321 / 508
第15話:風雲児VS星帥皇
#18
しおりを挟む翌朝、ノアが別の部屋を取ってノヴァルナと離れて滞在する事を知り、まず騒ぎだしたのは取り巻きの女性陣だった。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう。まだ結婚式も挙げてないのに、家庭内別居だよキーツ! ねぇ、どうする? どうしたらいいと思う!?」
いつも通り朝の事務作業を始めたキノッサのところへ、ネイミアがとんで来て騒がしく意見を求める。しかしキノッサの反応は冷めたものだった。
「だからぁ、ほっときゃいいって言ってるっスよ。どうせそのうちケロッとして、またイチャつき始めるんスから」
「またそんなこと言って! そうならなかったら、どうするのよ!」
「大丈夫ですって。なんせあの二人は、“天下御免のバカップル”っスから」
思わせぶりなキノッサの言い方に、ネイミアもつい本題を忘れて乗って来る。
「えっ、なにそれ?」
「ふっふふー。聞きたいッスかあ!?………」
キノッサはそう言うと三年前、ノヴァルナとノアが戦場の真ん中でぶち上げた、婚約発表の話をネイミアに聞かせ始めた………
そして当のノヴァルナのもとに直接押し掛けたのが、妹のフェアンとマリーナである。もっともマリーナの方は、フェアンに引きずられて来たようなもので、様子を見るとあまり関わりたくなさそうだった。ビシリと右腕を突き出し、ノヴァルナを指差したフェアンが強い口調で言い放つ。
「兄様! ノア義姉様に謝って!!」
珍しく本気で怒っているフェアンに、出掛ける準備をしている最中のノヴァルナも、顔をしかめずにはいられない。
「なんだよ、いきなり」
「謝って!!」
「いやいやいや、だからなんで俺が、謝んなきゃなんねーんだよ!?」
「どうせ兄様が悪いんに、決まってるもん!!」
「はぁ!?」
頭ごなしに言われて、ノヴァルナの口調も荒くなる。そんな妹を、後ろから進み出たマリーナが諫めた。
「イチ…。そんなふうに言っては、兄上も頑なにならざるを得ないでしょう」
そしてノヴァルナに向き直って、マリーナは諭すように言う。
「兄上。事情は知りませんが、皆のためにも出来るだけお早く、義姉上と和解して頂かないと困ります」
しかしこれも、今のノヴァルナには上手い言い方とは言えなかった。
「は? 他の連中が困るとか、そういう話じゃねーだろ!」
「いいえ、そういう話ですわ。兄上には星大名という、公人としての責任もあるのですから、一般市民のような―――」
「ああ。わかった、わかった!」
大きく腕を振ってマリーナの言葉を遮るノヴァルナ。するとそこにドアがノックされ、有無を言わせない印象でカレンガミノ双子姉妹が入って来た。これにはさしものノヴァルナもたじろぐ。
「う…」
何を言われるか、身構えるノヴァルナ。しかしカレンガミノ姉妹は抗議に来たのではなく、今日のノアの予定を告げに来たのだった。一方的に喋る姉のメイア。
「ノア姫様は今日は研究室へは向かわず。大学時代のご友人のソニア・ファフラ=マットグース様とお出かけになります。プライベートゆえ、緊急のご連絡のみ私どもがお受け致します。宜しくお願い致します」
そして言うべき事を言い終えたカレンガミノ姉妹は、さっさと部屋を出ていく。あとに残されたノヴァルナ達は、気まずそうな表情で解散したのであった………
ノアとの関係がさらにこじれて来たとは言え、マリーナが言った通り、ノヴァルナには公人としての立場がある。今日出掛ける準備をしていたのは、今回の皇都訪問を支援してくれた皇国貴族で、ノヴァルナの理解者ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナのもとを訪問するためだ。
ゴーショ行政区の貴族居住区に建てられているゲイラの屋敷は、決して狭くはないが、周囲の貴族の屋敷に比べて質素な感じがする。“漫遊貴族”の異名があるように、ゲイラは銀河系の各宙域を旅して回る事が多いため、その出費のせいで日常の生活が、質素なものになっているのかも知れない。
「よくぞお越しくださいました。ノヴァルナ様」
厳選された茶葉で淹れられた紅茶が用意された、ヤーシナ邸の応接室は過度な装飾を控え、主人の誠実な性格を滲ませる。
「すっかり遅くなり、申し訳ありません」
ゲイラに対しては素の顔を見せるノヴァルナは、言葉遣いも丁寧だ。ノヴァルナの謝罪の言葉にゲイラは笑顔で返す。
「いえいえ、お気になさらず。その分、途中で立ち寄られた星系や、このキヨウで色々とご覧になられたと思いますので」
ありがとうございます…と応じるノヴァルナに、ソファーへ背を沈めたゲイラは尋ねた。眼は細めているがその眼差しは真剣である。
「如何です?…ご自分の眼で見られて」
「………」
少しの間を置いてから、ノヴァルナはここへ来るまでに体験した事を、順を追ってゲイラに述べた。アンソルヴァ星系の惑星ルシナスで、イースキー家の特殊部隊に襲撃されたのはノヴァルナ個人の問題だが、その次に訪れたミートック星系の惑星ガヌーバでは、温泉郷の地下に眠る金鉱脈を収奪しようとする、『アクレイド傭兵団』の暗躍。
さらにその次に訪れたユジェンダルバ星系の惑星ザーランダでは、周辺の植民星系を恐怖政治で支配していた私兵集団、『ヴァンドルデン・フォース』との死闘。
そしてここ、皇都惑星キヨウへ到着した途端の略奪集団との遭遇と、焼け焦げた都市部が広がるキヨウの地表。対するほぼ無傷のゴーショ行政区。異常なまでの強さを見せた、星帥皇テルーザと彼が操縦する『ライオウXX』―――
それらを語り終えたあと、ノヴァルナは舌打ちでもしそうな口調で告げる。
「話には聞いてましたが…治安で言えば、互いに争い合っている我々星大名が支配する宙域国の方が、遥かにマシですね。ここは…腐ってる」
ノヴァルナの感想に、ゲイラは「ふむ…」と軽く頷いた。
「星帥皇陛下は…お戦いになられて、如何でした?」
ゲイラにそう尋ねられると、ノヴァルナは顔をしかめずにはいられない。
「ガツン!…とぶん殴ってヘコませといて、説教の一つもしてやろうと思ってたんですが…全く歯が立ちませんでした」
ノヴァルナがBSHOでテルーザに命懸けの模擬戦を仕掛けたのは、テルーザを打ちのめし、略奪集団の討伐にばかり傾倒しているというテルーザに、皇国の内政を疎かにしている事に対して、説教の一つでもしてやろうと考えたからだ。ところがいざ戦ってみると、“トランサー”を発動させても完膚なきまでに叩かれ、返り討ちに遭ったのである。
「逆にお尋ねしますが、陛下のあの強さは何なのです?…単なる才能だけではないと、思うのですが」
ノヴァルナの問い掛けにゲイラは「さよう―――」と肯定し、続けた。
「陛下はその才能を、ヴォクスデン=トゥ・カラーバ殿の指導もとで、最高点にまで高められたのです」
「ヴォクスデン=トゥ・カラーバ…」
その名を聞いて目を見開くノヴァルナ。ヴォクスデン=トゥ・カラーバはフリーランスの伝説的BSIパイロットで、十九回の真剣勝負、三十七回の戦場、そして数百回の模擬戦闘の全てに勝利し、機体の損害は小破判定にもならない、超電磁ライフルのかすり傷が六回のみという、驚異的な記録を持っている。
現在のヴォクスデンは高齢に差し掛かり、第一線を退いて、自分が真に才能を認めた者だけに操縦の指導を行っていると聞く。
「テルーザ陛下は十二歳からヴォクスデン殿に師事され、僅か十八歳で免許皆伝を頂戴されたのです」
「なるほど…敵わないワケだ」
ノヴァルナがため息交じりに肩をすくめると、ゲイラは静かにティーカップを皿に置き、僅かに身を乗り出してノヴァルナを見据える。
「悔しく…思われますか?」とゲイラ。
「…そりゃあ、まあ。私もBSIパイロットの端くれですから」
「それが問題なのです」
「え?」
眉をひそめるノヴァルナ。真顔で再び問うゲイラ。
「ノヴァルナ様。あなたという方はまず第一に、星大名という政治家ですか?…それともBSIパイロットですか?」
「それは無論、星大名ですが」
「でも戦いでは、BSIに乗って前線へ出ておられる…」
「毎回ではありません。それが最善手だと判断した時だけです」
ノヴァルナの答えに納得顔で頷いたゲイラは、微笑みを浮かべて告げる。
「陛下に拝謁されたら、その思いをそのまま伝えて下さるが、いいでしょう」
「はぁ…」
ゲイラの言葉の意味を考え、生返事をしながらノヴァルナはティーカップを口に運ぶ。すると不意にゲイラは話題を変え、「時にノア様はご息災ですか?」と尋ねてきたため、ノヴァルナは思わずむせ返ったのだった………
▶#19につづく
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる