「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人

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第一話 断罪舞踏会、開演。主役?ええ、私です

 王宮の大広間を埋め尽くす、色とりどりのドレスとタキシード。  頭上には数千の魔法石が埋め込まれたシャンデリアが輝き、楽団が奏でる優雅なワルツが、人々のさざめきに溶けていく。

 ルミナリア王国の建国記念舞踏会。  一年のうちで最も華やかで、最も重要な社交の場。

 けれど、今の私――侯爵令嬢リディア・エルヴァインにとっては、ただの『処刑台』にしか見えなかった。

 もちろん、処刑されるのは私のほうではない。  これから自滅していく、哀れな元婚約者のほうだ。

「……そろそろね」

 私はグラスの中の琥珀色の液体を揺らしながら、扇子の隙間から会場の中央を見据えた。  そこには、我が国の王太子レオンハルト殿下と、その腕にまとわりつくように寄り添う、可愛らしい女性の姿がある。

 彼女は男爵令嬢のミレイユ様。  栗色のふわふわとした髪に、小動物のような愛くるしい瞳。守ってあげたくなるような儚げな雰囲気は、私のような『鉄薔薇』と呼ばれるきつい顔立ちの女とは正反対だ。

 音楽が止まる。  示し合わせたように、殿下が片手を高く掲げた。  ざわめきが波が引くように収まり、会場中の視線が彼らに集中する。

 来た。  私は心の中でガッツポーズをした。  この瞬間を、どれだけ待ちわびたことか!

「聞け! ここに集いし者たちよ!」

 レオンハルト殿下のよく通る声が、大広間に響き渡る。  彼は隣にいるミレイユ様の肩を抱き寄せ、まるで悲劇のヒーローのように苦悩に満ちた表情を作ってみせた。  演技派だこと。

「私、レオンハルト・フォン・ルミナリアは、今この時をもって、リディア・エルヴァイン侯爵令嬢との婚約を破棄することを宣言する!」

 ドガァァン!  と、実際に音がしたわけではないけれど、会場全体に衝撃が走ったのがわかった。  貴族たちが息を呑み、扇子で口元を隠しながら目を見合わせている。

「えっ、まさか……」 「この重要な式典で?」 「正気なのかしら……」

 ひそひそ話がさざ波のように広がる中、私は優雅に一歩前へ出た。  群衆が割れ、私と殿下の間に一直線の道ができる。

 私は背筋を伸ばし、ドレスの裾をさばいて、ゆっくりと彼らの前へと歩み出た。  カツ、カツ、カツ。  ヒールの音が静寂に響く。

 殿下の前に立ち止まり、完璧なカーテシーを披露する。  顔を上げると、殿下は勝ち誇ったような顔で見下ろしていた。

「リディア、貴様もわかっているだろう? 貴様のような冷酷で可愛げのない女は、私の隣にはふさわしくない!」

 殿下は声を張り上げる。   「貴様はミレイユに対する数々の嫌がらせを行ったそうだな? 教科書を隠したり、ドレスを切り裂いたり、あまつさえ階段から突き落とそうとしたとか! そのような悪毒な心を持つ者を、未来の国母として迎えるわけにはいかない!」

 ……はい、出ました。  冤罪セットのフルコース。  教科書もドレスも、何なら階段の件も、すべて殿下の取り巻きたちが自作自演で騒ぎ立てたものだと、こちらの調査ではとっくに判明している。

 けれど、今ここで「やっていません」と反論するのは三流だ。  この国、ルミナリアにおいて、公の場での言葉は『魔法』となる。  特に王族の宣言は、重い誓約となって世界に刻まれるのだ。

 殿下は、私を睨みつけながら、ついにあの『決め台詞』を口にした。

「リディア! 私は真実の愛を見つけたのだ。だから、はっきり言っておく!」

 彼は大きく息を吸い込み、会場の隅々まで聞こえる声で叫んだ。

「私は、君を愛することはない!」

 ビリリ、と空気が震えた。  それは比喩ではなく、魔力が発動した証だ。  『公的拒絶誓約』。  殿下の身体に、不可視の鎖が巻き付いた瞬間だった。  これで彼は、生涯私を愛することができなくなるし、愛を囁くこともできなくなる。もし嘘をつけば、誓約魔法のペナルティが発動する。

 会場が凍りつく。  婚約破棄までは予想できていても、ここまで決定的な拒絶の言葉を、公衆の面前で叩きつけるなんて。  貴族たちの中には、あまりの無慈悲さに顔をしかめる者もいた。

 かわいそうなリディア様。  あんな風に言われて、きっと泣き崩れてしまうわ。  そんな同情の視線が、痛いほど私に突き刺さる。

 ――うん、完璧。  最高の舞台設定だわ、殿下!

 私は扇子をパチリと閉じた。  そして、顔を上げる。  そこにあるのは、涙で濡れた瞳ではない。  晴れやかな、一点の曇りもない笑顔だ。

「承知いたしました」

 私の声は、驚くほど冷静に、そして明瞭に響いた。

「え……?」

 殿下が間の抜けた声を漏らす。  泣いてすがりついてくると思っていたのだろうか。残念ながら、私の涙腺はそこまで安くない。

「殿下のお言葉、確かにこの身に刻みました。『君を愛することはない』。それはつまり、私とお互いに愛を育む意思がないという、確固たる宣言でございますね?」

「あ、ああ。そうだ。だから貴様は……」

「ありがとうございます!」

 私は彼の言葉を遮り、満面の笑みでお礼を言った。

「!?」

 殿下も、ミレイユ様も、会場中の貴族たちも、一斉に目を丸くする。  私は構わず続けた。

「殿下が私を愛さないとおっしゃるのであれば、私も殿下を愛しません。これにて、私たちの関係は綺麗さっぱり終了です!」

 私は胸の前で手を組み、うっとりと天井を見上げた。

「ああ、なんて素晴らしい! 長年、政略という鎖に繋がれ、お互いに何の感情もないまま過ごしてきた時間は、今日この日のためにあったのですね! 殿下からの正式な破棄宣言、確かに受理いたしました!」

「な、何を……」

 殿下が後ずさる。  予想外の反応に、彼のシナリオが崩れ始めているのがわかる。

「では、私はこれにて失礼いたします。なにぶん、これからの手続きが山積みですので」

 私は指を折って数え始めた。

「まずは教会への婚約破棄証明書の提出。次に宰相府への慰謝料請求の申し立て。それから、持参金の返還手続きに、私の名誉回復のための審問請求……。ああ、忙しい! でも、こんなに心が軽いのは初めてですわ!」

 慰謝料。  名誉回復。  その単語が出た瞬間、周囲の貴族たちの顔色が変わった。    この国では、公的な場での婚約破棄は『契約解除』と同義だ。  正当な理由なく、一方的に、しかも相手の名誉を傷つける形で破棄した場合、破棄した側には莫大な違約金と社会的制裁が課せられる。  殿下は、そのスイッチをご丁寧に自分で押してくれたのだ。

「ま、待て! リディア! 貴様、何を勝手なことを……!」

「勝手? いいえ、法と誓約に基づいた正当な権利行使です」

 私はきっぱりと言い放った。  もう、おどおどしていた昔の私じゃない。  『鉄薔薇』の本領発揮だ。

「それでは殿下、そしてミレイユ様。末長くお幸せに。私は――次、いきますので!」

 私はもう一度、最高に優雅なカーテシーをして、踵を返した。  背中越しに、殿下の「待てと言っているだろう!」という叫び声が聞こえたけれど、無視だ。  私の足取りは羽が生えたように軽かった。

 会場の出口へと向かう花道。  呆然と立ち尽くす貴族たちの間を、颯爽と歩き抜ける。  誰も私を止められない。  だって、今の私は『自由』なのだから!

 大広間の扉を衛兵が開ける。  夜風が頬を撫でる。  その心地よさに目を細めながら、私は回廊へと足を踏み出した。

 その時だった。

 柱の陰から、一人の男性がこちらを見ているのに気づいた。    銀色の髪に、氷のように冷ややかな青い瞳。  王宮の制服を隙なく着こなし、その立ち姿だけで周囲の温度を下げているような人物。

 アシュ・ヴァレンシュタイン宰相。  若くしてこの国の行政を牛耳る、『氷の宰相』と呼ばれる男だ。

 彼は私と目が合うと、表情一つ変えずに、けれどその瞳の奥に奇妙な光を宿して、小さく呟いた。

「……合理的だ」

 え?  今、なんて?

 私が立ち止まるより早く、彼は音もなく踵を返し、闇の中へと消えていった。

 その背中に、ぞくりとした予感を感じる。  ただの婚約破棄で終わるはずだった私の人生が、何かとんでもない方向へ転がり始めたような……そんな予感が。

 でも今は、この勝利の美酒に酔いしれよう。  さようなら、殿下。  こんにちは、新しい私!

 私は夜空に向かって、大きく伸びをした。  明日は朝一番で宰相府に乗り込んで、慰謝料をふんだくってやるんだから!

 ……まさかその宰相府で、先ほどの『氷の男』にとんでもない契約を持ちかけられることになるなんて、今の私は知る由もなかったのだ。

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