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第13話:烈風、疾風、風雲児

#13

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 ノアの言いつけを守って数時間ぶりの食事をとり、腹を満たしたノヴァルナは、ザーランダの士官達と会った。
 予想していたとはいえ、ザーランダ出身の士官は少なく、中でも艦の指揮を執れそうな左官クラスは、少佐が三人だけという状況だ。その結果、ノヴァルナは今集められた約四百人で、奪った未使用艦のうち、三隻の軽巡航艦を任せる事を決定。一隻あたり約百三十人という人員数は、一部のシステムを自動化すれば、戦闘行動が取れる最低限の数ではある。

 そして半日後、ノヴァルナ達はユジェンダルバ星系へ戻って来た。本来なら移動先であったBB-159902星系を拠点にし、ユジェンダルバ星系から兵員をさらに招集しながら、『ヴァンドルデン・フォース』へ攻撃を仕掛ける構想だったのだが、三日後に任意の星系を襲撃するという相手の方からの仕掛けに、ユジェンダルバ星系へ戻るべき…いや、ここを決戦場とするべきと思い直したからだ。



「全艦、左砲戦。主砲射撃用意」

 ユジェンダルバ星系へ戻り、惑星ザーランダを目指す『クォルガルード』で、マグナ―艦長が下令する。射撃目標は惑星ザーランダを監視するため、『ヴァンドルデン・フォース』が設置した、四つの人工衛星だ。
 これまでは、ザーランダが反旗を翻した事に気づかれないよう、『クォルガルード』と『クーギス党』はステルスモードを使用して、ザーランダへ接近降下していたのだが、もはや隠し立てする必要がなくなったからである。監視衛星は『クォルガルード』の他、ザーランダ兵の乗り込んだ三隻の軽巡が、一基ずつ破壊する事になっている。

「射撃管制。照準よろし」

「撃ち方はじめ」

「撃ちーかたーはじめ!」

「てー!」

 流れるような手順で放たれた『クォルガルード』の主砲は、雑作もなく初弾で監視衛星を爆破した。惑星の衛星軌道上を周回しているだけの目標であるから、当然の結果だ。
 ところが三隻の軽巡は、そういうわけにもいかなかった。セミオート照準で、最適のタイミングでトリガーを引くだけの仕事が…当たらない。一隻は二弾目で命中したのだが、あとは一隻が四弾目、残る一隻に至っては六発撃っても当たらず、さしものノヴァルナも、見ていて頬を引き攣らせた。
 そして傍らでササーラが、「何をやってるんだ、アイツらは!?」と叫んだ直後、七弾目にして監視衛星はようやく砕け散る。まだ何の訓練もしていないとはいえ、目を覆いたくなる結果に、ノヴァルナはため息交じりで、「マジっすか…」と呟いた………



 
 『ヴァンドルデン・フォース』の本拠地、リガント星系に集結しつつあるラフ・ザスの艦隊。リガント星系は固有名詞を持つ通り、人類の居住可能な惑星を持ち、かつては銀河皇国の植民地であった。

 だが『オーニン・ノーラ戦役』の勃発で植民は中止され、首都も10パーセントほどが完成しただけで放棄されたのである。そこが『ヴァンドルデン・フォース』の兵の居住区となっており、補給設備をはじめ、損傷艦の修理を行う工廠までが、整備されていた。
 そんな廃棄された植民惑星―――第二惑星の遥か上空となる宇宙空間で、中立宙域の各地から飛来した第一陣の宇宙艦が、旗艦『ゴルワン』を中心に球形陣を組み始めている。

 その光景を艦橋で眺めるラフ・ザスのもとへ、通信士官が歩み寄り、惑星ザーランダの監視衛星が、四基とも通信を途絶した事を報告する。わずかに片眉を上げ、ラフ・ザスは確認した。

「ザーランダ?…ユジェンダルバ星系の惑星だったか?」

「はっ。第一次産業が中心の惑星で、防衛戦力など、皆無なはずですが」

「ふむ…どこからか雇い入れたのかも、しれんな」

「この辺りでしたら、まさか『アクレイド傭兵団』では?」

「いや、直接介入して来るとは思えんが…」

 ラフ・ザスがそう呟いた直後、別の通信士官がオペレーター席から声を上げる。

「惑星ザーランダから、超空間量子通信によるメッセージを受信。『クーギス党』を名乗っています」

「ほう…昨日の返信のつもりか。再生しろ」

 興味深げな眼をする一方で、冷静な口調で命じるラフ・ザス。そこへ艦橋へ姿を現したベグン=ドフが、『クーギス党』という言葉を聞きつけてやって来る。

「んー、『クーギス党』だと? モルタナからかぁ?」

 モルタナに良からぬ感情を抱くドフの期待通り、再生されたメッセージが映し出したのは、小麦色の肌をした『クーギス党』の女副頭領だった。

「聞いてるかい? ラフ・ザス=ヴァンドルデン。こいつはあんたらに対する、果たし状さ。惑星ザーランダに雇われてね。あんたらをこの中立宙域から叩き出し、あたいらが代わりに治めさせてもらうよ!―――」

「なぁにを言ってやがる、あのアマ!」

 隣で怒鳴るドフを無視し、ラフ・ザスはメッセージの続きを見詰める。

「―――あんたらの予備戦力を頂いたのも、あたいらさ。そしてこっからが本題。あんたらがメッセージで言った三日後、つまり二日と半日後だね。このユジェンダルバ星系で、決着をつけようじゃないか。一発でケリをつける…簡単でいいだろ。それと付け加えとく、逃げたり、他の星系を襲ったりしたら、留守になったあんたらの本拠地リガントに攻め込んで、根こそぎ頂いていくからね。じゃ、返信待ってるよ!」
 
 モルタナからのメッセージを見終えたラフ・ザスは、「クックックッ…」と押し殺したような笑い声を漏らした。笑うことが珍しいラフ・ザスであり、ドフは意外そうな顔で「なにが可笑しいんだい?」と尋ねる。ラフ・ザスは二度、三度、軽く頷いてから告げる。

「いや、モルタナという女…なかなか、可愛い女だと思ってな」

「ぐへ?」

 自分が淫欲を抱いているモルタナに対し、“可愛い”と言ったラフ・ザスを、警戒する眼で見るドフ。ラフ・ザスは右手を僅かに振って、ドフに警戒心を解くように促す。

「安心しろ、そういう意味ではない」

「と言いますと?」

「あの女、口では威勢のいい事を言っているがその実、自分達はここにいるから、他の惑星を襲わないでくれと、泣きを入れているのだ」

 ラフ・ザスは、モルタナがメッセージで述べた裏を、正確に見抜いていた。もし『ヴァンドルデン・フォース』が『クーギス党』の挑発を無視し、当初の脅迫通り、ユジェンダルバ星系以外の任意の植民星系を攻撃した場合、『クーギス党』には打つ手がなくなる。それゆえ、他の星系を襲撃した場合、留守になった本拠地のリガント星系を攻撃して、略奪すると言ったのだった。

「―――だが愚かな話だ。そこまで言ってしまえば、囮の数隻をどこかの星系に向かわせておいて、主力部隊で待ち伏せしておけば一網打尽だ」

 ラフ・ザスが『クーギス党』の意図を対応策を交えて説明してやると、ドフは揺れる太鼓腹を両手で抱えて、「バッハハハハハ!!」と笑った。

「やっぱり、所詮は宇宙海賊!…すぐに見抜かれるような手しか考えられんとは、程度が知れるというものだな!!…バッハハハハハ!!」

 言いたい事を言っておいて真顔に戻ったドフは、参謀達を代表するようにラフ・ザスに問い質す。

「それで?…仰せの通り、囮を使って誘き寄せますか?」

 ドフの問いに、ラフ・ザスは考える眼をし、少し間を置いて応じた。

「うむ…だが、やはりユジェンダルバ星系へ、攻め込む方がよかろう」

「なぜですか?」

「もう一つの可能性だ」

「もう一つの可能性?」とドフ。

「うむ…『クーギス党』には、どこかの星大名家が後ろ盾についている、という話だ。それが事実なら、我らをリガント星系に留めておくのは、時間稼ぎにされる可能性がある」

「それは大戦力で攻め込んで来る、という事ですか?」

「そうだ。連中の後ろ盾と噂されているのは、ミノネリラ宙域で家名を改めたイースキー家か、オウ・ルミル宙域でロッガ家と敵対しているアーザイル家。待ち伏せが時間の引き延ばしだった場合、『クーギス党』はこの後ろ盾の星大名からの、支援を待っている状況で、時間を引き延ばす事は、むしろ敵を利するだけだからだ」

 理論立てて解説するラフ・ザスに、ドフや取り巻きの参謀達も、「なるほど…」頷いた。




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