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変化の時代1936
聖堂にて-prologue-
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1936年3月
騒がしい教区軍の本部は、主教座聖堂の隣に建っている。赤レンガの真新しい建物の階段を降り、渡り廊下を抜けて聖堂の中へ入る。ここはカンタベリー教区、総本山、カンタベリー大聖堂。南イングランドで1番人が集まる教会だ。ミサの時は聖堂から溢れるほど人が入り、教区本部もまた、国教会軍の最高司令部があり、昼夜多くの軍人が出入りしている。僕はここの出身ではないが、軍学校の時からカンタベリーに、かれこれ8年住んでいる。
ミサの間の大聖堂は、誰もいない静かな場所で、僕の1番のお気に入りの場所。特に聖堂の2階にあたる回廊から見下ろせる雰囲気が好きで、仕事の疲れも引いていく。
「はあ、中々上手くいかないもんだなあ」
聖堂に見惚れて、思わず小さく呟いてしまった。
「悩んでるね~、少年、私に会いに来てくれたのかな~?」
と見知った声が後ろから聞こえてくる。
「いや、そうじゃないです。いつも言ってるように、ここが好きだから来てるんですよ。だから…」
「ん~、でもー、今日はこれからミサがあるから~、おねいさんとは遊べないぞっ♪」
相変わらず話を聞かない人だ。
彼女はこの聖堂で働いているシスターの、グレースさんだ。恐らく、個性の強い国教会の中でも、彼女と張り合えるマイペースなシスターはそうそう居ないだろう。
ちなみに教区内では、美人シスターとして有名だ。性格に難あり、だが。
「はあ、まあいいです。それはそうと、ミサの準備をせず、僕と話してていいんですか?」
「大丈夫、大丈夫、ウィルくんの為なら、私は一肌も二肌も脱ぐよう、あ、もちろん脱ぐのは服だけどね。」
「いや答えになってないですって。」
聖堂は好きだが、行く度に彼女に絡まれるのは何故なんだろう、と思いながら、いつものように軽く対応する。
「と・こ・ろ・で、ウィルくん、悩んでるのかい?さぁ、この私に、洗いざらい話してごらーん。きっと心が軽くなること間違いなし!」
「シスターに告解するのは国教会は認めてましたっけ?するならせめて牧師にしますよ。」
「固いこと言わないでさ、シスターとしてじゃなくて、大人のお姉さんとして、相談に乗ったげるよ!話すまで帰さないぞ~」
自分をお姉さん呼びしているが、僕より年下にしか見えない。女性に歳を聞くのは、常識的とは言えないので、真相は謎のままだ。
無視している僕に、気にせずに話し続けれる図太い精神はぜひ見習いたいものだが。
どうでもいい会話を軽くいなして10分ほど経った。そろそろ本部に戻ろう。
「仕方ないなあ、じゃあお姉さんとっておきの、大ニュースを教えて進ぜよう!」
「へえ、それはびっくり」
「まだ何も言ってないよっ」
よし戻ろう。
「ちょっ、待ってぇ、少年ん~、ホントに聞かなくても良いのかな~?」
「グレースさんの"大ニュース"が大ニュースだった時ってありましたか」
「ひ、ひどい!でも今日は違うからね、なんと!ウィルくんが前話してた、聖職者についてだよ。」
「なるほどなるほど、聖職者かぁ、え?」
"聖職者"?今、聖職者って言ったのか?彼女は、
「そ、それは本当ですかっ?聖職者が、どうしたんですかっ?」
思わず彼女の肩を持ち、強く揺さぶってしまった。
「ふえぇ、ウィルくん、お姉さん、そういう事はもっと手順を踏んでからがいいなぁ」
目をぐるぐる回しながら混乱している彼女にはっと気づいた。落ち着け、今は彼女の話を。
数分待つと彼女は元気を取り戻し、大ニュースを教えてくれた
「国教会の聖職者じゃない、今は非正規になっている聖職者がいるのは前に話したよね?」
「もちろんです。福音教会の聖職者、覚えています。南ドイツからの移民…ですよね。」
「そう、彼らの多くはスイスに逃げれたんだけど、ヴァチカンがこれを許さなくてね。アルプスにこれ以上新教徒を増やしたくないらしい。」
そうか、つまり彼らは既に─
「既にスイスにいた聖職者は英国国教会が保護している。そしてドイツの聖職者は、ウェラインによって、福音教会から全員除名されている。だから…」
「今現在、どの教会にも所属していない聖職者がいる、という事ですね。」
「そゆこと、流石、理解が速いね~」
彼女の言った事が本当なら、ドイツの聖職者はここ、カンタベリーにもいるはずだ。彼らを僕の部隊に配属させれば、僕の理論が完成する─
「けど、注意してほしいのは、彼らの持つ聖体はもうウェラインが無効化しているかもしれないってこと。そもそも国教会までこれた聖職者も少ないし…」
「いや、それだけでも十分ですグレースさん。感謝してもし切れない。早速司令部に行ってきます。」
「待って~ウィルくん~、お別れのキスを~」
「今とても気分が良いんです、お別れのキスでもハグでもなんでもしますよ。」
「ほんと!ありが…」
彼女の言葉を遮って一瞬だけ唇を軽く合わせる。
やっぱり静かにしていれば美人なんだけどな。
「それじゃあ!Fräulein!」
そう言って僕は聖堂を飛び出した。
突然のことで座り込んでしまった。
彼が喜んでくれるなら、そう思って管区の情報網まで使って掴んだトップシークレット。
効果は抜群だった。成り行きとはいえ、キ、キスまで…
急に顔が赤くなって心臓の鼓動音が頭の中に鳴り響く。
「もう…ばか…」
やっとのことで興奮を抑えて、立ち上がる。
よし、私は私の仕事をしなきゃ。
Fräuleinなんて、私、どこで覚えたんだろう─
騒がしい教区軍の本部は、主教座聖堂の隣に建っている。赤レンガの真新しい建物の階段を降り、渡り廊下を抜けて聖堂の中へ入る。ここはカンタベリー教区、総本山、カンタベリー大聖堂。南イングランドで1番人が集まる教会だ。ミサの時は聖堂から溢れるほど人が入り、教区本部もまた、国教会軍の最高司令部があり、昼夜多くの軍人が出入りしている。僕はここの出身ではないが、軍学校の時からカンタベリーに、かれこれ8年住んでいる。
ミサの間の大聖堂は、誰もいない静かな場所で、僕の1番のお気に入りの場所。特に聖堂の2階にあたる回廊から見下ろせる雰囲気が好きで、仕事の疲れも引いていく。
「はあ、中々上手くいかないもんだなあ」
聖堂に見惚れて、思わず小さく呟いてしまった。
「悩んでるね~、少年、私に会いに来てくれたのかな~?」
と見知った声が後ろから聞こえてくる。
「いや、そうじゃないです。いつも言ってるように、ここが好きだから来てるんですよ。だから…」
「ん~、でもー、今日はこれからミサがあるから~、おねいさんとは遊べないぞっ♪」
相変わらず話を聞かない人だ。
彼女はこの聖堂で働いているシスターの、グレースさんだ。恐らく、個性の強い国教会の中でも、彼女と張り合えるマイペースなシスターはそうそう居ないだろう。
ちなみに教区内では、美人シスターとして有名だ。性格に難あり、だが。
「はあ、まあいいです。それはそうと、ミサの準備をせず、僕と話してていいんですか?」
「大丈夫、大丈夫、ウィルくんの為なら、私は一肌も二肌も脱ぐよう、あ、もちろん脱ぐのは服だけどね。」
「いや答えになってないですって。」
聖堂は好きだが、行く度に彼女に絡まれるのは何故なんだろう、と思いながら、いつものように軽く対応する。
「と・こ・ろ・で、ウィルくん、悩んでるのかい?さぁ、この私に、洗いざらい話してごらーん。きっと心が軽くなること間違いなし!」
「シスターに告解するのは国教会は認めてましたっけ?するならせめて牧師にしますよ。」
「固いこと言わないでさ、シスターとしてじゃなくて、大人のお姉さんとして、相談に乗ったげるよ!話すまで帰さないぞ~」
自分をお姉さん呼びしているが、僕より年下にしか見えない。女性に歳を聞くのは、常識的とは言えないので、真相は謎のままだ。
無視している僕に、気にせずに話し続けれる図太い精神はぜひ見習いたいものだが。
どうでもいい会話を軽くいなして10分ほど経った。そろそろ本部に戻ろう。
「仕方ないなあ、じゃあお姉さんとっておきの、大ニュースを教えて進ぜよう!」
「へえ、それはびっくり」
「まだ何も言ってないよっ」
よし戻ろう。
「ちょっ、待ってぇ、少年ん~、ホントに聞かなくても良いのかな~?」
「グレースさんの"大ニュース"が大ニュースだった時ってありましたか」
「ひ、ひどい!でも今日は違うからね、なんと!ウィルくんが前話してた、聖職者についてだよ。」
「なるほどなるほど、聖職者かぁ、え?」
"聖職者"?今、聖職者って言ったのか?彼女は、
「そ、それは本当ですかっ?聖職者が、どうしたんですかっ?」
思わず彼女の肩を持ち、強く揺さぶってしまった。
「ふえぇ、ウィルくん、お姉さん、そういう事はもっと手順を踏んでからがいいなぁ」
目をぐるぐる回しながら混乱している彼女にはっと気づいた。落ち着け、今は彼女の話を。
数分待つと彼女は元気を取り戻し、大ニュースを教えてくれた
「国教会の聖職者じゃない、今は非正規になっている聖職者がいるのは前に話したよね?」
「もちろんです。福音教会の聖職者、覚えています。南ドイツからの移民…ですよね。」
「そう、彼らの多くはスイスに逃げれたんだけど、ヴァチカンがこれを許さなくてね。アルプスにこれ以上新教徒を増やしたくないらしい。」
そうか、つまり彼らは既に─
「既にスイスにいた聖職者は英国国教会が保護している。そしてドイツの聖職者は、ウェラインによって、福音教会から全員除名されている。だから…」
「今現在、どの教会にも所属していない聖職者がいる、という事ですね。」
「そゆこと、流石、理解が速いね~」
彼女の言った事が本当なら、ドイツの聖職者はここ、カンタベリーにもいるはずだ。彼らを僕の部隊に配属させれば、僕の理論が完成する─
「けど、注意してほしいのは、彼らの持つ聖体はもうウェラインが無効化しているかもしれないってこと。そもそも国教会までこれた聖職者も少ないし…」
「いや、それだけでも十分ですグレースさん。感謝してもし切れない。早速司令部に行ってきます。」
「待って~ウィルくん~、お別れのキスを~」
「今とても気分が良いんです、お別れのキスでもハグでもなんでもしますよ。」
「ほんと!ありが…」
彼女の言葉を遮って一瞬だけ唇を軽く合わせる。
やっぱり静かにしていれば美人なんだけどな。
「それじゃあ!Fräulein!」
そう言って僕は聖堂を飛び出した。
突然のことで座り込んでしまった。
彼が喜んでくれるなら、そう思って管区の情報網まで使って掴んだトップシークレット。
効果は抜群だった。成り行きとはいえ、キ、キスまで…
急に顔が赤くなって心臓の鼓動音が頭の中に鳴り響く。
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