断罪フラグをへし折った悪役令嬢は、なぜか冷徹公爵様に溺愛されています ~スローライフはどこへいった?~

放浪人

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第2話:痛快なる反撃の狼煙

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分厚い書類の束を、私は一枚、また一枚と、ゆっくりとめくってみせる。
その仕草一つで、会場の注目がさらに私へと集中するのが分かった。

いいわ、いいわよ。
もっと見て。
悪役令嬢イザベラの、最後の晴れ舞台を。

「まず、リリア様が階段から転落したとされる日の件。こちらに、現場に居合わせた複数名の生徒からの署名入り証言書がございます」

私は一枚の羊皮紙を、エドワード殿下の目の前に突きつけた。
そこには、十数名もの生徒の名前が、美しい筆記体で記されている。

「『リリア様は、急いで階段を駆け下りようとして、ご自分で足を踏み外された』……皆様、同じことを証言しておりますわ。殿下、これでもわたくしが突き落としたと仰いますの?」

「ぐっ……こ、これは貴様が無理やり書かせたに違いない!」

まだ往生際が悪い。
でも、その反応も計算済みだ。

「ご冗談を。ヴァインベルク公爵家の名誉にかけて、不正は一切ございません。それに……」

私はちらり、と会場の隅に視線を送る。
そこには、この国の治安を司る騎士団の、しかも団長自らが、厳しい表情で成り行きを見守っていた。
もちろん、私が事前に根回ししておいた人物だ。

「この証言書は全て、騎士団の方々の立ち会いの下で作成していただいた、正式なものでございます」

騎士団長が、重々しく頷く。
その動作一つで、殿下の言葉がただの「言い掛かり」であったことが、誰の目にも明らかになった。

エドワード殿下の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
ざわめきが、波のように会場全体に広がっていく。

「つ、次に! 教科書を隠した件はどうなのだ!」

「そちらも、もちろん調べてございますわ」

私は次の書類を提示する。
そこには、一人の男子生徒の反省文が、涙の跡も生々しく添付されていた。

「リリア様に恋焦がれるあまり、気を引きたい一心で教科書を隠してしまった、と。彼は深く反省しております。もっとも、彼の恋心はリリア様に弄ばれていたようですが」

「なっ……!?」

リリアが、息を呑む。
図星だったらしい。

私は彼女を真っ直ぐに見つめて、慈しむような笑みを浮かべた。

「リリア様、おいたわしや。殿下という方がいながら、他の殿方にも思わせぶりな態度を取らねばならなかったなんて。さぞ、お辛かったことでしょう」

「ひっ……!」

これは、ただの皮肉じゃない。
牽制だ。

「これ以上、あなたの周囲の男性関係を洗いざらい公表されたくなければ、大人しくしていなさい」という、無言の圧力。

リリアの顔から血の気が引き、カタカタと震え始めた。
その様子に、さすがに周囲も「おや?」という雰囲気になる。
健気な聖女様にしては、少々、様子がおかしい。

「さ、最後にドレスの件だ! あれは間違いなく貴様の仕業だろう!」

もはやヤケクソ気味に叫ぶ殿下に、私は最後の一枚を差し出した。

「こちらが、給仕係の少年……ピーター君のお母様からの感謝状ですわ」

「……感謝状?」

訳が分からない、という顔の殿下。
無理もない。彼のシナリオには、こんな展開は無かったはずだから。

「ピーター君は、あの日、リリア様のドレスを汚してしまった責任を感じ、仕事を辞めようとしておりました。ですがわたくしは、彼を庇い、新しい仕事先まで斡旋して差し上げたのです。これはそのお礼のお手紙。……殿下、人の善意まで、わたくしの罪だと仰るのですか?」

静かな、しかし芯の通った声で問いかける。
もう、誰も私を疑う者はいなかった。
むしろ、非難の視線は、壇上で立ち尽くす王太子とヒロインへと、ゆっくりと向きを変え始めていた。

『なんてことだ……殿下は、無実のヴァインベルク嬢を……』
『リリア様も、なぜ黙っていたのかしら……』
『これは、とんでもない冤罪事件なのでは?』

空気が、完全にひっくり返った。
形勢逆転。
私の、完全勝利だ。

私は優雅に一礼し、書類の束を侍女に戻した。
そして、顔面蒼白のエドワード殿下に向き直り、はっきりと告げた。

「殿下。ご理解いただけましたでしょうか? わたくしは、あなたが仰るような罪は、一つとして犯しておりません」

「あ……う……」

言葉を失った殿下の隣で、リリアがしくしくと泣き始める。
あらあら、今度は同情を引く作戦かしら?
でも、もう遅い。

「そして、もう一つ。重大なことを申し上げなければなりません」

私は、すぅ、と息を吸い込んだ。

この日のために、ずっと練習してきたセリフ。
ずっと、言いたかった言葉。

「これほどまでにわたくしを信頼せず、一方的な思い込みで公衆の面前で辱めようとなさった方と、未来を共に歩むことなど到底できません」

だから、

「エドワード殿下。このイザベラ・フォン・ヴァインベルクより、貴方との婚約を破棄させていただきますわ!」

高らかに、晴れやかに。
私は人生で一番の笑顔で、そう言い放った。

やった……!
やったわ!
これで長年の呪縛から解放される!
待ってて、私のスローライフ!

そんな達成感に打ち震える私の耳に、予想だにしなかった声が、凛と響いた。

「――実に、見事な手際だ」

その声に、会場の誰もが息を呑み、一斉にある一点に注目した。
私も、例外ではなかった。

そこに立っていたのは、銀色の髪を月光のように輝かせ、氷の彫像のような美貌を持つ、一人の青年。

アレクシス・フォン・シュヴァルツシルト公爵。

『氷の公爵』と畏れられる、この国の若き英雄。
そして……ゲームでは、ヒロインの攻略対象の一人だったはずの、彼が。

なぜか、燃えるような、それでいて凍てつくような不思議な瞳で、私だけを真っ直ぐに見つめていた。
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