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第7話:隣国の姫君

#12

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 イーゴン教徒によって暗殺されたヘルダータ=トクルガルは、イマーガラ家の支配するトーミ宙域の隣国ミ・ガーワ宙域の星大名で、立場的にイマーガラ家に従属していた。

 ミ・ガーワ宙域には、一つないし二つの星系を支配する独立管領が今も多く存在し、トクルガル家は強大なイマーガラ家の後ろ盾によって、これらの独立管領に対し優勢を保って支配圏を確立している状態であった。
 このトクルガル家の当主が急死したとなると、ミ・ガーワ宙域は一気に政治的不安定な状態に陥る事になる。実際、数年前にオ・ワーリ宙域のナグヤ=ウォーダ家が侵攻して来た際も、幾つかの独立管領はオ・ワーリ側へと寝返っており、彼等の活動が先鋭化する恐れがあるのだ。

 そして何より問題なのは、トクルガル家の次期当主であるイェルサス=トクルガルが、ナグヤ=ウォーダ家の人質となったままで、確たる第二継承権を持つものが存在していないという事実である。これはトクルガル家自体が、新興の独立管領を出自としており、元来それほど大きな勢力を持っていなかった事に起因していた。

 ミ・ガーワ宙域はトーミ宙域の銀河皇国中央側に隣接し、ウォーダ家のオ・ワーリ、サイドゥ家のミノネリラと領界を接している。ここをいずれかの勢力に押さえられては、イマーガラ家にとって銀河中心方向の喉元に、匕首を突き付けられた格好になり、はなはだ芳しくなかった。したがってミ・ガーワ宙域の安定を図るのが目下の急務である。ギィゲルトの発言もそれに沿ったものだ。

 しかしタンゲンにはすでに腹案があったらしく、落ち着き払って主君の懸念に応える。

「その件ならば、以前にシミュレーション済みにてございます。すぐに兵力を集結し、ミ・ガーワ宙域に向け出動する所存なれば、御館様にはご安心頂きとうございます」

「ふうむ…さすがはタンゲン、抜かりはなしか。ホウ・ジェン、タ・クェルダとの三国同盟も万全ゆえ、後顧の憂いなく兵力配置も思いのままよの。でかしたものじゃ」

「いえ。これも御館様の御威光の賜物にございますれば…」

「ホッホッホッ。世辞はよい。万事そちに任せておれば、我がイマーガラ家は安泰。これは誰が見ても、揺ぎ無き事実じゃ」

「いえ。それもこれも御館様あってのこと。拙はその御恩に報いているのみにございます」

「ホッホッホッ。そちは相変わらず、過ぎるほどの謙虚さよの」
 
 タンゲンの追従とも取れる言葉に、愉悦の表情を浮かべ、手にした扇をパチリ…パチリと鳴らして開閉させるギィゲルトだが、これはこれで、この男の度量を示すものであった。

 ギィゲルトにとって、タンゲンが幼少の頃から自分を支えてくれた、父親のような存在である事も確かであったが、これほどまでに実権の全てを握った宰相が長年その地位にいては、暗愚な主君であれば任せきって政治に関心を示さなくなるか、いずれ寝首を掻かれるのではと疑心暗鬼に陥って、抹殺してしまおうとする事も多々ある。

 しかしギィゲルトにはそれなりに確かな戦略眼が備わっており、タンゲンの施策を理解したうえで全てを任せているのだ。太った巨体を持て余し気味であるのと、その貴族的な鷹揚な振る舞いから鈍重そうに思われがちだが、上記の星大名としての度量に加え、専用の大型BSHO「サモンジFG」を所有し、パイロットとしての技量も高く、決して侮る事は出来ない。

 さらにタンゲンが自らの戦略構想を開陳すると、それを聞いたギィゲルトは満足げに二度三度と頷いて、タンゲンの行動を承認した。

「相分かった。そちの思うようにするがよい、タンゲン。兵も好きに動かせ」

「御意…」

 深々と頭を下げ、ギィゲルトの元を退出するタンゲン。

 タンゲンは城の廊下に出ると、待たせていた二人の従者を従え、宇宙艦隊司令部へ向かおうとした。するとその直後、色白の瓜実顔の若者が幾人かの人間を連れて、向こうからやって来るのに出くわす。そこでタンゲンはゆっくりと脇に避け、従者と共に恭しくお辞儀をして若者を迎えた。タンゲンに気付いた若者は人の良さそうな笑顔で歩み寄り、親しげに声を掛ける。

「やあ、タンゲン」

「これは、ザネル様」

 若者はザネル・ギョヴ=イマーガラ。今年で十九になるギィゲルトの嫡男であり、すでに次期イマーガラ家当主が決まった人物である。

 ザネルは実際、見た目以上に人がいい。良く言えば平和主義者で根っからの善人。悪く言えば純粋培養のボンボンで頼りない。ギィゲルトに他に嫡子やクローン猶子がいれば、次期当主にはなれなかっただろうと陰口さえ叩かれていた。政治や軍事にはほとんど関心がなく、文化的教養やスポーツといった、趣味にばかり傾倒している。特にこの世界で『スコーク』と呼ばれる足を使った球技では、プロ級の技術を持っているという話だ

 ザネルは呑気そうな口調で、タンゲンに言葉を続けた。

「今日もいい天気だね」

「さようですな」

 このようなザネルだが、タンゲンは決してこの若者を心苦しく思ってはいなかった。事実、それまで厳しかった顔がザネルに対しては和らぎ、それどころか好々爺を思わせるほどに、優しげな目になっている。

「本日はまた、どのようなご用件で?」とタンゲン。

「うん。今度、僕の出るスコークの試合があってね。父上にも観に来てもらえるか、尋ねようと思って来たのさ。せっかくの僕のワントップフォーメーションだし」

「そうですか、そうですか」

 笑顔で告げるザネルに、孫を見るような顔でうんうんと頷きながら応えるタンゲン。タンゲンはさらに、わざとらしく声をひそめてザネルに言う。

「NNLでも御館様にお知らせ出来るのに、わざわざ殿下御自らお越しとは考えられましたな」

「そうだろ? 直接会って尋ねる方が、父上も断り難いからね」

 星大名の一族が血で血を洗う今の時代に、こんな些細な事で自慢げな表情を見せる、ザネルの人の良さであった。本人的には策士にでもなった気分らしい。

「タンゲンも来てくれるかい? 僕の試合」

 ザネルの要請にタンゲンは苦笑を浮かべ、本当に申し訳なさそうに応じた。

「生憎と近々出陣する事になると思いますので、その儀はまことに申し訳ございませんが…」

「また戦争?」

「はなはだ不本意なれど…」

 するとザネルは心底気遣う表情で、タンゲンに告げる。

「タンゲンももう歳なんだから、気をつけてね。父上も僕もタンゲンを一番頼りにしてるんだ。絶対無事に帰って来ておくれよ」

 呑気と言えば呑気、だが呆れるほどに純粋なザネルの言葉に、姿は龍のように恐ろしいタンゲンも、唇を震わさずにいられなかった。腰を深く、深く下げて感謝の気持ちを表わす。

「これは…なんともありがたきお言葉。拙の胸に染み入りまする」

「じゃあ、また今度。次は試合観に来てね」

「機会を合わせて、必ずや…」

 もう一度頭を下げて笑顔でザネルを見送ったタンゲンは、「参るぞ」と従者に声を掛けて歩き出そうとした。ところが今度は別方向から「タンゲン様!」と呼び止められる。振り向くと脇の廊下から諜報部の軍服を着た女性士官が、データパッドを片手に小走りで駆け寄って来た。

 女性士官の急ぎように何かの異変を感じ取ったタンゲンは、表情を引き締めて問い質す。

「何事か!?」

 そして「これを」と諜報部女性士官の差し出した、データパッドに記された報告をひと目見たタンゲンは、「ぬう!」と本物の龍のような唸り声を漏らした。

「これはまことか!!??」

 データパッドに記されていたのは、キオ・スー及びナグヤのウォーダ家と、サイドゥ家に放っている諜報部員からの連絡で、いずれも概ね同様の内容である。



『ナグァルラワン暗黒星団域』でサイドゥ家のノア姫が乗る御用船を、キオ・スー=ウォーダ家が襲撃し、ノア姫を人質に取る作戦に、ナグヤ=ウォーダ家の嫡男ノヴァルナが介入。ノヴァルナとノア姫はBSHOで交戦の末、御用船ごとブラックホールに落下の模様。御用船は事象の地平面にて強制超空間転移で脱出を企図するも行方不明。生存の可能性はほぼ皆無―――



あの大うつけが…ノヴァルナ・ダン=ウォーダが死んだ―――



「これが…これがまことなれば、朗報この上ない! 再確認を急がせよ!」

 タンゲンは強い口調で女性士官に命じた。その声に緊張した表情で駆け戻っていく女性士官には目もくれず、タンゲンはさらに従者の一人に命じる。

「サヒナンを呼べ! 戦略の変更を考えねばならぬ!」

 サヒナンとは、名をシェイヤ。イマーガラ家ではタンゲンに次ぐ重臣の地位、副宰相を務めている女性だ。そのサヒナンを呼べと命じられた従者が走り去るのを待たず、タンゲンは残るもう一人の従者にも指示する。

「貴様は艦隊司令部に向かい、会合場所を外務部第一会議室に移すと伝えよ!」



 そう。いずれはあのザネル様の天敵となったであろうはずの、ノヴァルナが死んだとなれば、我が計画を一気に仕上げに掛かる好機到来!…ザネル様のようなお優しい方でも君主としての統治が叶う、平和で安定した我等が宙域を建設する…そのためならばこのセッサーラ=タンゲン、命ある限り、鬼にも悪魔にもなってくれようぞ!!



 眼光鋭くタンゲンは着衣の懐から、小型で紙のように薄いデータパッドを取り出して起動させる。そこに映し出されたのはヘルダータ=トクルガルの暗殺犯。例の庭師に変装したイーゴン教徒の画像だ。だが犯人の画像は、この時点でイマーガラ家に届いていないはず………


タンゲンは無言でそのデータパッドを、ぐしゃりと握り潰した………


▶#13につづく
  
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