断罪フラグをへし折った悪役令嬢は、なぜか冷徹公爵様に溺愛されています ~スローライフはどこへいった?~

放浪人

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第9話:氷の公爵と村の子供たち

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「それで、なぜあなた様がついてくるんですの?」

私は、隣を歩く男――アレクシス公爵を、ジト目で睨みつけた。
爽やかな朝の日差しが降り注ぐ、のどかな田舎道。
鳥のさえずりが聞こえる、絶好のスローライフ日和。

……隣に、この邪魔者さえいなければ。

「言ったはずだ。この領地の、新しい主人になる男として、領地の様子を見ておくと」
「ですから、その前提が……」
「それに」

彼は、私の言葉を遮って続けた。

「お前が、領民にどう接しているのか、この目で見ておきたい」

「……はあ」

なんだか、ものすごく上から目線な物言いに、カチンとくる。
まるで、私の領主代理としての働きぶりを、採点でもするつもりなのだろうか。

腹立たしいけれど、彼を屋敷に一人で置いておくのも、それはそれで不安だ。
今頃、メイドたちを困らせて、何かとんでもないことをしでかしているかもしれない。
それなら、いっそ目の届くところに置いておいた方がマシか……。

そんな諦めの境地で、私は彼を伴って、領地の中心にある小さな村へとやってきたのだった。

村人たちは、最初、私の隣に立つアレクシス公爵の姿を見て、遠巻きにひそひそと噂をしていた。
無理もない。
こんな田舎の村に、王都の貴族、それも『氷の公爵』様なんていう大物が現れたのだ。
その上、彼の見た目は神々しいほどに美しいが、同時に近寄りがたいほどの威圧感を放っている。
村人たちが怯えてしまうのも、当然だろう。

「やあ、イザベラ様! おはようございます!」

そんな中、最初に声をかけてきたのは、パン屋の親父さんだった。
恰幅のいい、人の良さそうなおじさんだ。

「おはよう、トーマスさん。今日もいい匂いね」
「へへへ、今朝も焼き立てですよ! イザベラ様のおかげで、新しい窯の調子も上々です!」

私は以前、彼の店に公爵家から少しだけ資金援助をして、古くなったパン窯を新調する手伝いをしたのだ。

「あら、イザベラ様!」
「こっちの水路、お嬢様が直してくれたおかげで、水汲みが楽になっただよ」
「うちの息子の熱も、お嬢様にいただいた薬草ですっかり下がりましただ!」

私が村を歩くと、次から次へと村人たちが集まってきて、親しげに話しかけてくる。
私はその一人一人と笑顔で言葉を交わし、困っていることはないか、変わりはないかと尋ねて回った。
これが、私のやり方。
これが、私が望んだ、穏やかな日常。

その間、アレクシス公爵は、一言も口を挟まず、ただ黙って私の後ろをついてきていた。
彼の表情は相変わらず読めないけれど、その視線が、私と村人たちのやり取りに、じっと注がれているのだけは分かった。

事件が起きたのは、村の広場を通りかかった時だった。

「うわーん! 痛いよぉー!」

元気に走り回っていた小さな男の子が、派手にすっ転んで、膝を擦りむいてしまったのだ。
たちまち、大きな泣き声が広場に響く。

「あらあら、大丈夫?」

私が駆け寄ろうとした、その時。
私よりも一瞬早く、すっと男の子の前に屈み込む影があった。

アレクシス公爵だった。

彼は、懐から真っ白な、上質な絹のハンカチを取り出すと、無言で男の子に差し出した。

……え、優しいところ、あるんじゃない。

私が少しだけ彼を見直しかけた、その瞬間。

「……これで、拭け」

低く、有無を言わせぬ、命令口調。
そして、その顔は、いつもの『氷の公爵』様の、冷たくて怖い顔のまま。

「…………」

男の子は、ぴたり、と泣き止んだ。
そして、目の前の恐ろしい顔の男を、くりくりの目で見つめた後、

「ぎゃああああああっ!! もっとこわいのがでたあああああ!!」

と、先ほどよりも一層大きな声で泣き叫び、母親の元へ一目散に駆けて行ってしまった。

「…………」

子供に全力で逃げられ、ハンカチを持ったまま、その場に固まる、アレクシス公爵。
その姿は、なんとも言えず、シュールだった。

「……ぷっ」

こらえきれず、私が小さく吹き出すと、彼は気まずそうにこちらを睨みつけた。
その耳が、ほんのりと赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。

「……なぜ、逃げる」
「それは……公爵様のお顔が、少し、怖かったのでは……」
「……そうか」

彼はどこか納得いかない様子で、ハンカチを懐にしまった。

なんだか、可笑しくて、愛おしくて。
私は、このどうしようもなく不器用な公爵様に、思わず笑いかけてしまった。

「あなた様は、もっと笑った方がよろしいですわ。その方が、きっと素敵に見えます」
「……余計なお世話だ」

ぶっきらぼうにそう返す彼の横顔は、でも、まんざらでもないように見えた。

この人は、ただ不器用なだけなのかもしれない。
人とどう接していいか、分からないだけなのかも。

そんなことを考えていた私の穏やかな気持ちは、しかし、数時間後、王都からの来訪者によって、いとも簡単に打ち砕かれることになるのだった。

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