銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
464 / 508
第22話:フォルクェ=ザマの戦い 前編

#19

しおりを挟む
 
 皇国暦1560年5月19日 皇国標準時間00:09―――

 オ・ワーリ=シーモア星系、第十惑星ザナルの公転軌道上を遊弋する仮装巡航艦『シー・ナーノア』号では、臨時に設置された戦闘艦用長距離センサーのモニター画面を見詰める、民間徴用の監視員の男が大きな欠伸をしていた。

「おい。真面目にやれよ」

 欠伸をした監視員の隣に座る別の男が、見るからに眠そうにしている監視員に注意する。「へっ。堅物野郎だねぇ…」と、茶化すように応じる欠伸をした男。彼等をはじめ、この『シー・ナーノア』号の乗組員はほとんどが、ウォーダ軍に徴用された民間の船員であった。もっとも徴用と言っても半ば志願制であり、高い臨時手当を目的に集まった船員なのだが。
 またこの『シー・ナーノア』号も仮装巡航艦とされているが、実態は先日ノヴァルナが商船連合会頭のカウンノンと交渉して借り上げた、タンカーの一隻であり、哨戒用に戦闘艦用長距離センサーを一時的に設置、船倉内に自己防衛用の宙雷艇を三隻格納しているだけの代物だった。

 しかし限定的な性能であっても、戦闘艦用長距離センサーを搭載しているだけはあって、哨戒能力は駆逐艦や哨戒艇と遜色ない。ノヴァルナはこの“哨戒用仮装巡航艦”をシーモア星系内に広く配置させるため、カウンノンにギィゲルトとの交易路再開の交渉を依頼し、惑星ラゴンの衛星軌道上に置かれていた貨物船や、タンカーを借り上げたのである。
 仮装巡航艦達は本来が恒星間貨物船や恒星間タンカーであるため、ギィゲルトの承認のもと、恒星間商船連合から発給された交易許可証を保持し、イマーガラ側に見つかっても、怪しまれる可能性を下げていた。

 するとその『シー・ナーノア』号の長距離センサーが突然、モニター画面の隅に探知反応を映し出す。素人目には見落としそうな小さな反応だが、それが瞬く間に数を増やしていくと、本職の電探科員でなくとも気が付くというものだ。

「お…おい。ちょっと、これ!―――」

 今しがた欠伸をした男が真顔になって、モニター画面に指を差す。隣に座る男は顔を引き攣らせて、インターコムのスイッチを入れ、寝台にいるウォーダ家の兵士を呼び出した。ウォーダ家が徴用した宇宙船であるから当然、民間の船員ばかりではなく、軍務に関しては指揮を執る士官が同乗している。

「おおい! 起きろ軍人さん。えらい事だ!!」

 監視員がウォーダの士官を待つ間にも、長距離センサーの反応は増え続け、同じモニターを設置している船橋も身の危険を感じたのか、船の針路を変え始める。

 仮装巡航艦『シー・ナーノア』号が接触したのは、イマーガラ家上洛軍の本隊であった。だがそれより先、『シー・ナーノア』号の探知圏外からオ・ワーリ=シーモア星系に侵入した艦隊がいる。イェルサスが指揮する四個の、トクルガル家宇宙艦隊である。ギィゲルト・ジヴ=イマーガラから先陣を命じられたイェルサスの目的は、第七惑星サパルの宇宙要塞『マルネー』の攻略だ。

 ノヴァルナという人間を知るイェルサスは元来の用心深さを見せ、作戦の設定時間より早く星系内へ侵入していた。敵として対峙するならば油断ならないノヴァルナは、こちらのタイムスケジュールも読んでいるに違いないと思った結果である。
 このイェルサスの判断は功を奏し、仮装巡航艦による監視網が完成される前に哨戒ラインを超えたトクルガル艦隊は現在、第八惑星の公転軌道を通過しようとしている。

 トクルガル家の旗艦は『アルオイーラ』。ノヴァルナの『ヒテン』やギィゲルトの『ギョウビャク』のような総旗艦級の大型戦艦ではなく、通常の艦隊級戦艦であり、現在のイマーガラ家に対するトクルガル家の立場を表していた。

「上手く哨戒ラインを抜けられましたな。これなら『マルネー』に対する奇襲も、充分に可能でございましょう」

 旗艦『アルオイーラ』の艦橋にいるイェルサスに、第三艦隊を任されたテューヨ=オークボランからのホログラム通信が入る。それを受けるイェルサスは、ノヴァルナと過ごしていた時代より幾分、ふくよかさを増していた反面、眼光には鋭いものを宿していた。

 この時、二十歳になっていたイェルサスは、この若者にしか為し得ない、義兄とも呼べる存在の持つ感性への同調から、オークボランの言葉を否定した。

「いや…ノヴァルナ様であれば、僕のやる事は全て…お見通しであろう」




 ノヴァルナが眠っているベッドの枕元のインターコムが鳴り響いたのは、午前四時の夜明け前の事である。

 瞼を閉じたまま応答スイッチを入れ、「なんだ?」とノヴァルナが問うと、相手は事務補佐官のトゥ・キーツ=キノッサだ。

「第七惑星サパルの宇宙要塞『マルネー』より入電。“トクルガル家宇宙艦隊接近、コレヨリ戦闘態勢ニ入ル”との事です!」

 このキノッサの言葉を聞き、ノヴァルナは“イェルサスか!”と即座に感じ取ると、カッ!…と双眸を見開いた。
 そして勢いよく上体を起こしてインターコムのスイッチを切り替え、居住区の正面に設けられている『ホロウシュ』の詰所を呼び出す。出たのは当直の一人ナガート=ヤーグマーである。ノヴァルナはヤーグマーに燃えるような瞳で告げた。



「出撃する! 皆に知らせ! 俺のパイロットスーツを持って来い!!」







【第23話につづく】
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

処理中です...