17 / 40
17話「温泉祭」
村の広場に、焼きトウモロコシの香ばしい匂いと、甘い果実酒の香りが漂っている。
今日はユノの谷の『温泉祭』。
厳しい冷え込みの時期が過ぎ去り、春の訪れと温泉の恵みに感謝する、村で一番賑やかな一日だ。
「リディアお姉ちゃん! シロこっち連れてきていい!?」
「ええ、あまり引っ張らないでね」
私が声をかけると、栗色の髪をしたニノが「やったあ!」と歓声を上げた。
広場の中心では、元の大きな狼の姿に戻ったシロが、村の子どもたちに完全に取り囲まれていた。
真っ白でふかふかの毛並みに、子どもたちが次々とダイブしていく。
「わあ、すっごくあったかい!」
「シロのしっぽ、もふもふー!」
シロは少し困ったように耳を寝かせながらも、子どもたちが乗っかったり、しっぽを抱きしめたりするのを大人しく許していた。
時折、助けを求めるように私の方へ黄金の瞳を向けてくるのが、なんとも愛らしい。
私は屋台で買った串焼きを頬張りながら、その光景に目を細めた。
先日、教会の監察官レオノールが訪ねてきた時の、あの底冷えするような恐怖。
それは確かに私の胸の奥に黒い影を落としている。
けれど、こうして村の人たちに受け入れられ、子どもたちと遊ぶシロを見ていると、私が選んだ道は間違っていなかったのだと思える。
(教会の道具になんて、絶対にさせない)
串焼きの串をぎゅっと握りしめ、私は心の中で誓った。
♦︎♦︎♦︎
日が落ちると、村のあちこちにランタンが灯され、祭りは夜の部へと移り変わった。
大人たちが広場で楽器を鳴らし、楽しげに踊っている。
私は手当て所の小屋に戻り、縁側に腰を下ろしていた。
隣には、いつの間にか人型の姿に変わったシロが座っている。
共鳴熱の影響か、最近は夜になると人の姿になることが増えてきた。
「綺麗ね……」
遠くに見える祭りの灯りを指差して、私が呟く。
夜風は冷たいけれど、シロの肩が私の肩に触れていて、そこからストーブのような心地よい熱が伝わってくる。
シロは私の言葉に頷くわけでもなく、ただじっと、オレンジ色に揺れるランタンの光を見つめていた。
獣の耳が、遠くから聞こえる音楽に合わせてピクピクと動いている。
その横顔は、彫刻のように整っていて、月明かりに照らされた銀糸の髪が風に揺れていた。
言葉は出ない。
けれど、彼の穏やかな呼吸の音と、私に向けられる柔らかな視線だけで、彼がこの時間を心地よく感じていることは十分に伝わってきた。
「シロ、来年も一緒に……」
またこの祭りを見ようね。
そう言いかけた、その時だった。
カンカンカンカンカンッ!!
突然、村の半鐘が激しく打ち鳴らされた。
楽しげな音楽がピタリと止み、人々の悲鳴のような声が響く。
「火事だァァァッ!」
誰かの怒声が夜の闇を引き裂いた。
私は弾かれたように立ち上がり、広場の向こう側――森の入り口の方角を見た。
オレンジ色のランタンの灯りとは違う、どす黒く赤い、巨大な炎。
森と村の境界に建てられていた、見回り小屋が、激しく燃え上がっていた。
今日はユノの谷の『温泉祭』。
厳しい冷え込みの時期が過ぎ去り、春の訪れと温泉の恵みに感謝する、村で一番賑やかな一日だ。
「リディアお姉ちゃん! シロこっち連れてきていい!?」
「ええ、あまり引っ張らないでね」
私が声をかけると、栗色の髪をしたニノが「やったあ!」と歓声を上げた。
広場の中心では、元の大きな狼の姿に戻ったシロが、村の子どもたちに完全に取り囲まれていた。
真っ白でふかふかの毛並みに、子どもたちが次々とダイブしていく。
「わあ、すっごくあったかい!」
「シロのしっぽ、もふもふー!」
シロは少し困ったように耳を寝かせながらも、子どもたちが乗っかったり、しっぽを抱きしめたりするのを大人しく許していた。
時折、助けを求めるように私の方へ黄金の瞳を向けてくるのが、なんとも愛らしい。
私は屋台で買った串焼きを頬張りながら、その光景に目を細めた。
先日、教会の監察官レオノールが訪ねてきた時の、あの底冷えするような恐怖。
それは確かに私の胸の奥に黒い影を落としている。
けれど、こうして村の人たちに受け入れられ、子どもたちと遊ぶシロを見ていると、私が選んだ道は間違っていなかったのだと思える。
(教会の道具になんて、絶対にさせない)
串焼きの串をぎゅっと握りしめ、私は心の中で誓った。
♦︎♦︎♦︎
日が落ちると、村のあちこちにランタンが灯され、祭りは夜の部へと移り変わった。
大人たちが広場で楽器を鳴らし、楽しげに踊っている。
私は手当て所の小屋に戻り、縁側に腰を下ろしていた。
隣には、いつの間にか人型の姿に変わったシロが座っている。
共鳴熱の影響か、最近は夜になると人の姿になることが増えてきた。
「綺麗ね……」
遠くに見える祭りの灯りを指差して、私が呟く。
夜風は冷たいけれど、シロの肩が私の肩に触れていて、そこからストーブのような心地よい熱が伝わってくる。
シロは私の言葉に頷くわけでもなく、ただじっと、オレンジ色に揺れるランタンの光を見つめていた。
獣の耳が、遠くから聞こえる音楽に合わせてピクピクと動いている。
その横顔は、彫刻のように整っていて、月明かりに照らされた銀糸の髪が風に揺れていた。
言葉は出ない。
けれど、彼の穏やかな呼吸の音と、私に向けられる柔らかな視線だけで、彼がこの時間を心地よく感じていることは十分に伝わってきた。
「シロ、来年も一緒に……」
またこの祭りを見ようね。
そう言いかけた、その時だった。
カンカンカンカンカンッ!!
突然、村の半鐘が激しく打ち鳴らされた。
楽しげな音楽がピタリと止み、人々の悲鳴のような声が響く。
「火事だァァァッ!」
誰かの怒声が夜の闇を引き裂いた。
私は弾かれたように立ち上がり、広場の向こう側――森の入り口の方角を見た。
オレンジ色のランタンの灯りとは違う、どす黒く赤い、巨大な炎。
森と村の境界に建てられていた、見回り小屋が、激しく燃え上がっていた。
あなたにおすすめの小説
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
【完結】で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?
Debby
恋愛
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢とクラレット・メイズ伯爵令嬢は困惑していた。
最近何故か良く目にする平民の生徒──エボニーがいる。
とても可愛らしい女子生徒であるが視界の隅をウロウロしていたりジッと見られたりするため嫌でも目に入る。立場的に視線を集めることも多いため、わざわざ声をかけることでも無いと放置していた。
クラレットから自分に任せて欲しいと言われたことも理由のひとつだ。
しかし一度だけ声をかけたことを皮切りに身に覚えの無い噂が学園内を駆け巡る。
次期フロスティ公爵夫人として日頃から所作にも気を付けているキャナリィはそのような噂を信じられてしまうなんてと反省するが、それはキャナリィが婚約者であるフロスティ公爵令息のジェードと仲の良いエボニーに嫉妬しての所業だと言われ──
「私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
そう問うたキャナリィは
「それはこちらの台詞だ。どうしてエボニーを執拗に苛めるのだ」
逆にジェードに問い返されたのだった。
★このお話は「で。」シリーズの第一弾です。
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾は沢山の方に読んでいただいて、一位になることが出来ました!良かったら覗いてみてくださいね。
(*´▽`人)アリガトウ
私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
必要とされなくても、私はここにいます
あう
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスのもとへ嫁ぐことになったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、理想の妻になろうとも、誰かの上に立とうともしなかった。
口出ししない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
ただ静かに、そこにいるだけ。
そんな彼女の在り方は、少しずつ屋敷の空気を変えていく。
張りつめていた人々の距離はやわらぎ、日々の営みは穏やかに整いはじめる。
何かを勝ち取る物語ではない。
誰かを打ち負かす物語でもない。
それでも確かに、彼女がいることで守られていくものがある。
これは、
声高に愛を叫ばなくても伝わる想いと、
何も奪わないからこそ育っていく信頼を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
従姉妹に婚約者を奪われました。どうやら玉の輿婚がゆるせないようです
hikari
恋愛
公爵ご令息アルフレッドに婚約破棄を言い渡された男爵令嬢カトリーヌ。なんと、アルフレッドは従姉のルイーズと婚約していたのだ。
ルイーズは伯爵家。
「お前に侯爵夫人なんて分不相応だわ。お前なんか平民と結婚すればいいんだ!」
と言われてしまう。
その出来事に学園時代の同級生でラーマ王国の第五王子オスカルが心を痛める。
そしてオスカルはカトリーヌに惚れていく。
幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。
たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。
彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。
『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』
「……『愛している』、ですか」
いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。
魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす
三谷朱花*Q−73@文フリ東京5/4
恋愛
ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。
ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。
伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。
そして、告げられた両親の死の真相。
家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。
絶望しかなかった。
涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。
雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。
そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。
ルーナは死を待つしか他になかった。
途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。
そして、ルーナがその温もりを感じた日。
ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。
「あなたは強いから大丈夫よね」、無自覚に人生を奪う姉
恋せよ恋
恋愛
「セリーヌは強いから、一人でも大丈夫よね?」
婚約破棄され「可哀想なヒロイン」となった姉カトリーヌ。
無自覚で優しい姉を気遣う両親と『私の』婚約者クロード。
私の世界は反転した。
十歳から五年間、努力で守ってきた「次期後継者」の座も。
自分に誂えた「ドレス」も……。「婚約者」さえも……。
両親は微笑んで言う。
「姉様が傷ついているの強いお前が譲ってあげなさい」と。
泣いて縋れば誰かが助けてくれると思っているお姉様。
あとはお一人で頑張ってくださいませ。
私は、私を必要としてくれる場所へ――。
家族と婚約者を見限った、妹・セリーヌの物語。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!