銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第21話:野心、矜持、覚悟…

#07

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 キオ・スー城の内門前まで侵入したカルツェの陸戦隊一個中隊は、二十四台の装甲車から一斉に降りて、城内へ向かう。カルツェの来城は告げられており、城側に表立った抵抗は無い。すると、城の入り口に立つ三人の人影がある。
 陸戦隊指揮官はが三人の先頭に立つ人物に敬礼し、何事かを告げると、その先頭の人物は頷いて何らかの言葉を返した。すると指揮官の合図で、二百名以上の陸戦隊は、その三人の両側をすり抜けて城内へ突入していく。

「シウテとナイドル…それに、ニーワスか」

 陸戦隊に遅れて指揮装甲車から降りたカルツェは、クラードと共に出迎えの三人を見上げて呟いた。出迎えていたのは、筆頭家老シウテ・サッド=リンと次席家老ショウス=ナイドルに、ノヴァルナの腹心ナルガヒルデ=ニーワスである。新たな当主を出迎える重臣の順位としては、妥当なところだ。続いて自分を支持する家臣団が二十名ほど、各装甲車から数名ずつ降りて来て合流すると、カルツェとクラードは毅然として三人のもとへ歩き始める。
 ちなみにカルツェ達の中に、皇国貴族院情報調査部を名乗るバハーザとその部下の姿は無い。ノヴァルナ暗殺に貴族院が関係している事を知られるのを、バハーザが嫌ったためであった。そのバハーザは後日、銀河皇国事務次官として、新当主となったカルツェのもとを訪問するという。

「お待ちしておりました。カルツェ様」

 近づいて来たカルツェに、シウテ・サッド=リンが片膝をついて頭を下げると、それに続いてショウス=ナイドル。さらにナルガヒルデ=ニーワスが、同じように片膝をついて頭を下げた。「出迎えご苦労」と告げるカルツェは、背後のクラードが必死に笑いをこらえている気配を感じる。頭を下げるナルガヒルデがかつて、ノヴァルナから重用されたいがために、クラード達カルツェ支持・反ノヴァルナ派に加わったように見せかけて欺き、スパイ行為をしていた事を嘲っているのだろう。

 クラードの軽薄さに舌打ちしたくなるのを抑え、カルツェは努めて落ち着いた口調でシウテに告げた。

「三人とも立つがいい。余計な混乱を避けるため、非常時に申し訳ないが陸戦隊を同行させた。こちらの指示に従ってくれれば助かる」

 それに対しシウテは「承知しております」と応じ、「ニーワス」とナルガヒルデのセカンドネームを呼ぶ。ナルガヒルデは「はっ」と声を上げ、カルツェに返答した。

「『ホロウシュ』は全員、詰所に集めて待機させております。当初は興奮状態にありましたが、今は幾分落ち着いた様子」

 それを聞き、クラードはわざとらしい労わりの言葉を口にする。

「『ホロウシュ』達はみな、ノヴァルナ様の忠勇の士。さぞや無念でありましょうなぁ………」
 
 クラードの余計な言葉を無視し、カルツェはシウテに告げた。元々自分の支持派であったシウテであるから、これは好都合だとカルツェは思う。

「早速だが、兄上と対面したい」

 カルツェの要請に「ははっ」と応じたシウテは、通信時のナルガヒルデと同じように、「お驚き。これ無きように…」と声のトーンを落として、古風な言い回しを続けた。“死体を見ても驚かないように”という意味合いだ。そして「どうぞ、こちらにございます」とカルツェを案内し、城内へ入る。

 カルツェ、クラード、そして支持派の家臣が二十一人の順で、城の主通路を奥へと進む。途中でカルツェは、自分達が連れて来た陸戦隊員が早くも、歩哨に立っている光景を眼にした。すれ違う城内の人間達は、カルツェの姿を認め、みなその場で片膝をつき、恭しく頭を下げる。初めて目通りを受ける主君に対しての、臣下の礼だ。

 この光景を見てクラードは歩を速め、カルツェに追いついて耳打ちした。

「カルツェ様、御覧あれ。みなカルツェ様に、早くも臣下の礼を取っております。これは思ったより早く、事が進みそうですぞ」

「うむ…」

 周囲の状況も鑑み、カルツェもようやくその気になり始めた。これはどうやら本当に、兄ノヴァルナは死んでいるらしい。となると当初の想定通り、ノヴァルナの死体と対面して確認したのち玉座の間で、ウォーダ家存続の大義のため、自分が兄を毒殺した事を打ち明け、新たな当主となる事を宣言するべきだろう。

“よし。やれるぞ…”

 頭脳明晰な一方で慎重な性格のカルツェだが、この時はさすがに、新当主の座を目前にして傍らのクラードと同様、舞い上がっていた………



そして状況の変化―――


 それは、キオ・スー城の玉座の間へ進入。抵抗する者があれば制圧し、カルツェの到来に備える事を目的とした、スェルモル城陸戦隊に対してだった。指揮官が直卒する陸戦隊が、照明を抑えて薄暗い玉座の間に入ると、そこにいたのは玉座に座るただ一人。
 指揮官はすわ“ノヴァルナ様か!?”と緊張した。だが目を凝らすと、その頭部には犬のような耳が二つ、飛び出している。何かの悪ふざけでない限り、それはヒト種のノヴァルナが座っているのではない。体格もノヴァルナより大柄の男だ

 すると玉座に座る人物は、ノヴァルナとはまた違った質の高笑いを発した。

「ワハハハハハ!!」

 サッ!…と表情を緊張させる指揮官に、玉座に座る人物は野太い声で告げる。

「玉座の座り心地というのは、なかなか得難いものだな…いずれは俺も出世して、このような玉座を頂きたいものよ。なぁ、指揮官殿」

 そう言って立ち上がった人物の顔が、照明の下に浮かび上がる。獰猛な狼を思わせるその顔の持ち主は、ラン・マリュウ=フォレスタの父親でウォーダ家BSI部隊総監、カーナル・サンザー=フォレスタであった。
 
「フォ、フォレスタ様。ここで何をしておられます…?」

 状況を全く理解できず、スェルモル城陸戦隊指揮官は、口ごもりながらサンザーに問い掛けた。対するサンザーはこれ見よがしに、四丁ものアサルトライフルを首から掛けた姿で、どこか陽気に応じる。

「何をしてるって、そりゃ当然、おまえさん達を待ってたのさ」

 BSIパイロットの技量をして、“鬼のサンザー”と恐れられるこのフォクシア星人だが、白兵戦においても、その二つ名を与えられて可笑しくないだけの、戦闘力を有しているのは有名だ。無論、三十名以上いる完全武装の陸戦隊が、ただ一人に敗北するとは思えないが、指揮官の眼にはサンザーの狙いが、指揮官自身の首である事が見えていた。

「なっ!…何を仰っておられるか分からんが、その玉座は誰彼なく勝手に座ってよいものではない。フォレスタ様の行為、主家に対する不敬ですぞ!」

 陸戦隊指揮官のその言葉で、サンザーはいよいよ愉快になったらしく、再び「ワハハハハハ!」と大笑いし、余裕綽々といった表情でその理由を口にする。

「いやいや。ご心配には及ばんよ指揮官殿。なぜなら俺は、ここで貴殿らを待ち受ける褒美として、つい先ほどノヴァルナ様から、玉座に座るお許しを得たのだからなぁ!」

 殊更、“つい先ほど”という言葉に力を込めるサンザーに、ノヴァルナの生存を知った陸戦隊指揮官は、彼の部下と共にその場で立ち尽くした。

 陸戦隊指揮官の様子を見て、サンザーは本題を切り出す。

「それで…貴殿に選択の機会だ。貴殿らは今現在、叛徒はんととなっている。その叛徒のまま、ここで俺と一戦交えるか。それともノヴァルナ様の指揮下に復帰し、部下に作戦中止を命じて撤収するか選ぶがいい」

「………」

「今ならノヴァルナ様も、無かった事にして下さるそうだが…どうだ?」

 どうだ?…と言われても、陸戦隊指揮官に選択肢などなかった。自分達はすでに詰んでおり、ノヴァルナが健在でこれが最初から、キオ・スー城全体を使った罠であったなら、陸戦隊一個中隊程度で制圧出来るはずもない。カルツェがウォーダ家の当主とならぬ限りは、自分達には何の見返りもないまま、叛逆者としての罪を問われる結末しか待っていないのだ。

 うなだれた指揮官は、手にしていたアサルトライフルを床に置き、そのままサンザーに対して片膝をついた。それに従って部下達も一斉に同じ動きをする。「物分かりが良くて助かる。俺もまだ死にたくはないからな」と頷いたサンザーは、すぐに続けた。

「早速だが、貴殿の部下達全員に状況停止と、カルツェ様及び側近達の命令には従わぬよう、連絡してくれ」




▶#08につづく
 
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