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第22話:フォルクェ=ザマの戦い 前編
#19
しおりを挟む皇国暦1560年5月19日 皇国標準時間00:09―――
オ・ワーリ=シーモア星系、第十惑星ザナルの公転軌道上を遊弋する仮装巡航艦『シー・ナーノア』号では、臨時に設置された戦闘艦用長距離センサーのモニター画面を見詰める、民間徴用の監視員の男が大きな欠伸をしていた。
「おい。真面目にやれよ」
欠伸をした監視員の隣に座る別の男が、見るからに眠そうにしている監視員に注意する。「へっ。堅物野郎だねぇ…」と、茶化すように応じる欠伸をした男。彼等をはじめ、この『シー・ナーノア』号の乗組員はほとんどが、ウォーダ軍に徴用された民間の船員であった。もっとも徴用と言っても半ば志願制であり、高い臨時手当を目的に集まった船員なのだが。
またこの『シー・ナーノア』号も仮装巡航艦とされているが、実態は先日ノヴァルナが商船連合会頭のカウンノンと交渉して借り上げた、タンカーの一隻であり、哨戒用に戦闘艦用長距離センサーを一時的に設置、船倉内に自己防衛用の宙雷艇を三隻格納しているだけの代物だった。
しかし限定的な性能であっても、戦闘艦用長距離センサーを搭載しているだけはあって、哨戒能力は駆逐艦や哨戒艇と遜色ない。ノヴァルナはこの“哨戒用仮装巡航艦”をシーモア星系内に広く配置させるため、カウンノンにギィゲルトとの交易路再開の交渉を依頼し、惑星ラゴンの衛星軌道上に置かれていた貨物船や、タンカーを借り上げたのである。
仮装巡航艦達は本来が恒星間貨物船や恒星間タンカーであるため、ギィゲルトの承認のもと、恒星間商船連合から発給された交易許可証を保持し、イマーガラ側に見つかっても、怪しまれる可能性を下げていた。
するとその『シー・ナーノア』号の長距離センサーが突然、モニター画面の隅に探知反応を映し出す。素人目には見落としそうな小さな反応だが、それが瞬く間に数を増やしていくと、本職の電探科員でなくとも気が付くというものだ。
「お…おい。ちょっと、これ!―――」
今しがた欠伸をした男が真顔になって、モニター画面に指を差す。隣に座る男は顔を引き攣らせて、インターコムのスイッチを入れ、寝台にいるウォーダ家の兵士を呼び出した。ウォーダ家が徴用した宇宙船であるから当然、民間の船員ばかりではなく、軍務に関しては指揮を執る士官が同乗している。
「おおい! 起きろ軍人さん。えらい事だ!!」
監視員がウォーダの士官を待つ間にも、長距離センサーの反応は増え続け、同じモニターを設置している船橋も身の危険を感じたのか、船の針路を変え始める。
仮装巡航艦『シー・ナーノア』号が接触したのは、イマーガラ家上洛軍の本隊であった。だがそれより先、『シー・ナーノア』号の探知圏外からオ・ワーリ=シーモア星系に侵入した艦隊がいる。イェルサスが指揮する四個の、トクルガル家宇宙艦隊である。ギィゲルト・ジヴ=イマーガラから先陣を命じられたイェルサスの目的は、第七惑星サパルの宇宙要塞『マルネー』の攻略だ。
ノヴァルナという人間を知るイェルサスは元来の用心深さを見せ、作戦の設定時間より早く星系内へ侵入していた。敵として対峙するならば油断ならないノヴァルナは、こちらのタイムスケジュールも読んでいるに違いないと思った結果である。
このイェルサスの判断は功を奏し、仮装巡航艦による監視網が完成される前に哨戒ラインを超えたトクルガル艦隊は現在、第八惑星の公転軌道を通過しようとしている。
トクルガル家の旗艦は『アルオイーラ』。ノヴァルナの『ヒテン』やギィゲルトの『ギョウビャク』のような総旗艦級の大型戦艦ではなく、通常の艦隊級戦艦であり、現在のイマーガラ家に対するトクルガル家の立場を表していた。
「上手く哨戒ラインを抜けられましたな。これなら『マルネー』に対する奇襲も、充分に可能でございましょう」
旗艦『アルオイーラ』の艦橋にいるイェルサスに、第三艦隊を任されたテューヨ=オークボランからのホログラム通信が入る。それを受けるイェルサスは、ノヴァルナと過ごしていた時代より幾分、ふくよかさを増していた反面、眼光には鋭いものを宿していた。
この時、二十歳になっていたイェルサスは、この若者にしか為し得ない、義兄とも呼べる存在の持つ感性への同調から、オークボランの言葉を否定した。
「いや…ノヴァルナ様であれば、僕のやる事は全て…お見通しであろう」
ノヴァルナが眠っているベッドの枕元のインターコムが鳴り響いたのは、午前四時の夜明け前の事である。
瞼を閉じたまま応答スイッチを入れ、「なんだ?」とノヴァルナが問うと、相手は事務補佐官のトゥ・キーツ=キノッサだ。
「第七惑星サパルの宇宙要塞『マルネー』より入電。“トクルガル家宇宙艦隊接近、コレヨリ戦闘態勢ニ入ル”との事です!」
このキノッサの言葉を聞き、ノヴァルナは“イェルサスか!”と即座に感じ取ると、カッ!…と双眸を見開いた。
そして勢いよく上体を起こしてインターコムのスイッチを切り替え、居住区の正面に設けられている『ホロウシュ』の詰所を呼び出す。出たのは当直の一人ナガート=ヤーグマーである。ノヴァルナはヤーグマーに燃えるような瞳で告げた。
「出撃する! 皆に知らせ! 俺のパイロットスーツを持って来い!!」
【第23話につづく】
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