここに来るまで、黙ってたんだよ?」

「私まで行くと言い出して人数が増えれば、兄上は心変わりされて、私だけでなくイチまで来るなと仰るに違いありませんもの」

「いやだからって、今ここで帰れって言ったら、同じだろ?」

「いいえ―――」

 と動じる様子もなく、柔らかな微笑みを見せて言い返すマリーナ。

「ここまで来ておいて、可愛い妹二人に“帰れ”などと、お優しい兄上が仰るはずないでしょう?」

「………」

 ぬけぬけと兄を持ち上げるマリーナに、ノヴァルナはもう一人の妹、フェアンを睨み付けた。その眼が“ひょっとしておまえら、最初っからグルだろ?”と語っている。それを白状するかのように、フェアンは大きな眼をぱちくりさせ、わざとらしさを帯びる軽い口調で告げた。

「まぁいいじゃん、兄様にいさま。ものはついでだし」

 フェアンとマリーナは共にスェルモル城で暮らしているのだが、四六時中一緒に行動しているわけではなく、マリーナの方はフェアンのように頻繁に、ノヴァルナと連絡を取っている事もなかった。ただいわゆる“ツンデレ”であり、表面にはあまり出さないが、彼女もフェアンに負けず劣らずの、兄上大好きっ子ではある。

 そこで今回は、はじめから二人とも皇都へ連れて行けなどと言っても、ノヴァルナは承知しないだろうと予想し、フェアンがまず先制攻撃で一点突破を図り、当日ギリギリになってマリーナがねじ込む作戦に出たに違いない。どちらもノヴァルナ自身が我を通す際によく使う手で、やはり兄妹だと思わせる。

 妹達に対する甘さを見透かされ、ノヴァルナは難しい顔を作るしかない。無言で見詰めて来る二人の妹に、チッ!…と舌打ちしたノヴァルナは、シャトルポートの脇に並ぶ居残り組の『ホロウシュ』の中から、ヴェールとセゾのイーテス兄弟を指差して命じる。

「ヴェール、セゾ。おまえらも護衛で来い」

 それはつまりマリーナもついて来ていいという、ノヴァルナの意思表示だった。それを見たマリーナは礼儀正しくお辞儀をして、「ありがとうございます」と礼を述べる。この辺りの彼女はそつがない。
 ただ迷惑顔なのはイーテス兄弟だ。見送りに来たのであって、旅行の用意など、何一つしていなかったのだから当然だった。

「あ、あの…私どもは、何の準備もしてませんが…」

 戸惑い気味に言う兄のヴェールに、ノヴァルナは気軽に命じる。

「あー、心配すんな。途中で寄る星もあっから、そこで買って揃えろ」

 こういう時の昔ながらの適当な言い草に、イーテス兄弟は小さなため息をついて「かしこまりました」と、承服するしかなかった………




▶#05につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

戦国鍛冶屋のスローライフ!?

山田村
ファンタジー
延徳元年――織田信長が生まれる45年前。 神様の手違いで、俺は鹿島の佐田村、鍛冶屋の矢五郎の次男として転生した。 生まれた時から、鍛冶の神・天目一箇神の手を授かっていたらしい。 直道、6歳。 近くの道場で、剣友となる朝孝(後の塚原卜伝)と出会う。 その後、小田原へ。 北条家をはじめ、いろんな人と知り合い、 たくさんのものを作った。 仕事? したくない。 でも、趣味と食欲のためなら、 人生、悪くない。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

処理中です...