私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人

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27話「民の怒り」

裁定会議まで、あと三日と迫った朝のことだった。

侯爵家の重厚な門が、けたたましく叩かれる音で私は目を覚ました。
窓を開けると、凍てつくような冷気とともに、門外から悲痛な叫び声が聞こえてくる。

「どうか! どうかリディア様にお取り次ぎを! このままでは村の者が飢え死にしてしまいます!」

急いで身支度を整え、厚手のショールを羽織って玄関ホールへと降りる。
そこには、泥だらけの外套を着た初老の男が、侯爵家の騎士たちにすがりつくようにして膝をついていた。

「マティアス村長……!」

私が声をかけると、男は弾かれたように顔を上げた。
ルクレール領の中でも、特に農業が盛んな東部地区を束ねる村長だった。
彼の顔は痩せこけ、寒さと疲労で唇が紫色に染まっている。

「ああ、リディア様! よかった、お会いできた……!」

マティアスは床に額を擦りつけるようにして、わあわあと泣き出した。
私は彼を暖炉のある部屋へ通し、温かいスープを飲ませてから話を聞いた。

事態は、私の想像を遥かに超えて深刻だった。

「倉庫が……空っぽなのです。冬を越すために奥様が残してくださっていた備蓄の麦が、すべて消え失せておりました」

マティアスの震える手が、スープの器をカチャカチャと鳴らした。

「監察院の役人様たちが調べてくださった結果、旦那様が裏の商人に売り払ってしまったのだと……。今年の冬はただでさえ厳しいというのに、これでは年を越せません!」

私は唇を強く噛み締めた。
あの愚か者は、自分の愛人を飾る宝石を買うために、領民の命を売り飛ばしたのだ。

「領民たちの怒りは頂点に達しています。若者たちは鍬や鎌を持ち出し、旦那様のいる伯爵邸へ押し入ろうと暴動の準備を始めています。私ども年寄りでは、もう止められません」

領民による一揆。
それが起これば、王国軍が鎮圧に乗り出し、多くの血が流れることになる。

「皆、口々に言っています。奥様がいた頃は、こんなことにはならなかったと。奥様はいつも、私たちの暮らしを第一に考えてくださっていたのにと……」

マティアスの言葉が、私の胸を鋭く突き刺す。

私が家を出たのは、自分とレオンを守るためだ。
その選択に後悔はない。だが、私が実務を手放したことで、守られるべき領民たちが死の淵に立たされているのも事実だった。

そこへ、騒ぎを聞きつけたルーカスが部屋に入ってきた。
彼はマティアスの姿を見ると、厳しい表情で私に向き直った。

「暴動の兆候は、監察院も把握しています。事態を重く見た上層部は、裁定会議を待たずして、本日午後にもルクレール領への軍の派遣を決定するでしょう」

軍の派遣。
それはすなわち、領地が完全に王国の管理下に置かれることを意味する。

「ルクレール領の自治権は剥奪され、領地を直轄化する」

ルーカスの冷徹な宣告が、重く部屋に響き渡った。

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