『妹に全部あげました――婚約者も爵位も。代わりに“自由”をもらいます。』

放浪人

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17話「温泉祭」

村の広場に、焼きトウモロコシの香ばしい匂いと、甘い果実酒の香りが漂っている。

今日はユノの谷の『温泉祭』。
厳しい冷え込みの時期が過ぎ去り、春の訪れと温泉の恵みに感謝する、村で一番賑やかな一日だ。

「リディアお姉ちゃん! シロこっち連れてきていい!?」

「ええ、あまり引っ張らないでね」

私が声をかけると、栗色の髪をしたニノが「やったあ!」と歓声を上げた。
広場の中心では、元の大きな狼の姿に戻ったシロが、村の子どもたちに完全に取り囲まれていた。
真っ白でふかふかの毛並みに、子どもたちが次々とダイブしていく。

「わあ、すっごくあったかい!」

「シロのしっぽ、もふもふー!」

シロは少し困ったように耳を寝かせながらも、子どもたちが乗っかったり、しっぽを抱きしめたりするのを大人しく許していた。
時折、助けを求めるように私の方へ黄金の瞳を向けてくるのが、なんとも愛らしい。
私は屋台で買った串焼きを頬張りながら、その光景に目を細めた。

先日、教会の監察官レオノールが訪ねてきた時の、あの底冷えするような恐怖。
それは確かに私の胸の奥に黒い影を落としている。
けれど、こうして村の人たちに受け入れられ、子どもたちと遊ぶシロを見ていると、私が選んだ道は間違っていなかったのだと思える。

(教会の道具になんて、絶対にさせない)

串焼きの串をぎゅっと握りしめ、私は心の中で誓った。

♦︎♦︎♦︎

日が落ちると、村のあちこちにランタンが灯され、祭りは夜の部へと移り変わった。
大人たちが広場で楽器を鳴らし、楽しげに踊っている。

私は手当て所の小屋に戻り、縁側に腰を下ろしていた。
隣には、いつの間にか人型の姿に変わったシロが座っている。
共鳴熱の影響か、最近は夜になると人の姿になることが増えてきた。

「綺麗ね……」

遠くに見える祭りの灯りを指差して、私が呟く。
夜風は冷たいけれど、シロの肩が私の肩に触れていて、そこからストーブのような心地よい熱が伝わってくる。

シロは私の言葉に頷くわけでもなく、ただじっと、オレンジ色に揺れるランタンの光を見つめていた。
獣の耳が、遠くから聞こえる音楽に合わせてピクピクと動いている。
その横顔は、彫刻のように整っていて、月明かりに照らされた銀糸の髪が風に揺れていた。

言葉は出ない。
けれど、彼の穏やかな呼吸の音と、私に向けられる柔らかな視線だけで、彼がこの時間を心地よく感じていることは十分に伝わってきた。

「シロ、来年も一緒に……」

またこの祭りを見ようね。
そう言いかけた、その時だった。

カンカンカンカンカンッ!!

突然、村の半鐘が激しく打ち鳴らされた。
楽しげな音楽がピタリと止み、人々の悲鳴のような声が響く。

「火事だァァァッ!」

誰かの怒声が夜の闇を引き裂いた。
私は弾かれたように立ち上がり、広場の向こう側――森の入り口の方角を見た。
オレンジ色のランタンの灯りとは違う、どす黒く赤い、巨大な炎。

森と村の境界に建てられていた、見回り小屋が、激しく燃え上がっていた。

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