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第15話:風雲児VS星帥皇

#16

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 無論、ノアにはノアの想いがあった。

 それはキヨウにいる間に、『超空間ネゲントロピーコイル』に関する研究を、出来るだけ進めておきたいというものである。皇国大学のコンピューターに収められた情報は、ノアが許可を得る事が出来たレベル3になると、NNLを通して開示はされなくなる。つまりオ・ワーリに戻ると閲覧する事が出来なくなるからだ。

 本来ならキヨウにいるのは一週間程度の予定であったが、ノヴァルナの道草バトルのおかげで、その日程は延びに延びている。そこでノアは研究を、一気に進めてしまおうと考えたのである。
 ムツルー宙域に建設されているであろう、恒星間規模の『超空間ネゲントロピーコイル』の謎を解く―――それは、今のキオ・スー=ウォーダ家とは直接は関係のない話だ。しかしそのような得体の知れない施設と、それを建設した勢力が、この銀河系に存在している事は放っておけないというのが、ノヴァルナとの共通認識であったはずなのだ。

 ただそれが今のノアは、当初の目的を外れ、学術意欲に傾倒し始めているのも確かだった。かつて師事したリーアム=ベラルニクス教授の研究助手で、元上級生のルディル・エラン=スレイトンとの再会も、それに拍車をかけている。三年前、ミノネリラ宙域への帰還で不意に中断してしまった、次元物理学の学習に打ち込んでいた学生時代が、甦ったような気持ちになっていたのかも知れない。

 そしてまた、ノアのそんな思いに拍車をかける出来事があった。

 この日、時間は少し遡り、ノヴァルナがテルーザと戦っている間に、ノアが皇国大学へ来たのは研究の続きだけでなく、スレイトンとは別の、ある人物と再会するためだ。

「ノア!」

 校門でノアを待っていたのは、同年代の女性だった。亜麻色のセミロングの髪に鳶色の瞳。背はノアよりやや低いぐらい。歩いて来るノアに向け、ピンと伸ばした右手を振りながら、朗らかな声で呼び掛ける。それに応じてノアも彼女の名前を呼んだ。

「ソニア!」

 ノアを待っていたのはソニア・ファフラ=マットグース。皇国貴族の娘でノアと同じくキヨウ皇国大学の元学生。入学前に知り合い、友人であった女性だ。二人は合流すると、手を取り合って再会を喜んだ。

「久しぶり。やっとまた会えたね!」

 ソニアがそう言うと、ノアは笑顔で応じる。

「うん。探したよ」

「ごめん。前に住んでた屋敷…売り払っちゃって」

「え…?」

 訝しげな表情をするノアだったが、ソニアは明るく言い放った。

「そんな事より、ほら行こ。スレイトン先輩、居るんでしょ?」




「やぁマットグースくん。久しぶり」

 研究室の扉を開けるなり、スレイトンの笑顔が待っていた。ソニアはそんなスレイトンに抱き着きそうな勢いで駆け寄る。

「お久しぶりです。スレイトン先輩!」

 ノアと同じくソニアにとっても、ルディル・エラン=スレイトンは学生時代の憧れの存在だった。ノアはソニアの舞い上がる様子を後ろから眺て、“変わってないなぁ”といった眼をして、苦笑いを浮かべる。ただそれに対して、スレイトンは気になる事を口にした。

「三年ぶりかな?…皇都がミョルジ家に攻め込まれて以来だね。でも大丈夫だったかい? マットグース家は確か財産と領地を―――」

 スレイトンが言葉を言い終える前に、ソニアが困惑気味の声で遮る。

「えっ?…え、ええ。それはまぁ…そんな事より先輩、ノアの研究、私にも手伝わせて下さいよ」





 その日の夕刻。研究を少し早めに切り上げたノアは、ベラルニクス教授と打ち合わせのあるスレイトンと別れ、ソニアと共に大学近くのカフェテリアでコーヒーを飲んでいた。

 学生時代に行きつけだったカフェテリアは、あの頃と変わっておらず。天然の木材を使用した店内は、ここで働くスチームパンク調のロボットごと、窓から差し込む夕陽の中で茜色に染め上げられて、まるで時間が止まっているように見える。

「今日はありがと。助かったわ」

 惑星ラハンナの名産、赤紫色のアクロベリーをふんだんに使ったケーキに、銀のフォークを入れながら礼を言うノアに、ソニアは朗らかに「どういたしまして」と応じ、コーヒーカップを唇に運ぶ。そして不意に視線を逸らすと、窓の外を見ながら間を置き、口調を落として告げた。


「ごめん。ノア」


「え?…」

「私…変だよね」

 そう言うソニアに、ノアは静かに応じる。


「そうね。久しぶりなのは分かるけど…はしゃぎ過ぎてる」


 それを聞いたソニアは苦笑して、「やっぱり親友の目は、ごまかせないかぁ…」と、亜麻色の髪を指で掻き撫でた。

「今日ノアと会った時、言ったでしょ?…屋敷を売り払ったって。あたしン、スレイトン先輩が言いかけた通り、領地と財産を取られちゃったんだよね」

 ソニアの告白に真顔になったノアは、驚きの声を発する。

「ええっ!? 誰に?…どうして?」

「ミョルジ家にね。それに父さんも母さんも…死んじゃったんだ」

「!!??…ど、どういう事なの、ソニア!?」
 
 ソニア・ファフラ=マットグースの家は、皇国の下級貴族だった。家族構成は両親とソニアに加え、幼い妹と弟が一人ずつ。
 口さがない者からは“貧乏貴族”と揶揄される彼等下級貴族は、通常の貴族のように一つまたは、二つないし三つの植民星系を荘園として支配するのではなく、一つの植民星系を複数の貴族で共同支配しているため、税収もそれほどではない。一般人より少しは裕福なぐらいの生活を送れる程度である。
 このような事情でマットグース家の屋敷は、ゴーショ地区でも民間人の居住区に建てられており、ソニアが庶民的な立ち居振舞いと言葉遣いをしているのも、そういった生活圏によるものが大きい。

 そんなマットグース家だったが、三年前のミョルジ家による皇都侵攻の際、同じ恒星系を支配している他の下級貴族と、ミョルジ家に対する星系全体の意思統一を図るための集会を行っていたところに、そのミョルジ家によるピンポイント爆撃を受けたのだった。他の貴族に対する見せしめの意味もあったのだろう。
 実際はミョルジ家に敵対する事で根回しが済んでおり、集会はそれを公のものにするためだったのだが、その集計に欠席した一人―――ミョルジ家に内通していた下級貴族が手引きしていたのである。

 この爆撃で夫婦揃って集会に出席していたソニアの両親は死亡。さらにミョルジ家がキヨウを事実上の占領下に置くと、敵対的な態度を取った貴族に対し、財産と領地の没収を始めた。その手は当然ソニアのマットグース家にも及び、妹と弟、そして屋敷以外の全てを奪われた彼女は、当座の生活費にも困るようになって、屋敷を売り払ったのだ。無論、学業を続けられるはずは無く、大学も中退している。

 これらの事情を打ち明けたソニアは、改めてノアに詫びを入れた。

「―――そんなわけで、ノアが私に何度か連絡くれてたのは知ってたんだけど、下手に連絡を取り合って、この事が知られたら…と思ったら怖くて。本当にごめん」

「怖い?…どうして?」とノア。

「ノアは星大名のお姫様じゃない。それに引きかえ、ただでさえ貧乏貴族だった私が、もっと落ちぶれたと知ったら、ノア…私の事をもう、友達だとは思ってくれないんじゃないかって」

「そんなの、あるはずが無いでしょ!」

 ソニアの自分を卑下する言葉を、ノアは強い口調で否定した。そこで少し怒った様子になるのがいかにもノアらしい…とソニアには思える。

「連絡しても返事ないの、ずっと心配してたんだから!」

「ごめん…だから、ノアがキヨウに来ると知って、この際、思い切って会って謝ろうと思ったんだ」

「よし。じゃ許す」

 胸を張ってそう言うノア。そしてノアは今の自分の物言いが、無意識にノヴァルナの口真似をしていた事に気付き、内心でため息をついたのだった。




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