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第17話:風雲児 都の星で ひと暴れ
#08
しおりを挟むその頃、初手からノヴァルナ側に一方的に押される展開に、管理棟の管制室で状況を見ていたビーダ=ザイードは癇癪を起こしていた。「キーーッ!!」と金切り声を上げると、両手をぶんぶん振り回して喚く。
「みんな、何やってるのッ!!」
隣に立つ相棒のラクシャスも、腕組みをして険しい表情だ。
「どいつもこいつも、役立たずか…クーケンも、碌なものではないな」
クーケンの指揮能力を批判するラクシャス。だがこれはビーダとラクシャス自身が招いた状況でもある。そもそもクーケンに与えられていた任務は、ノヴァルナの殺害のみであり、人員もそのために手持ちの特殊部隊のみで編制していた。それを途中からやって来たビーダとラクシャスが、ノアの拉致などという余計な任務まで押し付け、指揮系統の違う一般兵や『アクレイド傭兵団』まで、訓練もなしに指揮させられる事になったのだ。
しかしオルグターツ=イースキーの側近を務めるだけあって、ビーダとラクシャスの狡猾さも本物であった。周囲に自分達直属の護衛しかいない事を確かめると、ビーダは真顔になってラクシャスに問い掛ける。
「シャトルの準備は出来てるわよね?」
「無論だ」
交戦状況を映すホログラムスクリーンを見詰めながら、ラクシャスは小さく頷いて短く応じた。
「敵がこの管理棟エリアに取り付いたら…いいわね?」
「ああ」
その会話から、ノアは二人の意図を察する。
「自分達だけで撤退するつもりなのですか?」
それに対し、ノアに振り向いたビーダは口元を歪めて告げた。
「いいえぇ。もちろん姫様もお連れしますわよ」
「そんな事を言っているのでは、ありません!」
ノアが言っているのは、共に戦っているクーケン達を見捨てて、自分達だけで逃亡するのかという意味である。敵に情けをかける訳ではないが、卑劣なやり口は我慢ならないものがあったのだ。
ただビーダとラクシャスにすれば、ノアを連れ去ってオルグターツのもとへ届ければ任務は達成されるのであるから、正直、クーケン達の事はどうでもいいのだった。ノヴァルナをおびき寄せるためノアを使ったのは、あくまでも協力者として、クーケンの顔を立てたに過ぎない。
ノアの生真面目な反応に、ビーダがクスリ…と笑みを漏らす傍らで、ラクシャスはホログラムスクリーンを、自分達がいる『ゴーショ東第二工場区』の表層部の映像に切り替えた。あからさまな接近で陽動を行っていた、ノヴァルナの『クォルガルード』は動きを止めて様子を窺っている。
「動かんな…我々が脱出するつもりなのを、読んでいるのか?」
「そうだとしても、大したことは出来ないわよ。姫様がいる限りはね」
ビーダとラクシャスが自分達だけで脱出を図っているのは、クーケンも気付いていた。双方の任務の違いを思えば当然だ。だが自分達の任務はノヴァルナの殺害であり、それを放棄するわけにはいかない。そこへ部下から報告が入る。
「目標を発見。繰り返す、目標を発見。位置、左側面。バイクを使用!」
目標とは無論ノヴァルナの事だ。
“予想通り、御自ら出て来られたか!”
ノア姫を囮にすれば、ノヴァルナは前面に出て来る。これは“メンタルドミネーション”の能力を持ち、心理分析に長けたビーダ=ザイードの読み通りだった。理性的に考えれば、後方で指揮を執るべきだと分かっていても、自分の感情を優先させるのがノヴァルナ・ダン=ウォーダという若者の欠点である。
“しかしこの状況では…”
とクーケンは苦々しく思った。自分の直属である特殊部隊は、侵入して来た敵の特殊部隊と膠着状態に陥っている。そして管理棟を任せた陸戦隊は、後方へ回り込んだノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』との銃撃戦を開始し、こちらも釘付けにされている。さらに最初からアテにしてはいなかったが、側面に配置した『アクレイド傭兵団』は、全く想定していなかったアーザイル家陸戦隊に、完全に押されている。
“ご自分の感情に任せられるには、まずそれが可能なだけの状況を、作り出されておられるのか………”
暴れられる状況を作り出してから暴れる、ただその暴れ方が尋常でないため、ノヴァルナの用意の周到さが霞んでしまうのだ。そして今も、施設の塀の内側にバイクで飛び込んだノヴァルナは、施設内に突入するのではなく、その周りを猛スピードで走りながら、バイクのシート横に提げた袋の中に入っている大量の手榴弾を、ランとササーラを加えた三人で次々と投げつけている。気軽にポイポイ投げられ、ドカンドカン爆発する手榴弾に、施設の周囲にいた『アクレイド傭兵団』はパニックに陥って逃げ惑う。
「うわぁ!助けてくれ!!」
「なんだコイツは!!」
アーザイル家陸戦隊の攻撃に圧倒され、怖気づいていたところに、この見境なしの手榴弾投擲である。元々略奪が主体で、本格戦闘向きではないならず者レベルの傭兵達は、もはや戦闘を放棄して施設からバラバラに逃亡を始めた。
その一方でクーケンの部下の何人かは、銃撃を加えて来る。しかし高速で走り回るノヴァルナには命中しない。これらの反応を見たノヴァルナは、ヘルメットに組み込まれた通信デバイスで部隊に指示を出した。
「敵の半分ほどはド素人。たぶんアクレイドの連中だ。逃げる奴には構うな! 居座ってる奴等を制圧していけ!」
そこに『ホロウシュ』のヨリューダッカ=ハッチからの連絡。
「こちらウイザード05。施設後方、突入点を確保!」
ノアが捕らえられている管理棟に近い後方部で、イースキー家陸戦隊と交戦していた『ホロウシュ』が、内部への突入ポイントを制圧したのだ。ノアの身の安全の確保のためにも、ここで一度、敵に呼びかけてもいいか…とノヴァルナは思う。追い詰め過ぎては危険だからだ。
状況は有利に運んでいる…ノヴァルナはそう考えていた。ところが、何事にも齟齬が生じるものである。
ノアを解放し、投降するのであれば生命の保証はする…と敵に呼びかけるため、『ホロウシュ』に手筈を整えるよう、指示を出しかけた矢先の事だった、浄水・空調施設を収めたドーム状空間の天井にある、資材搬入出用VTOL機発着口の大型シャッターが開き始める。積層型都市構造体の中の、施設のある中層部から表層外部までの百メートル以上を、垂直に貫く通路だ。途中に幾つかあるシャッターも一斉に開いていき、ドーム状空間内の空気が抜けて気流が起こり、風が吹き始める。
「なに…?」
その直後、ノヴァルナの位置からは見上げても視界に捉えられない、管理棟の最上部から、甲高い金属音が響き始めた。ノヴァルナにとっては聞き慣れた、重力子ドライヴの稼働音だ。
「シャトルか!!??」
眉をひそめるノヴァルナ。すると死角になっていた管理棟の最上部から、小型のシャトルが離陸するするのが見えた。真っ直ぐ上昇したそれは、シャッターが開いたばかりのVTOL発着口へ、吸い込まれるように消えていく。シャトルの存在はマリーナとフェアンが検出した、この施設の構造図には記載されないため、予め把握するのは不可能であった。
即座にリストバンド型のNNL端末を立ち上げ、ノアの発信器の反応を確認するノヴァルナ。シャトルから反応が検出された刹那、発信は途絶えた。発信器が破壊されたのだろう。だがノアがシャトルに乗せられているのは確実だ。
「ノア!…」
シャトルが姿を消したVTOL機発着口を睨み付け、ノヴァルナは呟く。そんなノヴァルナの胸中を察したのかは不明だが、シャトルのキャビンで、後ろ手に手錠を嵌められたノアとソニア、そしてメイアを侍らせたビーダが、扇を緩やかに扇ぎながら言い放つ。
「バッハハーイ、大うつけちゃん。ノア姫様は頂いて行くわ!」
ノヴァルナは敵の狙いが自分だと思い込んでいた。これはノヴァルナの視点で見ると、惑星ルシナスで襲って来た敵の動きが、自分達全員に対するものだったからである。
事実あの時点では、ビーダとラクシャスは敵に加わっておらず、ノアの拉致は任務に含まれていなかったため、敵指揮官のクーケンは、ノヴァルナの殺害のみを任務の中心に置いていた。であるからノヴァルナは、今回のノアの拉致は自分を、敵の待ち伏せ地点へ誘引するための、囮だと思っていたのだ。
“しくじった!”
そう思って奥歯を噛みしめたノヴァルナは、表層の上空にいる『クォルガルード』との通信回線を開いた。
「ノヴァルナだ。マグナー艦長、離脱を図っている敵のシャトルを捕捉、確保できるか!?」
▶#09につづく
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