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第4話:大書庫と嫉妬の影
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「じゃあ、リリア。約束通り、大書庫へ案内するよ」
あの日から数日後。
エリアス王子は、本当に私を部屋から連れ出しに来てくれた。
相変わらずカインの姿はなく、昼間の食事を運んできたメイドも、今日は何も言わずに立ち去っていった。
もしかしたら、エリアス王子が何か手を回してくれたのかもしれない。
「ありがとうございます、エリアス様」
「いいんだよ。さあ、行こう。誰かに見つかる前に」
王子様らしからぬ悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼は私の手を引いた。
温かくて、大きな手。
その優しさに、私の心も少しずつ解きほぐされていくのを感じる。
連れてこられたのは、城の地下へと続く、ひんやりとした石の階段。
その先にある、重厚な鉄の扉が、大書庫の入り口だった。
「すごい……」
扉を開けた瞬間、私は息を呑んだ。
そこは、天井まで届くほどの巨大な本棚が、迷路のように立ち並ぶ空間だった。
古い紙とインクの匂いが、静かな空気に満ちている。
ここに、この国の歴史と知識のすべてが眠っているのだ。
「古文書の類は、あちらの区画にある。何か手がかりが見つかるといいんだけど」
「はい……!」
エリアス王子に案内され、私たちは色褪せた背表紙が並ぶ一角へと向かった。
一冊一冊が、ずっしりと重い。
書かれているのは、もちろん見たこともない古代文字だ。
「これじゃあ、私には読めない……」
「大丈夫。僕が読んであげるよ」
そう言って、エリアス王子は私の隣に座り、一冊の分厚い本を開いた。
彼の指が、古文書の文字を優しくなぞっていく。
真剣なその横顔はとても知的で、見ているだけで少しどきどきしてしまった。
私たちは肩を寄せ合い、何時間も書物を読み解いていった。
残念ながら、元の世界への帰還方法に直接つながるような記述は、なかなか見つからない。
それでも、エリアス王子が隣にいてくれるだけで、不思議と心は穏やかだった。
「……疲れただろう? 少し休憩しようか」
ふと、エリアス王子が気遣わしげに私の顔を覗き込んだ。
集中していたせいで、もう随分と時間が経っていたことに気づく。
「すみません、夢中になっちゃって……」
「はは、君は本当に熱心だね。……でも、無理は禁物だ」
そう言って、彼はどこからか取り出した水筒を差し出してくれた。
冷たい水が、乾いた喉に心地いい。
「エリアス様は、どうして私にこんなに親切にしてくれるんですか?」
ずっと疑問に思っていたことを、思い切って口にしてみた。
出来損ないの偽物聖女である私に、一国の王子がここまでしてくれる理由がわからなかったからだ。
私の問いに、エリアス王子は少しだけ遠い目をした。
「……君を見ていると、昔の自分を思い出すんだ」
「昔の、ご自分?」
「そう。僕も昔は、出来損ないの王子、なんて呼ばれていたからね」
彼の口から語られたのは、意外な過去だった。
エリアス王子は、兄である第一王子に比べて魔力量が少なく、剣の腕も劣っていたため、周りから期待されていなかったのだという。
「だから、君が神殿で『出来損ない』と呼ばれた時、他人事とは思えなかった。君には、僕のようになってほしくないんだ」
彼の瞳は、真摯な光を宿していた。
その優しさが、私の胸の奥深くにじんわりと染み渡る。
「エリアス様……」
「だから、気にしないで。これは僕の自己満足でもあるんだから」
はにかむように笑う彼に、私は心の底から感謝した。
この人がいてくれて、本当によかった。
その時だった。
書庫の入り口の方から、ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえた。
コツ……コツ……。
それは、ひどく冷たくて、無機質な音だった。
まさか、と顔を上げる私とエリアス王子。
本棚の隙間から現れたのは、やはり、氷の騎士だった。
「……こんな場所で、二人で何を密会している?」
カイン・アシュフォード。
その声は、絶対零度の氷のように冷え切っていた。
血のように赤い瞳は、真っ直ぐに私とエリアス王子を射抜いている。
いや、正確には、エリアス王子が私の肩に置いたままだった、その手を。
「カイン……どうしてここに」
「どうして、だと? ***俺の監視下にある女***が、勝手に部屋を抜け出し、男と二人きりでいる。俺がここに来る理由は、それで十分だろう」
彼の言葉には、棘があるどころではない。
隠そうともしない、***殺気***すら、込められているように感じた。
「誤解だ、カイン。僕がリリアをここに連れてきたんだ。彼女はただ、元の世界に帰る方法を探して……」
「黙れ」
カインは、エリアス王子の言葉を冷たく遮った。
「お前がこの女に近づく理由は、わかっている。だが、無駄だ。こいつは、俺のものだ」
「なっ……!?」
エリアス王子が息を呑む。
私も、カインの言葉の意味がわからず、ただ呆然とするだけだった。
俺のもの?
どういう、意味?
カインはゆっくりとこちらに歩み寄ると、私の腕を乱暴に掴んだ。
ぎし、と骨が軋むほどの強い力。
「痛っ……!」
「カイン、やめろ! リリアが痛がっている!」
エリアス王子が私を庇うように立ち上がるが、カインは気にも留めない。
彼は私の腕を掴んだまま、その赤い瞳で、私のすべてを見透かすように、じっと見つめた。
その瞳の奥で燃えているのは、ただの怒りではなかった。
もっと黒くて、どろりとした、独占欲と嫉妬の炎。
「……少し、お仕置きが必要なようだな。俺以外の男と、軽々しく会うからこうなる」
ぞっとするほど低い声で囁かれ、私は恐怖に身を固くした。
彼の瞳は、本気だった。
冗談でも、脅しでもない。
この人は、おかしい。
初めて感じたその狂気の片鱗に、私の心臓は、けたたましく警鐘を鳴らしていた。
あの日から数日後。
エリアス王子は、本当に私を部屋から連れ出しに来てくれた。
相変わらずカインの姿はなく、昼間の食事を運んできたメイドも、今日は何も言わずに立ち去っていった。
もしかしたら、エリアス王子が何か手を回してくれたのかもしれない。
「ありがとうございます、エリアス様」
「いいんだよ。さあ、行こう。誰かに見つかる前に」
王子様らしからぬ悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼は私の手を引いた。
温かくて、大きな手。
その優しさに、私の心も少しずつ解きほぐされていくのを感じる。
連れてこられたのは、城の地下へと続く、ひんやりとした石の階段。
その先にある、重厚な鉄の扉が、大書庫の入り口だった。
「すごい……」
扉を開けた瞬間、私は息を呑んだ。
そこは、天井まで届くほどの巨大な本棚が、迷路のように立ち並ぶ空間だった。
古い紙とインクの匂いが、静かな空気に満ちている。
ここに、この国の歴史と知識のすべてが眠っているのだ。
「古文書の類は、あちらの区画にある。何か手がかりが見つかるといいんだけど」
「はい……!」
エリアス王子に案内され、私たちは色褪せた背表紙が並ぶ一角へと向かった。
一冊一冊が、ずっしりと重い。
書かれているのは、もちろん見たこともない古代文字だ。
「これじゃあ、私には読めない……」
「大丈夫。僕が読んであげるよ」
そう言って、エリアス王子は私の隣に座り、一冊の分厚い本を開いた。
彼の指が、古文書の文字を優しくなぞっていく。
真剣なその横顔はとても知的で、見ているだけで少しどきどきしてしまった。
私たちは肩を寄せ合い、何時間も書物を読み解いていった。
残念ながら、元の世界への帰還方法に直接つながるような記述は、なかなか見つからない。
それでも、エリアス王子が隣にいてくれるだけで、不思議と心は穏やかだった。
「……疲れただろう? 少し休憩しようか」
ふと、エリアス王子が気遣わしげに私の顔を覗き込んだ。
集中していたせいで、もう随分と時間が経っていたことに気づく。
「すみません、夢中になっちゃって……」
「はは、君は本当に熱心だね。……でも、無理は禁物だ」
そう言って、彼はどこからか取り出した水筒を差し出してくれた。
冷たい水が、乾いた喉に心地いい。
「エリアス様は、どうして私にこんなに親切にしてくれるんですか?」
ずっと疑問に思っていたことを、思い切って口にしてみた。
出来損ないの偽物聖女である私に、一国の王子がここまでしてくれる理由がわからなかったからだ。
私の問いに、エリアス王子は少しだけ遠い目をした。
「……君を見ていると、昔の自分を思い出すんだ」
「昔の、ご自分?」
「そう。僕も昔は、出来損ないの王子、なんて呼ばれていたからね」
彼の口から語られたのは、意外な過去だった。
エリアス王子は、兄である第一王子に比べて魔力量が少なく、剣の腕も劣っていたため、周りから期待されていなかったのだという。
「だから、君が神殿で『出来損ない』と呼ばれた時、他人事とは思えなかった。君には、僕のようになってほしくないんだ」
彼の瞳は、真摯な光を宿していた。
その優しさが、私の胸の奥深くにじんわりと染み渡る。
「エリアス様……」
「だから、気にしないで。これは僕の自己満足でもあるんだから」
はにかむように笑う彼に、私は心の底から感謝した。
この人がいてくれて、本当によかった。
その時だった。
書庫の入り口の方から、ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえた。
コツ……コツ……。
それは、ひどく冷たくて、無機質な音だった。
まさか、と顔を上げる私とエリアス王子。
本棚の隙間から現れたのは、やはり、氷の騎士だった。
「……こんな場所で、二人で何を密会している?」
カイン・アシュフォード。
その声は、絶対零度の氷のように冷え切っていた。
血のように赤い瞳は、真っ直ぐに私とエリアス王子を射抜いている。
いや、正確には、エリアス王子が私の肩に置いたままだった、その手を。
「カイン……どうしてここに」
「どうして、だと? ***俺の監視下にある女***が、勝手に部屋を抜け出し、男と二人きりでいる。俺がここに来る理由は、それで十分だろう」
彼の言葉には、棘があるどころではない。
隠そうともしない、***殺気***すら、込められているように感じた。
「誤解だ、カイン。僕がリリアをここに連れてきたんだ。彼女はただ、元の世界に帰る方法を探して……」
「黙れ」
カインは、エリアス王子の言葉を冷たく遮った。
「お前がこの女に近づく理由は、わかっている。だが、無駄だ。こいつは、俺のものだ」
「なっ……!?」
エリアス王子が息を呑む。
私も、カインの言葉の意味がわからず、ただ呆然とするだけだった。
俺のもの?
どういう、意味?
カインはゆっくりとこちらに歩み寄ると、私の腕を乱暴に掴んだ。
ぎし、と骨が軋むほどの強い力。
「痛っ……!」
「カイン、やめろ! リリアが痛がっている!」
エリアス王子が私を庇うように立ち上がるが、カインは気にも留めない。
彼は私の腕を掴んだまま、その赤い瞳で、私のすべてを見透かすように、じっと見つめた。
その瞳の奥で燃えているのは、ただの怒りではなかった。
もっと黒くて、どろりとした、独占欲と嫉妬の炎。
「……少し、お仕置きが必要なようだな。俺以外の男と、軽々しく会うからこうなる」
ぞっとするほど低い声で囁かれ、私は恐怖に身を固くした。
彼の瞳は、本気だった。
冗談でも、脅しでもない。
この人は、おかしい。
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