私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人

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38話 自分の人生の始まり

「母上は、これから笑える?」

レオンのその無垢な問いかけに、私は一瞬、言葉を失った。
私がこの数年間、彼を守るために、領地を守るために、どれほど冷たい仮面を被り続けてきたか。
六歳のこの子は、すべてを見抜いていたのだ。

「ええ……笑えるわ。心からね」

私が頬を緩めると、レオンは嬉しそうに破顔し、父の手を引かれて地下室を後にして行った。

♦︎♦︎♦︎

その日の午後。
私は侯爵家の応接室で、ルーカスと向かい合って座っていた。

窓の外では、冬の薄日が庭園の枯れ木を柔らかく照らしている。
温かいアールグレイの香りが、二人の間を穏やかに漂っていた。

「これが、ルクレール家との正式な離縁状、および財産差し押さえの完了報告書です」

ルーカスが机の上に滑らせてきた羊皮紙には、王国法務院の赤い印章がくっきりと押されていた。

「ありがとうございます、ルーカス殿。あなたのお力添えがなければ、ここまで迅速には進みませんでしたわ」

「私はただ、監察官としての職務を全うしたまでです」

ルーカスはいつものように淡々と答えたが、その灰色の瞳には、以前のような冷徹さだけではない、静かな温もりが宿っていた。

私は手元の書類を見つめながら、カップの縁を指でそっとなぞった。

「正妻としての義務。領地を立て直すという役目。すべてが終わりました。でも……なんだか不思議な気分です。明日から、私は何を目標にして生きていけばいいのか」

私は自嘲気味に小さく笑った。
物心ついた時から「貴族の妻としての完璧な振る舞い」を叩き込まれ、嫁いでからは赤字領地の再建にすべてを捧げてきた。
誰かのために生きる以外の方法を、私は知らないのだ。

「母でもなく、妻でもない、私という個人の人生……。それがどんなものなのか、想像もつきません」

私が呟くと、ルーカスはティーカップをソーサーに置き、姿勢を正した。

「それならば、一つ提案があります」

彼の低く落ち着いた声が、静かな部屋に響く。

「現在、王国監察院では、各地の領地で相次ぐ不正経理を見抜くための専門官を急募しています。あなたのその卓越した『計理術』と、領地を立て直した実務経験は、王国にとって喉から手が出るほど欲しい才能です」

私は驚いて顔を上げた。

「私が、監察院で働くということですか?」

「ええ。正式な特別監査官として迎え入れたい。もちろん、レオン殿との生活を第一に考え、王都での書類査読を主とする好待遇をお約束します」

ルーカスは真っ直ぐに私を見据えた。
その視線は、かつてオスヴァルドが私に向けた「便利な道具」としての評価とは全く違う。
私という人間が培ってきた力そのものを、一人の専門家として敬意を持って認めてくれているのだ。

「誰かの妻としての義務ではなく。誰かの尻拭いのためでもなく」

「あなたのために、その力を使いませんか」

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