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第10話:花の都へ風雲児
#05
しおりを挟む出発時に思わぬゴタゴタはあったが、ノヴァルナ一行を乗せた連絡艇は、予定をやや遅れた程度でキオ・スー城から飛び立った。
戦闘輸送艦―――今回は銀河皇国から、星大名公用船の認可を受けている事で、“キオ・スー=ウォーダ家御用船”である『クォルガルード』は、時間のロスを埋め合わせるため、すでに月面基地『ムーンベース・アルバ』から離陸。宇宙空間でノヴァルナ達を待っていた。
月からの反射光を浴びて陰影も濃く、漆黒の宇宙空間に浮かんでいる『クォルガルード』は新造艦だけあって美しい。輸送艦の一種であるから、本物の戦闘宇宙艦のような剛健さや、サイドゥ家時代にノアが使用していた御用船『ルエンシアン』号のような流麗さはないが、通常の輸送艦よりも手堅い印象を受ける。
連絡艇の操縦をササーラに任せ、次第に大きくなる『クォルガルード』の姿を窓から眺めるノヴァルナは、実物を初めて見て「いい艦じゃねーか」と、満足げな感想を口にした。隣に座るノアが、からかうように反応する。
「そりゃあ、自分も開発に関わったものね」
戦闘輸送艦『クォルガルード』は全長255メートル。最大幅87メートル。最大高52メートル。ウォーダ家専用仕様として高速化が図られており、最大亜光速コンマ32.66と転移距離152光年は巡航艦並みの性能であった。また30センチブラストキャノン連装砲塔12基を主砲に、宇宙魚雷発射管16基。さらに近接攻撃用の連装ビーム砲を20基装備している。これらは二年前にノアが戦った、『アクレイド傭兵団』の戦闘輸送艦『ザブ・ハドル』のデータを解析して、参考にされていた。
そして『クォルガルード』は輸送艦としては異例の、艦外殻の両舷に設置された半格納式の、作業用大型バインドアームも特徴的だった。
こちらは皇国暦1589年のムツルー宙域に飛ばされた際、星大名アッシナ家に囚われの身となったノアを助け出すため、アッシナ家に敵対していたダンティス家の若き当主で、ノヴァルナの友人となったマーシャルが譲渡してくれた工作艦『デラルガート』の、大型バインドアームを参考にしている。
これは大型艦を外部から修理する際に使用するためのものだが、ノアを救出に向かった時のノヴァルナは、『デラルガート』でノアを捕えている敵の旗艦に接舷すると、なんとバインドアームで敵旗艦の艦底部を解体し、中へ乗り込んだのであった。
ただこれだけの機能を詰め込んだのであるから、BSIユニット搭載能力は六機に留まり、必然的に貨物積載量も通常の輸送艦ほどではない、ある意味、使い方の難しい船ではある。しかし逆説的に考えると、“なんでも屋”的な働きも出来るわけであり、その辺りのバランス配分は艦の設計にあたって、ノヴァルナの意見が大きく反映されていた。
やがてノヴァルナ一行を乗せた連絡艇は、『クォルガルード』の底部にあるドッキングベイに進入。ベイの外部ハッチが閉じて与圧が掛かると、艦側のエアロックの扉が開き、整備兵達の集団のあとに艦長以下複数名の出迎えが姿を現した。
続いて連絡艇側のハッチが開き、お気楽な感じのノヴァルナを先頭にして、ノア達が出て来る。この世界の常識で言えば、星大名家主君の乗船であるのだから、艦の全乗員が出迎える、昔の水上艦で行うところの“登舷礼”が行われるのが当たり前なのだが、そういう型に嵌るのが嫌いなノヴァルナは、出迎えも最小限にさせている。
戦闘輸送艦『クォルガルード』の艦長はアルス=マグナー大佐。元はサイドゥ家に仕えていた、民間人上がりの士官だった。ちなみにこの世界の軍で階級を持つのは、大佐までが民間出身で、武家階級『ム・シャー』はその上位の将官扱いとなる…つまり、民間人も功績を上げ、昇進を重ねて将官に達すれば、武家階級の『ム・シャー』になれるのである。
マグナー大佐は主君ドゥ・ザン=サイドゥの最後の戦いであった、『ナグァルラワン暗黒星団域会戦』においてドゥ・ザンが直率する第1艦隊所属の、重巡航艦の艦長を務めていた。ギルターツ軍との戦いで大きなダメージを受けたマグナー大佐の艦だったが、彼の粘り強い指揮で、力尽きる直前にオ・ワーリ宙域へ辿り着く事が出来た。その話を聞いたノヴァルナが、軍を退く事を考えていた彼を、『クォルガルード』の艦長にスカウトしたのである。
「ノヴァルナ様。ようこそ『クォルガルード』へ」
ノヴァルナを出迎えたマグナーは、丁寧な一例と共に挨拶の言葉を述べた。対するノヴァルナは「よ」と軽い調子で右手を挙げ、笑顔を向ける。
「世話んなるぜ、艦長」
適当なノヴァルナだが、民間人上がりのマグナーは、堅苦しい人物ではないようで、「こちらこそよろしくお願い致します」と笑顔で応じた。その分、ノヴァルナの後に続くノアが、真摯な様子で対応する。さらに連絡艇から降りて来たフェアンが両腕を広げ、ドッキングベイを見渡しながら明るい声で言った。
「綺麗な船ーー! 新品だあ!」
そして小鼻をひくひくさせ、言葉を続ける。
「塗料の匂いも新しいー!」
するとそんなフェアンを、やや遅れて降りて来た姉のマリーナが窘める。
「ほらイチ。ちゃんと、行儀良くして」
「はーい」
フェアンはマリーナの言う事は聞くため、お目付け役的な存在でもあった。もっともマリーナの几帳面な部分をフェアンが苦手にしており、小言を言われるのが嫌で言う事を聞いている関係なのだが。
艦内は当主専用艦だけあって、通常の輸送艦より多少は豪華な造りだった。ただ丁寧な仕事はされていても派手…という訳ではなく、ノヴァルナの普段の破天荒な振る舞いが、この若者の本質ではない事を表している。
艦内に入るとノア達が用意された船室へ案内され、ノヴァルナはそのまま艦長のマグナーと共に『クォルガルード』の艦橋に向かった。
艦橋の扉が開き、ノヴァルナが入って来る。各コンソールに座っていた各士官が一斉に立ち上がって敬礼した。それに対しノヴァルナは再び、軽く右手を挙げて応える。艦橋の士官は十二名。戦闘艦ほど多くはない。艦長はノヴァルナに艦長席を勧めるが、ノヴァルナは手を振って辞退した。その代わり艦長席の傍らに突っ立って、偉そうに腕組みをする。
「ノヴァルナ様」
声を掛けるマグナーに、ノヴァルナは「任せる」と応じた。
「全艦、発進準備」
とマグナー艦長が発令すると、各士官が次々と報告を始める。
「これより発進」
「『クォルガルード』より『ムーンベース・アルバ』。発進する」
「対消滅反応炉出力上昇」
「重力子推進、パルスシフト2.66。惑星間航行出力を確保」
コンソールのインジケータランプが輝きの数を増し、控え目な照明の艦橋の中はまるでそれ自体が星の海のようだ。やがて艦橋中央に、航法用の星図ホログラムが出現し、オ・ワーリ=シーモア星系外縁部までの、予定航路が示される。
「針路固定116プラス08。恒星ユユタのスイング・バイコース確認」
「航路クリア。ユユタの電磁波放射量、想定値内」
「艦内各部異常なし。全艦発進準備よろし」
その言葉に一つ頷いたマグナーは、『クォルガルード』を発進させた。
「よろしい。加速率5.5。航行はじめ」
それはゆっくりと滑り出すような発進だった。左右両舷の重力子ノズルがオレンジ色の光のリングを発生させ、重力子と反転重力子の交互パルス放射が、推進力を生み出す。艦の前方に輝くのはオ・ワーリ=シーモア星系の主恒星、タユタとユユタの二連星である。ユユタの重力場を使用して加速効率を上げ、同時に航路傾斜角の調整も行う。かつての無人探査機なども使用した旧時代の技術だが、重力子推進との親和性が高いため、現代に至っても利用されているのだ。
この様子を見てノヴァルナは上機嫌だった。乗員たちの練度の高い作業に満足しているのもあったが、それ以上に宇宙の旅に出る事に対して、心躍るものがあったからである。しかもいつものような戦闘に赴くのではないと来れば尚更だった。
▶#06につづく
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