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第14話:死線を超える風雲児
#07
しおりを挟むベグン“バーサーカー”=ドフは三十六歳。皇国軍時代からの単機による通算撃破数は、親衛隊仕様BSIが8機、量産型BSIと簡易型のASGULが59機、攻撃艇や宙雷艇といった小型艇が34。それに加え宇宙艦が軽巡6・駆逐艦11・軽空母2と、凄まじいものがあった。
元は『ヴァンドルデン・フォース』の前身である、第24恒星間防衛艦隊の将官ではなく、銀河皇国中央軍に属していたドフは、ミョルジ家の皇都星系ヤヴァルト侵攻に遭った星帥皇室がク・トゥーキ星系へ避難する際、護衛部隊指揮官の一人として同行していた。ドフのこの凄まじい戦績は、大半がヤヴァルト星系防衛戦からの一連の戦果である。
だがその技量に反し、頭角を現すにつれ避難地の住民女性に暴行を働くなど、日常での問題行動が多くなったドフは、中央軍内部でも疎まれるようになり、やがて追放。バグル=シルの交易ステーションで用心棒をしていたところを、植民星系の裏切りに遭った直後のラフ・ザスに拾われたのだった。
このように人としてのレベルはともかく、挙げた戦果は本物のドフであるから、第24恒星間防衛艦隊の討伐に襲来した、ミョルジ家艦隊の迎撃戦でも多大な戦果を挙げて、不利な戦いを勝利に導いたにもかかわらず、当人は手強い相手も見当たらず、不満だったという。
そのドフの前に、久々に全力発揮できそうな相手―――ノヴァルナが現れたのだから、むしろ僥倖というものだった。
「モルタナを頂くのはあとのお楽しみ! まずは戦いだ、戦い!」
上機嫌でそう言ったドフが機体を上昇させたのは、『クーギス党』の駆逐艦の直前だ。驚いた駆逐艦は迎撃砲火を浴びせるが、ドフはそれを軽々と躱しながら、ライフルを片手に持ち、空いた手でQブレードを起動させると、目にもとまらぬ速さで駆逐艦の迎撃火器を破壊して回る。
それが終わるや否やドフは、ノヴァルナの『センクウNX』へ向けてライフルを撃った。それを回避しながら撃ち返そうとしたノヴァルナだが、トリガーを引く指を止めた。ドフの『リュウガDC』の背後には『クーギス党』の駆逐艦があって、下手に『リュウガDC』を射撃すれば、流れ弾が駆逐艦に命中するかもしれない。
「チッ!…」
舌打ちして大きく機体位置を変えようとするノヴァルナ。味方の駆逐艦を人質にするようなようなやり口だが、ノヴァルナはそれ以上の反応は見せない。実際の戦いとは手段を選ばないものだからだ。
射撃ポイントを探そうとするノヴァルナだが、ドフも機体を巧みに操縦して、機体背後に『クーギス党』の駆逐艦を置いて来る。そうするうちにドフもノヴァルナの動きに慣れて来たのか、射撃が精度を増した。
「なるほど、接近戦をご所望ってワケかい!」
ドフの意図を見抜いたノヴァルナは、ポジトロンパイクを手にすると、『リュウガDC』へ向かって行った。すると思惑通りとばかりに、『リュウガDC』も近接用装備を、バックパックのウエポンラックから取り外す。ドフの得物は先端が二股になったポジトロンランスだ。
“チッ!…鑓使いかよ!”
それを見て気持ちを引き締めるノヴァルナ。ポジトロンランスはどちらかと言えば、簡易型BSIユニットのASGULが使う武器であるが、親衛隊仕様BSIユニットや、将官用のBSHOがオリジナルの鑓を持っている場合は、腕に相当な自信がある者だという事を示している。ノヴァルナの配下では、BSI部隊総監を務めている“鬼のサンザー”こと、ラン・マリュウ=フォレスタの父親、カーナル・サンザー=フォレスタなどがそうだ。
「バッハハハ! 良い威勢ですなあ!!」
ポジトロンパイクより間合いの長いランスを、ドフの『リュウガDC』が先に繰り出す。それを打ち払って斬撃を返すノヴァルナの『センクウNX』。「おう!」と叫んでドフもそれを打ち払うと、勢いのままランスを半回転させて、石突きの方の先端で『センクウNX』の左肩を強く打ち据えた。ズシン!と激しく振動する、『センクウNX』のコクピット。
「うぐッ!」
『リュウガDC』の強烈な打撃は、グラビティアブソーバーで保護された『センクウNX』のコクピットであってもノヴァルナに、腹に響く衝撃を与えた。さらに『リュウガDC』は、ランスを短く持ち替えて再び半回転。二股になったランスの穂先で、『センクウNX』のコクピットがある腹部を刺し貫こうとする。だがこれはノヴァルナが咄嗟の判断で振り抜いた、ポジトロンパイクの刃が弾いた。そのまま後方へ距離を取ろうとするノヴァルナ。
しかしこれはドフの望んだ形だった。間合いを開けた『センクウNX』を追って前進した『リュウガDC』が、猛然とポジトロンランスの連続突きを始める。宇宙空間は無音だが、ドフの擬音付きだ。
「シャシャシャシャシャーーー!!!!」
口元を歪めて叫ぶドフの俊絶な連続突きに、防戦一方となるノヴァルナ。躱しきれない突きが、『センクウNX』の機体を傷だらけにしていく。この状況にドフは内心でほくそ笑んだ。
“バハハ…これでノヴァルナ殿はたまらず、反射的に距離を開けようとするはず。そういう場合の動きは単調となるのが常…そこをライフルでズドン!だ”
そう考えて意識の中で、即座にウエポンラックから、超電磁ライフルを掴み取るイメージを浮かべるドフ。とその時、防戦ばかりの『センクウNX』が動いた。
“いただきだ!!”
ドフは、ノヴァルナの『センクウNX』が後方へ引くのを狙って、『リュウガDC』に超電磁ライフルを手に取らせる。ところがノヴァルナの次の一手は、ドフの予想外のものだった。二股になった『リュウガDC』のランスの先に、ポジトロンパイクの柄を滑り込ませると、連続突きを封じて前進、パイクの柄を捩じる動作と合わせて、回し蹴りを放ったのだ。
「ぬおっ!?」
いかに蛮勇なドフであっても、不意を突かれると即座に対応はできない。左の脇腹に『センクウNX』の蹴りを喰らった『リュウガDC』は、機体のバランスを崩した。
「なめんな!!」
隙を突いたノヴァルナの『センクウNX』は、ポジトロンパイクを手放して、代わりに腰のQブレードを握り取る。素早く起動して、すれ違いざまの抜き胴を放つ『センクウNX』。だが浅い。放つノヴァルナも、一杯一杯の状態だったからだ。『センクウNX』のQブレードは、『リュウガDC』の左脇腹を切り裂きはした。しかしその斬撃は、機体の機能を麻痺させるには至らない。装甲板を切断し、内部フレームと伝導ケーブル類を断裂。その影響でコクピットを包む、全周囲モニターの左下側の映像が映らなくなる程度に留まる。
「むぅおおおっ!!」
怒声を上げたドフは、こちらも『リュウガDC』に握らせていたポジトロンランスを放させた。『リュウガDC』はバックパックに重力子のリングを輝かせると、左手でQブレードを握る『センクウNX』の手首を掴み取り、右手の拳で側頭部に連続パンチを叩きつける。
「うあっ! や、野郎!!」
激しく揺れる『センクウNX』のコクピット。ノヴァルナが被るヘルメットの中に、損傷警報が鳴り響く。メインの照準センサーに障害が発生したらしい。殴って来る『リュウガDC』の敵の腕を取り、捩じり上げた『センクウNX』は、ショルダータックルを喰らわせて引き剥がした。両機は宇宙空間に絡み合って浮かんでいた、ポジトロンパイクとランスを引っ掴んで距離を置く。
「バッハハハハハ! 殺し合いは楽しいですなぁ、ノヴァルナ殿!」
陽気な声で愉快そうに言うドフに、これまでBSIユニットの一騎打ちで戦ってきた相手とは、一段違う手強さを実感し、ノヴァルナは口元を引き締めて応じた。
「楽しんで頂いて、何よりだぜ!」
ノヴァルナの言葉にさらに気分を高揚させたのか、ドフは笑いが止まらなくなったようだ。
「バハハハハハハ!…バッハハハハハハハ!!!!」
二機のBSHOが得物を手に対峙する。いつにない緊張感を漂わせながら、それでも不敵な笑みを、ノヴァルナは忘れない。
「バハバハうるせーんだよ、ガマ親分………」
▶#08につづく
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