答えは聖書の中に

藤野 あずさ

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変化の時代1936

探したら・・・

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静まった大聖堂を出て、渡り廊下を抜けるとすぐに、司令部の中に通じる。本部長室に行くまでに多くの軍人とすれ違う。
ここはカンタベリー合同管教本部。管区と教区は、州と都市のような上下関係で、国教会の権威をブリテン島の隅々まで及ぼす為に作られた管理体制。各教区は主教座聖堂を持ち、そこを教区本部とした軍の編成・育成を行っている。
窓から入ってくる斜陽が、慌ただしく駆ける僕の心を熱くする。どこかにいるんだろう、彼らはきっと。
本部長室の札が見えてきたあたりで、前を歩く見知った背中を見つけた。
「よ、ご苦労さん。カイミル」
「ん?なんだウィルか、俺は今、お前の相手をする時間はないぞ、って、おいちょっと待てい。」
と肩を持たれ止められた。
挨拶だけして横を走り抜けようとすると、意外にも彼に呼び止められた。彼─カイミルは軍学校からの知り合い、悪友とでも言うべきか。そんなところで長い付き合いの奴だ。
「すまんね、急いでるとこ悪いんだけど、今日の夜、ちょっと良いか?」
少し真面目な顔をした彼は、ディナーの誘いを僕にしてくれた。こういう時は、カイミルが"何か"掴んだ、ということなのだろう。
「良いけど、こっちもやることがあるから、行けないかもしれない。」
「その時は連絡してくれ、じゃあ8時にうちで」
「わかった、僕は本部長に用があるんでこれで。」
「本部長?」
彼は急に都合の悪そうな顔になった。
「そうか…じゃあ既に…ん…」
僕が本部長の所へ行く、その事だけで何をするかはお見通し、なのか。彼は少し考えて言った。
「今、福音教会に関わるべきじゃあない。どうせお前のことだから、聖職者についてなんだろう。友人として忠告しておくが、福音教会を国教会と同じような組織だと考えない方がいい。」
また随分と回りくどいこと言うものだ。
福音教会と関わるな、なぜ彼が、グレースの言っていたことを知っているのかも分からないが、今の僕にそれはできない。国教会が駄目な今、死にかけの福音教会を使うしか無いのだ。
「それはできない、カイミル。僕には彼らしかいないんだ。だから、」
「待て、今彼らと言ったな。」
僕の言葉を遮って彼は言う。
「お前は勘違いをしている、福音教会は壊滅した、消滅した、徹底的に、だ。聖職者は1人も残っちゃいない。全員ウェライン統一ドイツにやられている。だから諦めるんだな。」
「それは本当か?本当に1人も?福音教会の聖職者全員が?不可能だ、いくらウェラインでも─」
「─不可能じゃないさ。」
ゆっくりと彼は言う。
何故?頭が混乱してどうしようもない。
「まあまずは各部署を気が済むまで回ってみな、そうすると分かってくる。統一ドイツのあのFührer総統の事がね。」
彼の言うことには、どうやらVHDAP─統一主義ドイツ革命党─の奴らが福音教会に一枚噛んでいるらしい。
「そうか…助言ありがとう。君の言う通り、最初からそう簡単な問題だとは思っちゃいないさ。ただし、僕は福音教会を見捨てたりはしない。同じ新教徒プロテスタントだからな。国教会のご老人方が何を思っているかなんて知ったこっちゃない。僕は僕のやりたいことをするだけだよ。」
「ふう、呆れた。」
満更でもなさそうに、カイミルは腕の力を抜く。
「お前には勝てないよ。こっちでも出来るだけ手は回しておくから、本部長でも国王にでも突撃して来い。いい報告を待ってる。」
「ああ、夜には戻る。それじゃ!」
「中将によろしくな、See You Soonまた会おう!」
満足した顔を浮かべ、彼はそう言って別れた。

カイミルと少し立ち話をして、本部長、カンタベリー教区の最高司令官の部屋へ向かう。
ノックをしてひと呼吸置くと、中から中将の入れという声が聞こえる。
部屋に入って一礼して、少し高級そうなテーブルで紅茶を飲んでいる将軍に、ドイツ聖職者について尋ねるのだ。
「ウィリアム・アーチリステ少佐、中将に直接お話しがしたく、突然ですが参った次第であります。」
「アーチリステ少佐、ご苦労だね、まあ楽にしなさい。」
「はっ」
中将、エリス・マクマホン中将は、僕の直属の将軍で、良き理解者の1人だ。僕が今少佐の身分で、勝手に動けているのも中将のおかげで、感謝してもしきれない。
「中将、突然押しかけてしまって申し訳ありません。しかし、居ても立っても居られなくなりまして」
「普段冷静な君が、そんなに興奮するとは。一体何があったのかね。」
「はい、あるツテからの情報なのですが、既に国教会は、福音教会の亡命者を多数保護している、というのは本当ですか?」
中将は、驚いたような顔をして、こちらを見ている。そしてお気に入りの葉巻を机の引き出しから出して、火をつけ、ゆっくりと話した。
「ああ、事実だ。福音教会の牧師、シスター、そして聖職者までも。国教会はまだ表沙汰にする気はないらしいが、ウェラインの手によって、聖職者達のその能力は消えている。復活するための法儀は毎日行っているが、効果はないに等しい。」
本当だったのか…
やはりカイミルの言った通り、福音教会の聖職者は、もう…
「能力が、聖体が残っている聖職者は1人もいないんですか?」
中将は葉巻を吸い、煙を吹き出して僕の顔をじっとみつめる。
「君を信頼してひとつ賭けてみよう、か」
そう言って横の引き出しを開けて、1枚の書類を僕に見えるように、机に置いた。
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