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第14話:死線を超える風雲児
#20
しおりを挟む同じ頃の皇都惑星キヨウ。ほぼ全土が都市化された惑星の、さらに中心都市部であるゴーショ地区。ノアはそのゴーショ地区の一画にある、キヨウ皇国大学を訪れていた。
ミノネリラ宙域星大名ドゥ・ザン=サイドゥの娘として、皇国貴族流の作法などを学ぶため、ノアはかつてここへ留学していたのだった。しかしアーワーガ宙域星大名ミョルジ家によるキヨウ侵攻の危機が近付いた三年前、留学を中断したノアはミノネリラへ戻ろうとした。そこで出逢ったのがノヴァルナだったのである。
ノアにとっての今回の旅の目的が、この母校再訪だった。
中世のレンガを再現したウルティマセラミック製の外壁を持つ、風情ある校舎が広大な敷地に点在し、緑の芝生と白い石畳の小径が眼に鮮やかなキャンパス。キヨウ退去後もオンラインで受講を続けたノアは、この秋には卒業を控えている。
ただ今回の訪問は、本来の学業とは直接の関係は無い案件―――以前、ノアとノヴァルナが皇国暦1589年のムツルー宙域で発見した、『トランスリープ』ドライブを引き起こす特異点を発生する謎の施設、『超空間ネゲントロピーコイル』について調べるというものだ。
等間隔で円を描く位置にある六つの惑星そのものをパーツにする、途方もない施設の『超空間ネゲントロピーコイル』だが、それに関する知識を有しているのが、この大学でノアも受講した事がある次元物理工学の権威、リーアム=ベラルニクス教授であった。NNLでの情報収集と自身の考察だけでは、行き詰る事も多々あるからである。
キャンパスは人影が少ない。キヨウが事実上ミョルジ家の支配下に置かれてこのかた、政情も治安も不安定な状況が続いており、ノアのように大学まで来ずにオンライン受講で済ませている学生が多いのだろう。
そんな中、ノアが訪れたのはベラルニクス教授の研究室だった。無論アポを取っての訪問だ。本物の木材を使用した校舎内の雰囲気は、静かで落ち着いた空気に満ちている。学生の頃によく着ていた水色のワンピース姿のノアは、濃い紺のスーツ姿のカレンガミノ姉妹を従え、研究室のドアをノックした。
「どうぞ」
ドアの向こうから聞こえる落ち着いた声は、講義を受けた事もあるノアが覚えていた声よりも若い感じがする。「失礼します」と言って入室するノア。ところがノアは目の前で執務机の椅子から立ち上がった人物を見て、驚いた表情になった。どう見てもノアと同年代の若い男性だ。クセのある金髪で涼しげな眼をしたその若者は、ノアに親しげに声を掛けて来た。
「久しぶり、ノア君」
「スレイトン先輩…」
「実は教授に急用が入ってね。代わりに僕がお話を承るよ…ああ、僕、今は教授の研究員をやらせてもらっててね」
爽快感を与える笑顔を見せるスレイトンという名の若者に、どういう表情をすればいいのかすぐには思いつかない様子のノアは、戸惑った作り笑いになる。そしてそんなノアの背後で、普段はほとんど無表情のメイアとマイアの双子姉妹が、何かを知っているらしい“おっと…”といった目で、顔を見合わせた………
『ヴァンドルデン・フォース』の三隻の戦艦が放つ迎撃誘導弾が、近接信管を作動させて、高速で飛行する『センクウNX』の周囲に火球を幾つも作り出す。
しかし高機動回避を行いながら距離を詰める、ノヴァルナの専用機を捉える誘導弾は一つもない。操縦桿を握るノヴァルナは、改めて整備班長に感謝した。やはり動かせないとはいえ、左腕が取り付けられた事で、機体の重心が安定している。それに深々度のサイバーリンクによって、機体が操縦者の体と同化したような状態になるBSHOで、機体の左腕が無いままというのは、自身の左腕に違和感を感じ続けて、集中力の維持の負担になるからだ。
たださらに敵戦艦との距離が縮まると、背後にいる中小の宇宙艦までが、迎撃砲火を浴びせて来た。そうなると整備班長に言われた、出力を抑えての飛行は難しくなる。ヘルメットの中がロックオンと機能不全の警告音の大合奏となり、コクピット内が赤い警告ホログラムで埋め尽くされた。あまりの多さに閉口したノヴァルナは、ロックオン警報と近接警戒警報、そして最高レベルの障害発生警報のみを残してあとを遮断した。それでもスピーカーは充分騒がしいのだが。
幾条もの迎撃のビームが横殴りの暴風雨のように迫る中を、『センクウNX』は跳ね回るボールのような、一見すると無茶苦茶な回避運動で突き進む。さらに集中する敵の迎撃。それらを充分引き付けたと感じたノヴァルナは、宙雷戦隊をはじめとする、もう一つの襲撃部隊にも突撃を命じた。
「よし。襲撃隊、かかれ!」
それを聞いて、待ってましたとばかりに『クーギス党』の四隻の駆逐艦と六隻の海賊船、そして『ホロウシュ』のハッチとモ・リーラが率いる、『クーギス党』のBSI部隊が、軽巡部隊の向こう側から一斉に突撃を開始する。
そして『クォルガルード』と五隻の軽巡航艦も、ここまで使用を控えていた宇宙魚雷の残りを全て発射した。その数は合計で六十本を超える。目標はラフ・ザスの旗艦『ゴルワン』ただ一艦だ。
一方の『ヴァンドルデン・フォース』は、軽巡や駆逐艦の突撃を行わず、三隻の戦艦の上下に配置して迎撃に専念させた。
「ハッチ、カール、ヴェール、セゾ。おまえらは敵の護衛艦を狙え」
ノヴァルナは『センクウNX』を急激なスクロールに持ち込みながら、配下の四人の『ホロウシュ』へ指示を出す。宇宙魚雷、対艦誘導弾、艦砲射撃、迎撃砲火の光芒と爆発の閃光が無数に起きて、その光を反射させた砕けた艦の破片が、漆黒の宇宙にキラキラ輝いている。『ホロウシュ』達は『クーギス党』のASGUL隊を率いてその中へ飛び込んだ。その光景を見たノヴァルナが、賞賛の言葉を贈る。
「いい度胸じゃねーか。コイツは負けてらんねー!」
そしてノヴァルナは賞賛お言葉だけでなく、自らもその閃光の渦中へ、機体を飛び込ませて行った。
負けてられない…と言うノヴァルナだが、実際には敵の攻撃を受ける量は、一番多くなっている。それもそのはずで、敵の戦術状況ホログラムに自分から信号を送り、金色に輝く『流星揚羽蝶』の家紋で自分の位置を見せつけて、敵の攻撃を誘引しているからだ。味方の攻撃を有利にするため、自分を囮にして敵を引き付けるのはノヴァルナの得意技である。
その『流星揚羽蝶』の家紋を狙って迎撃火器を操作している、ラフ・ザスの『ゴルワン』の兵士が、目標の異常なまでの回避スキルに怨嗟の声をあげた。
「当たらねぇ、なんだコイツは!!」
それはダンティス家のマーシャルをはじめ、これまでノヴァルナと戦った相手が何人も、口にして来た言葉である。照準センサーは『センクウNX』をロックオン表示が続いているのだが、実際には掠りもしていないのだ。
そして迎撃火器がノヴァルナへの攻撃に気を取られている間に、『ホロウシュ』が率いるBSI部隊と海賊船達が攻撃を開始する。
ノヴァルナ側の軽巡と海賊船が放った大量の宇宙魚雷と、BSI部隊の対艦誘導弾や対艦徹甲弾を、『ヴァンドルデン・フォース』は全て迎撃できるはずも無い。ノヴァルナ側がしたたかだったのは、『クォルガルード』と五隻の軽巡航艦が放った約六十本の宇宙魚雷が、すべてラフ・ザスの『ゴルワン』に照準していた事だ。
『ゴルワン』一隻では対処しきれない約六十本の宇宙魚雷に、随伴する二隻の戦艦と護衛の宙雷戦隊も、『ゴルワン』への援護に火器を向けたのだが、遅れて突入したBSI部隊と海賊船は、護衛部隊へ攻撃を仕掛ける。
ノヴァルナの『センクウNX』への狙撃と、『ゴルワン』を狙う宇宙魚雷の迎撃に手一杯となっていた護衛部隊が、それらにも対処する事は不可能だった。
「ヴェール、セゾ。俺とカールで敵のBSI部隊を片付ける! おまえらは『クーギス党』さんと敵の護衛艦を頼む!!」
そう言って『ホロウシュ』のヨリューダッカ=ハッチとカール=モ・リーラは、こちらへ向かって来る敵のBSIと攻撃艇の残存兵力に、『シデンSC』の超電磁ライフルを構えた。ランとササーラの機体がベグン=ドフに撃破された今、『センクウNX』に次ぐ戦闘力を持つ親衛隊仕様機に乗っているのは、彼等だけだからである。
「ぬかるなよ、ハッチ」
通信でそう言って来るモ・リーラの声にハッチは、戦術状況ホログラムが示す十二の敵の反応を瞳に映し、主君譲りの不敵な笑みを浮かべて応じた。
「てめーこそな、カール」
▶#21につづく
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