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第12話:灼熱の機動城

#06

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 ノヴァルナの指し示したモニターの表示に、ノアは眉をひそめた。そこに映っている帳簿記録は今から三十年ほども前のもので、六千八百万リョウもの金額を支払った記録だが、これがどうして、あの『ネゲントロピーコイル』と関係があるのか分からない。

「これがなんの関係があるの?」とノア。

「明細を見ろ、コイツはあの星の農園の建設費用だ」

 そう言ったノヴァルナは、画面上にもう一つのウィンドウを展開して指摘する。

「え?…ええ。そ、それで?」

「おまっ…たまに鈍くなるよなぁ。この支払先だよ」

 つっけんどんなノヴァルナの物言いに、ノアは膨れっ面になって説明を聞く。

 未開惑星パグナック・ムシュのボヌリスマオウ農園は、惑星の亜熱帯地域に帯状に広がる巨大農園である。これだけのものを造園するとなると、相当本格的な建設機械や専用技術が必要なはずで、中古ロボットやろくに整備もされていない宇宙船を使用している、オーガー達宇宙マフィアに、そのような能力があるとは考えにくい。

 そこでノヴァルナは、造園に何かしらの開拓業者が絡んでいるに違いないと思い、その一方で通常の記録には残していないだろうと踏んだのだ。農園を実際に作った開拓業者自体も、銀河皇国が禁じる、知的原住生物がいる惑星に農園を作る行為そのものが、犯罪に加担する事になるのを知った上で、取引を行ったと思われるからである。


『ラグネリス・ニューワールド社』


 それが裏帳簿に記されていた、惑星パグナック・ムシュにボヌリスマオウ農園を作った、開拓業者の名称である。ただ裏帳簿にあったのは企業名のみで、所在地や連絡先のデータはない。

「この会社が、あの『ネゲントロピーコイル』と関係してるという事?」

 ノアが尋ねると、ノヴァルナは「いいや」と首を振って言葉を続けた。

「直接は関係ねぇだろうが、少なくとも何らかの情報はあるはずだ。農園を作っている間には、コイルパーツを見てるだろうし、『航過認証コード』も与えられているに違いねぇからな」

 それを聞いて、ノアもようやく腑に落ちたようであった。

「セキュリティが掛かってるはずの裏帳簿を引っ張り出すとか、よくそんな方向から頭を回して来るわね。さすがひねくれ者ね」

「お褒めに預かって、光栄だぜ」

 皮肉を言い合いながらも互いに笑顔になるノヴァルナとノア。ところがここで奇妙な事が起きた。

 ノアのポートで行っている、『航過認証コード』のメモリースティックへのコピーが、なかなか終わらないのだ。ノヴァルナの引き当てた裏帳簿について話している間に、当然終わっていると思っていたノアは、モニター表示がいまだにコピー中である事に怪訝そうな表情を浮かべた。

「なにかしら…これ、異常にデータが大きいんだけど」

 ノアが呟くように言うと、ノヴァルナも隣からノアのポートを覗き込んで画面を見る。

「あのコイルパーツの上空を飛ぶための認証コードが、そんなに重てぇのか?」

「フォルダをそのまま、コピーしただけなんだけど」

「セキュリティか?」

「いいえ。そうとは思えないわ…もう一度解析してみるから、ちょっと待って」

「急げよ。俺は今のうちに、ウイルスプログラムを準備すっから」

 そう言ってノヴァルナは持参した小型の汎用コンピューターを、『センティピダス』のメインコンピューターに接続してキーを操作し始める。ただノアの解析と、コピーが終わらないうちにウイルスプログラムを起動すれば、メモリースティックまでウイルスプログラムに感染してしまう事になる。
 無論ノアもその事は承知しており、一心不乱にキーを叩いて認証データを解析した。レジスタンス達の作戦にも関わって来る話だ。

 すると不意にノアの指の動きが止まり、秀麗な双眸が驚きで大きく見開く。

「こっ、これって…」

「なんだ? どうしたノア?」

 ノアの表情の急変に、ノヴァルナもノアの傍らにやって来てモニター画面を凝視した。一人用のポートのため体が密着する二人だが、その画面に表示されたデータ内容を知っては、頬を染めている余裕はない。

「なに…『トランスリープチューブ航過認証コード』だと?」とノヴァルナ。

「私達が推測した熱力学的非エントロピーフィールドは、やっぱりトランスリープ航法のためのものだったのよ」

「ああ。しかも『トランスリープチューブ』って、名前まで付いてるたぁな…」

 と言ったノヴァルナは、そこで眉をひそめた。

「ちょっと待て。航過認証のためのコードって事ぁ、例の『恒星間ネゲントロピーコイル』の中心に行っても、このコードがねぇと元の世界に戻られなかったって話かよ」

 ノヴァルナの言葉に、ノアは苦笑して肩で小突いてみせた。

「そうみたい。あなたの悪運のおかげね」

 「そうみたい」と思いのほか気楽に言い放ったノアの隣で、ノヴァルナは頭を片手でガシガシと掻いた。たまたま手に入って、気が付いたからいいようなものの、今日オーク=オーガーと決着をつけ、ギリギリで『恒星間ネゲントロピーコイル』の中心へ向かったとしても、元の世界には戻れないところだったのだ。

 そうなると前にノアが言ったように、『恒星間ネゲントロピーコイル』を構成する各星系の、コイルパーツを設置した惑星の位置が公転で変化し、次のコイルが構成されるまで、七年も待たなければならない。いや、それも『航過認証コード』の存在に気付かなければ、永久に帰れなくなる。

「てゆーか、なんでその『トランスリープチューブ』のコードが、あの星のパーツコイルの上空を飛行するコードと共通なんだ?」

 ノヴァルナは少し苛立った様子でノアに尋ねた。どうやらただ単純に、『ネゲントロピーコイル』の中心ポイントに行けば、元の世界に戻れると考えていた、自分の迂闊さに腹を立てているらしい。

「おそらく『航過認証コード』自体は、単に『ネゲントロピーコイル』やパーツコイルの、指令センターに類するものに呼び掛けるためのもので、向こうがこちらのデータをスキャンして、要請の内容を確認。それに該当するプログラムを読み込む、双方向のデータリンク方式なんだと思うわ」

「双方向?」

「ええ。例のNNL封鎖解除のキープログラムと同じよ。コマンドプログラムの一部というパズルのピースをこちらも持ってて、そのピースを渡す事で、コイル側に目的の指令を出すコマンドプログラムが完成するというわけ。だからこのデータは、こんなに重かったのね」

「なら、この時空の連中がもしその秘密を知ったら、俺達の世界に攻め込む事も可能になるって話じゃね?」

「ならないわよ。私達が元の世界より過去には戻れないように、この世界の人達は、私達の世界には来られないわ。まあ、私達と一緒なら分からないけど」

 ノアの解説にノヴァルナは肩をすくめて苦笑いした。難しい話が逆に、苛立った気分を鎮めてくれたようだ。

「おう。相変わらず、分かったような分からねーような話だが、とにかく帰るためにはそのコードが必要な事に変わりはねぇんだろ。コピー出来たら、ノアが持っててくれ」

 持っててくれ…ノヴァルナの言葉を信頼の証と受け取ったノアは、笑顔で応じた。

「ええ。わかったわ」



▶#07につづく
 
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