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第21話:野心、矜持、覚悟…

#01

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 スルガルム宙域でのイマーガラ家の総火力演習と、奇しくも同じ時期に艦隊演習を行っていたノヴァルナのウォーダ軍は、すべての日程を終えて惑星ラゴンへ帰還した。
 演習参加の艦隊の規模が大きかった事と、本番さながらの激しい演習で、死者こそ無かったが相当数の負傷者が発生したため、ノヴァルナはキオ・スー城へのシャトルの直接降下は、重傷者を乗せた機体を最優先させ、自分の乗るシャトルは、他の一部のシャトルと共に、キオ・スー市の宇宙港へ降下させた。

 その宇宙港では妻のノアが出迎えに来ている。ノアはノヴァルナが演習に出ている間に、ウォーダ家当主の妻として、惑星ラゴンの各地を回って、地方の様々な行事に参加していたのである。ラゴンでもすでにイマーガラ家侵攻の噂が飛び交っており、そういった不安を払拭するためにも、訪問先で民衆に見せるノアの笑顔は、役に立ったと言っていい。

 さすがに一般客と同様にというわけではなく、VIP専用のロビーでノアは、カレンガミノ姉妹を従えてノヴァルナを待っていた。時間的には夕方で、三人の体を夕暮れ色に塗分けている。
 対するノヴァルナも『ホロウシュ』のランとササーラを連れ、ゲートから姿を現した。こちらは夕日を背に逆光のシルエットとなっている。「よう」と右手を挙げて声を掛けて来るノヴァルナに、ノアも軽く右手を振りながら、「おかえりー」と応じた。

「演習中のインタビュー、観たよ」

「おう。イケメンに映ってたか?」

「うーん…どうだろ?」

 さらに「そこは“いつも通り、イケメンだった”って言うトコだろ」「はて?…いつも通りとは?」「はて?…じゃねーし」などと言葉を交わし、宇宙港の外に待たせていたウォーダ家のリムジンに乗り込む。ここで出るノヴァルナの気まぐれ。

「せっかくだし、外で晩メシ喰って帰るか?」

「いいけど…疲れてるんじゃないの?」

「ぜんぜん」

「ならいいわよ。どこに行く」

「んー。ガッツリ肉喰いてぇ」

 こういった星大名らしくない夫の物言いは相変わらずである。ノアは苦笑いしてキオ・スー市の地図を、ホログラムスクリーンに展開させた。地図にピックアップさせた肉料理店を二人でチェックしながら、ノアはノヴァルナに告げる。

「今日は私が奢ってあげる」

「へぇ。気前いいじゃん」

 機嫌が良さそうなノアに尋ねるノヴァルナ。ノアは「うん」と頷いて、その理由を口にする。

「ソニアがね。久しぶりに会って、とっても幸せそうだったから」
 
 ソニア・ファフラ=マットグースは、銀河皇国の貴族で、キヨウ皇国大学時代のノア姫の親友であった。
 およそ一年半前、キヨウを訪れていたノアを拉致するため、オルグターツ=イースキーが派遣した部隊に捕らえられたソニアは、両親の死と家の没落による生活苦からの脱出と、二人の幼い妹と弟の身の安全と引き換えに、ノアを罠に陥れたのである。

 だが救援に来たノヴァルナが拉致部隊を撃退して、事件を未遂に終えると、ノアはソニアを責める事無く、彼女とそのきょうだいをラゴンへ連れ帰った。そして住居を用意すると、ウォーダ家と密接に繋がりがある、地元の大企業ガルワニーシャ重工へ就職させる。星大名の妻という、特権的な立場を利用していると自覚はあったが、それ以上にソニアを守りたいノアに躊躇いはなかったのだ。

 妹と弟と静かに暮らす事を望むソニアは、ガルワニーシャ重工グループ傘下として、シズマパール貝を養殖している水棲ラペジラル人の居留地で、連絡事務所の事務職に就いていた。今はその海辺の事務所で地道に働いているらしい。

「ソニア。水棲ラペジラル人の人達にも評判が良くて、家族ぐるみで仲良くしてもらってるらしいの。自分も今の暮らしが性に合ってるって言ってた」

 そう言うノアは今回の地方巡察の際に、お忍びでソニアに会って来たのだった。

「ふーん。良かったじゃねーか」

 ノヴァルナ自身はソニアとそれほど親しいわけではないが、心底嬉しそうなノアに、ノヴァルナも自然と優しい眼になった。ただノアは「うん…」と頷いたあと、表情を真面目なものにして、少し顔を俯かせる。

「だけどキヨウにはまだ、ソニアみたいに困窮してる人が…多くいるんだよね」

 荒廃したままの皇都惑星キヨウでは、一般人だけでなくソニアのような没落した貴族も含めて、生活困窮者が大量に発生している。それに対し、キヨウを事実上支配している星大名のミョルジ家は、なんの復興支援も行っていない。ソニアなどは没落貴族という事が災いし、何の職にも就けずに傭兵相手に体を売る、凄惨な日々を送っていたほどだ。

「ああ…」

 ノヴァルナは実際にキヨウの都市の様子を見ており、皇都の今の状況がシグシーマ銀河系に、終わらぬ戦国の世をもたらしているのだと感じたのである。

「そういうのを終わらせるためにも、俺達はキヨウを目指さなけりゃならねえ」

 同じくキヨウを目指すと言われるイマーガラ家だが、彼等は貴族の復権を最優先に上洛しようとしているのであって、復興は後回しにされる可能性が高い。

「負けられないよね…」

 そう告げるノアの手に、自分の手を重ねたノヴァルナは短く応えた。

「だな…」



 一方、ノヴァルナの降下から約一時間後、衛星軌道上に浮かぶ総旗艦『ヒテン』の艦内で夕食を済ませたカルツェは、同行させていたシルバータに、別々に地上へ降下するよう命じていた。

「カルツェ様はどうなされるのです?」

 シャトル格納庫で、シルバータは訝しげな顔をカルツェに向けて問う。

「私はこの艦のシャトルで、キオ・スー城へ向かう。兄上と会って、直接伝えたい事を思いついてな。おまえは我々が乗って来たシャトルで、一足先にスェルモル城へ戻っていろ」

「そういう事でしたら、私も同行させて頂きますが…」

「いや。今はまだ、兄上とだけで共有しておきたい話だ」

「ならば私は、お話が終わるまで別室で待ちますが…」

「いや。おまえには先に帰り、今回の演習の所見を今夜中にまとめて、あす報告してほしい。これから兄上と話す事にも関わるものだ。頼むぞ」

「は…御意にございます」

 カルツェ様もノヴァルナ様にご協力されるようになられた…今の一連のやり取りで、実直なシルバータはそう考え、先に帰る事を承諾する。考えを決めた以上、脇目も振らずスェルモル城のシャトルへ向かうシルバータ。その姿を見送るカルツェは、シルバータの大きな背中に呟いた。

「許せ…」

 するとカルツェの背後から、格納庫の作業員の間を抜け、二人のパイロットスーツ姿の男が歩み寄って来る。一人はヒト種、もう一人は魚のような大きな眼のボルガン星人だ。明らかにカルツェが一人になるのを、待っていたタイミングである。二人に振り返ったカルツェは、抑揚のない声で「宜しく頼む」とだけ告げた。

 そのシルバータは、スェルモル城のシャトルに乗り込むと、キャビンの座席の一つに腰を下ろす。発進の優先順位はカルツェのシャトルの方が上であるから、少し待つ事になるが、とりあえずシートベルトはしておくか…と、座席の横に手を伸ばそうとした。とそこへ「シルバータ様」と声が掛かる。見上げる視線の先にいたのは、パイロットスーツを着たこのシャトルの操縦員が二人。こちらは両方ヒト種である。

「何用か?」

 尋ねるシルバータに操縦員の一人が奇妙な事を言う。

「シートベルトをお締めになる前に、宇宙服を着て頂きたく思います」

「宇宙服? 戦闘中でも無いのにか?」

「はい…ちなみにシルバータ様は、宇宙遊泳のご経験はお有りですか?」

 ますます持って奇妙な事を言う操縦員に、シルバータは眉をひそめた。

「面妖な事を言う。なんのつもりだ?」

 そしてある事に気付くシルバータ。


「お前達…よく見ると、行きに操縦していた者とは違うな。何者だ?」





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