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第15話:風雲児VS星帥皇
#19
しおりを挟むその頃ノアは友人のソニアと、ゴーショ行政区の湾に面したショッピングモールで昼食をとっていた。レストランの窓から一望できる半月型のゴーショ湾の中央に浮かぶ、直径およそ10キロにも及ぶ巨大な算盤の玉のような建造物が、銀河皇国中央行政府の『ゴーショ・ウルム』である。
晴天の下、僅かに白く霞んで宙に浮かぶ『ゴーショ・ウルム』を、互いの視界の隅に置き、向かい合って座ったノアとソニアが笑顔を交わす。
「そっかあ、そんな事もあったよねー!」
「それでそのあと、川に落っこちたんだよねー」
「あはははは。そうそう!」
まるで学生時代そのままに、はしゃいだ声を上げる二人。本当なら今日も皇都大学の研究室へ行くつもりだったノアだが、昨日のノヴァルナとのいざこざでそんな気にもなれず、気分転換にゴーショの街にソニアと繰り出したのだ。
ひとしきり笑ったあと、ソニアは明るく言う。
「どうせなら、スレイトン先輩も呼んであげたら良かったのに」
ソニアの言葉にノアは頬を染め、困り顔で応じた。
「それは、さすがに…ね」
「どうして? やっぱり婚約者さんに気が引ける?」
「………」
そう言われると押し黙ってしまうノアである。ノヴァルナに腹を立てて出て来たのだから、親友の言葉であっても素直にはなれない。そんなノアが視線を窓の外へ逸らせるのを、ソニアは見逃さなかった。
「どしたの?…ノア」
「ん?…ううん」
躊躇いがちに首を振ったはいいが、苦笑を浮かべたノアは再び言葉を失う。それを見咎めたソニアは、ノアに問い質した。
「ノア…今、幸せなの?」
これは今現在のノアにとって、つらい質問である。今でなければ即答で「もちろん!」と、笑顔でキッパリ言い切る事が出来るだろう。だけど今は………
“あのひとの事が…見えない―――”
憂いを含んだ顔がうなだれ、揺れた一条の黒髪が頬を撫でる。私の愛しいひと…あんなに何でも見えていたのに………
「ノア。ねぇ、ノア!」
ソニアの自分を呼ぶ声に、我に返ったノアは「えっ!…なに!?」と言う。
「やっぱり…無理してるんじゃない?」
「なっ…なにが?」
狼狽ぎみに返事するノアに、ソニアは意を決したように斬り込んだ。
「政略結婚!…やっぱり無理だったんじゃないかって事?」
「え…?」戸惑うノア。
前述したように、世間一般にはノアとノヴァルナの婚約は、キオ・スー=ウォーダ家とサイドゥ家の政略結婚だと思われている。ソニアはノアと再会したあと、それについてNNLなどで調べていたのかも知れない。
「そ、そんなこと―――」
「やめちゃえば?…婚約」
「はぁ!!??」
さすがにそれは想像の外の話であって、ノアはソニアの突拍子もない言葉に、頓狂な声を返した。しかしソニアは冗談で言ったのでは無さそうだ。
「本当はこんなこと言っちゃいけないんだろうけど、ノアのサイドゥ家は滅んだんでしょう?…だからもう、政略結婚する意味なんてないよ。自由に生きればいいんじゃない」
思ってもみなかった親友からの言葉にノアは困惑した。そんなノアにソニアは、畳みかけるように続ける。
「好きでもない人と、一緒にならなきゃなんないなんて悲劇だよ。自由になりなさいな、ノア。学術研究が好きなら皇都へ来てそうすればいいし、またスレイトン先輩とも会えるようになるじゃない。もう昔みたいに家の事を気にして、先輩の事を諦めなくても―――」
一方的にまくし立てるソニア。するとその時、昨日と同じようにソニアのホログラムホンが、メールの着信を知らせる。その中身をプライベートモードで見たソニアは、小声で忌々しそうに「こんな時にもう…今日ぐらいは…」と呟き、ノアに作り笑いを浮かべた顔を向けた。
「…ごめん。また仕事入っちゃった」
「そ、そう…」
話がおかしな方向へ進みだして、正直困っていたノアは、渡りに船といった感の表情で応じる。
「ね。明日は研究室、行く?」
席を立ちながらソニアは、何事も無かったように問い掛けて来た。
「え?…ええ。そのつもりだけど」
「じゃ、また私もお邪魔していい?」
「もちろん」
それからおよそ一時間後、廃ビルが並ぶゴーショ行政区の一画。『アクレイド傭兵団』の占拠地区を訪れるソニアの姿があった。この辺りを占拠地とするのは『アクレイド傭兵団』の中でも、ならず者との境界線があやふやな、最下層レベルの兵士達である。
「よぉ、ソニア」
廃ビルの中から出て来た、如何にもな傭兵姿の男が三人、ニヤついた顔で声を掛けて来る。
「今日は用事があるから困るって、言ったでしょ…」
ノアと会っていた時の豊かな表情とは打って変わり、ソニアの顔には砂漠のそれを思わせるような、乾いた風が吹いていた。三人の男は、不細工な笑顔を顔に張り付けたまま、ソニアに歩み寄って来るとその中の一人が告げる。
「そうは思ってたんだが…おまえに会いたいって、お人が来てなぁ」
「私に?」
訝しがるソニア。男は背後にある廃ビルの一つを、しゃくった顎で指し示して場所を知らせ、さらに彼女の背後に回り込んでその乳房に右手を這わせた。
「話が終わったらよぉ…ついでにサービスしていけや」
その言葉にあとの二人も、舌なめずりでもしそうな表情で、ソニアに歩み寄って来る。ため息混じりに「わかったわよ」と応じ、ソニアは男達の手を打ち払って、指示された廃ビルへ向かった。その廃ビルで待っていたのが、イースキー家が派遣したノヴァルナ殺害部隊だった。女装男のビーダ=ザイードが、腰かけていた瓦礫から立ち上がり、左手に持った扇を仰ぎながら進み出る。
「ふぅん。あなたがノア姫ちゃ…いえ、ノア姫様の友人のソニアねぇ。探しちゃったわよ。私はビーダ=ザイード…旧サイドゥ家の側近だった人よぉ」
「旧サイドゥ家…」
するとビーダの背後、瓦礫に背をもたれさせた男装女のラクシャス=ハルマが、ボソリと言う。
「ふん。痩せても枯れても皇国貴族のはずの娘が、喰うに困って下賤の傭兵相手に体を売るか…落ちぶれたものだな」
それを聞き、一瞬唇を真一文字にしたソニアは、強い口調で問い掛けた。
「私に、何の用なの!?」
【第16話につづく】
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