銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第15話:風雲児VS星帥皇

#17

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 ノヴァルナの口真似に馴染みのないソニアは、「なにそれ」とノアに笑いかけたあと、話題を変えた。

「でもやっぱりノア、凄いね」

「なにが?」

「研究よぉ。いまだにあんな凄い研究続けてるなんて、思わなかった」

 ソニアが口にしたのは無論、『超空間ネゲントロピーコイル』についてだ。

「え?…うん、まあね」

「ミノネリラに帰る時、学問は諦める…みたいな事、言ってたでしょ」

「うん…婚約した人が、学問を続けていいって言ってくれて…」

 ノアのこれには一部、嘘が混じっている。ノヴァルナが学問を許可したのではなく、実際にこの存在に気付いた二人の共通の解くべき謎として、自然な流れでノアが研究を続けているのである。ただソニアに対して、そこまで言ってしまう事は出来ないのだ。するとソニアは別の部分―――“婚約者”という部分で、ノアに疑問を呈した。

「婚約者って、あのノヴァルナ様でしょ?―――」

 ノアはソニアの“あの”という言葉に、つい引っ掛かりを覚えてしまう。ノヴァルナに“あの”が付く場合、大抵は批判的な意味を含んでいるからだ。そしてそれは今回も案の定だった。

「変な人って噂だけど…大丈夫なの? 酷い事、されてない?」

 親友のソニアにもそんな風に思われてたのか…と、ノアはため息をつく。もっとも実際には恋愛の末の婚約だったのだが、公式発表ではミノネリラ宙域のサイドゥ家と、オ・ワーリ宙域のナグヤ=ウォーダ家の間の政略結婚となっているため、世間一般では乱暴者のノヴァルナに嫁がされるノア姫という構図が形成され、ノアに対し、同情する声が多いのが実情だった。それを想い、憂うノアの表情に、ソニアは心配顔を向ける。

「ため息…やっぱり酷い事、されてるの?」

 どうやら自分がついたため息の意味を誤解したらしいソニアに、ノアは少し慌てて首を振り、否定した。

「えっ!? ううん、違うの。そんな事ないよ」

 とは言え、このところのノヴァルナとのすれ違いが、ノアの表情に影を落とす。それにこんな心理状態で、毎回毎回ノヴァルナに対する誤解を解くのも、疲れて来るというものだ。そもそもノヴァルナ自身の身勝手さが招いた事態なのに、“なんで私がこんな事しなきゃなんないんだろう…”とすら思ってしまう。

「ほんとうに?」

 ノアの言葉を聞いても、全然安心できないといった感のあるソニアの問い。するとその時ソニアの傍らに、大昔のスマートフォンを思わせる形のNNLの通信ホログラムが、軽やかな呼び出し音と共に出現した。一回だけ鳴ったところを見ると、メール着信のようだ。ソニアはホログラムに指を触れさせ、何処からの着信かを見る。そしてホログラムを、他人には見られないシークレットモードに切り替えて内容を読み、ノアに向き直って告げた。

「ノア、ごめん。仕事が入っちゃった。行かなきゃ」 
 そう言えばソニアは今、何の仕事をしているんだろう…とノアは思った。自分達が今いるゴーショ地区は、戦乱による被害はほとんど見られないが、その他の行政区には砲撃を受けた跡も多く見られ、例の略奪集団の襲撃が日々繰り返されて、経済状態は最悪である。
 当然失業者の数も多く、見た目は被害の少ないゴーショ地区にも、損害を受けた地区から大量の失業者が難民化して流れ込んでいると聞く。そんな状況で職を探すのは難しかったはずだ。

「ソニア。仕事って、何してるの?」

 そう聞いて来ると思っていたのか、ソニアは微笑んで即答した。

「派遣…やってる事は色々かな。妹と弟も養わなきゃならないから、選り好みなんて出来ないもの」

「………」

 声の調子を落としたソニアに、ノアは言葉を失う。きっと自分が想像しているより、ソニアは生活に窮しているに違いないと感じたからである。すると逆にソニアの方が励ますように、ノアへ明るく声を掛けた。

「そぉんな顔しないで、ノア。こう見えても私、元貴族だし、仕事は見つかり易いんだから」

 そう言いながら席を立ったソニアは、「じゃあね」と小さく手を振る。

「また会えるよね」とノア。

「もちろん。ノア、しばらく皇都に居るんでしょ?」

「ええ」

「じゃ、仕事が終わったら連絡するから、次会う日を決めよ」

 ノアは「わかった」と頷くと、ソニアの今を気遣って躊躇いがちに言う。

「ソニア…ここは私に奢らせて」

 するとソニアは傷ついたふうも無く、「助かるぅ~」と屈託なく礼を述べて去って行く。

 三年前のあの頃と変わらないもの、変わってしまったもの…さまざまな思いが意識をぎって行き、一人になったノアは、すっかり日の沈んだカフェテリアの窓から、夜景に切り替わった街並みに目を遣った………





「遅かったじゃねーか」

 ホテルに帰ったノアを待っていたのは、ノヴァルナのつっけんどんな物言いだった。リビングに入って来たノアに対し、ノヴァルナは背を向けてソファーに座り、振り向きもしない。明らかに不機嫌そうである。

「学生時代の友達と会ってたのよ!」

 ぶっきらぼうに言い返したノアはまた、自分の言葉が終わらないうちに、その言い方に後悔した。振り返ったノヴァルナが、真顔で問い質して来る。

「は!? 友達と会ってただぁ? 研究室に行ってたんじゃねーのかよ」

 詰問調のノヴァルナに、気の強いノアはつい受けて立ってしまう。

「行ったわよ。そのあとでお茶してたんでしょ!」

「はん。どうだか!!」

 吐き捨てるようにノヴァルナに言われて、ノアは拳を握り締めた。

「ちょっと! どういう意味よ!?」

「あ?………」

「………」

「………」

 無言で睨み合う状況は、二人が初めて出逢った頃以来の、空気の悪さを醸し出している。それはある意味懐かしくもあるが、歓迎すべきものでもなかった。
 
 この状況をいい加減煩わしく思ったノアは、うんざりといった口調でノヴァルナに話し掛ける。

「ねぇ、どうしたのよ? 何かあったの!?」

 しかしこの尋ね方は今のノヴァルナにはまずかった。先日の『ヴァンドルデン・フォース』との戦いで感じた葛藤や、今日の星帥皇テルーザとの模擬戦で一方的に敗北した事に対する苛立ちもあるが、正直なところ、この若者の意識の中心に今だにあるのが、昨日見掛けた、大学の研究室でノアとスレイトン先輩とかいう男が、笑顔で見詰め合っていた映像だからである。ノヴァルナとてまだ二十歳の若者であり、そんな事を白状するなど、つまらない事だとしても男の矜持が許さない。したがって返事に選ぶ言葉も限られて来る。

「何でもねーよ!」

「何でも無くないじゃない」

「うるせーな! いいからおまえは、好きなお勉強でもしてろ!」

 今度はノヴァルナが、言い切る前に自分の言葉に後悔する番だった。ノアの眼が明らかに、心に傷を負ったものになる。

「何よ…何なのよ。あの施設の謎を解くのは、私達二人の共通した課題じゃなかったの?…ここで研究と解析を捗らせたら、あなたも喜んでくれると思ってたのに…それなのに、なんで不貞腐れてるのよ!? 言わないと分からないじゃない!!」

 そう問い詰められては、ノヴァルナの気持ちも頑なになってしまう。

「不貞腐れてねぇ!」

「不貞腐れてるわよ。自分はいつも勝手ばっかり。私の事なんて考えないで、今日だって何も言わずに戦いに行って、ケガでもしたらどうするのよ!?」

「無事だったんだから、いいじゃねぇか! 『クォルガルード』からリアルタイムで、おまえに戦闘状況も知らせてたんだし!」

「そんなこと言ってるんじゃないわよ。いつまでも馬鹿な真似ばっかりして、真面目なスレイトン先輩とは大違い! 今日だって友達にまで、あなたの変なイメージを心配されたんだから! 毎回毎回訂正しなきゃならない、私の身にもなってよ。私はセルシュ様じゃないんだから!!」

「な…に…」

 それはノヴァルナに対して、決して言ってはいけない言葉だった。スレイトンの名を出したのもそうだが、それ以上に“私はセルシュ様じゃない”は拙い。後見人であったセルシュ=ヒ・ラティオの名を持ち出すのは、いまだに自分が死なせたと思っているノヴァルナには、心に刺さったままのトゲを押さえ付けえられるようなものだからだ。勢いで言い切ってしまってから、ハッ!…と気付いたノアだが後悔先立たずである。

「………ごめん」

「………」

 うつむいて謝るノア。無言で目を逸らしたままのノヴァルナ。いつの間にか自分も、婚約者に不満をぶつけるだけになっていた事に気付き、やがてノアはポツリと提案した。



「私達…少し頭を冷やした方がいいみたい…しばらく別行動にしましょう…」






▶#18につづく
 
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