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第十五話『あなたが捨てたもの、私が手に入れたもの』
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「なぜ……? まだ私を許せないのか……?」
フレデリック様の悲痛な問い。
その瞳にはまだわずかな期待の色が残っている。私が感情的に彼を拒絶しているだけだとそう思いたいのだろう。
でも違う。
私の心は驚くほど静かだった。
私は彼の目を見つめ返しはっきりと告げた。
「許せないのではありませんフレデリック様」
「もうあなたに関心がないのです」
その言葉はどんな罵倒よりも彼の心を抉ったようだった。
彼の顔からサッと血の気が引いていく。
「あなたが捨てたのはあなただけを見つめあなたに尽くすためだけに生きていた都合のいい一人の女です」
「……」
「そして私が手に入れたもの。それはイリス・フォン・アルメリアという一人の人間をその心ごと愛し信じ守り抜いてくれるただ一人の男性です」
私は隣に立つアレクシオス陛下の手にそっと自分の手を重ねた。
陛下はその手を力強く握り返してくれる。
「私にはこの人と共に歩む未来があります。あなたがいる過去をいちいち振り返っている時間などもうないのです」
それが私の答えだった。
私の完全な決別宣言。
フレデリック様はがっくりと肩を落としもう何も言えずに俯いた。
もはや彼にできることは何もなかった。
全てが終わったのだ。
「……連れて行け」
アレクシオス陛下の短い命令で控えていたライオス騎士団長が抜け殻のようになったフレデリック様の両脇を抱え部屋から連れ出していった。
一人になった部屋で私は大きく息を吐いた。
「……少し言い過ぎてしまいましたでしょうか」
心配になって陛下を見上げると彼は満面の笑みで私をぎゅっと抱きしめた。
「いや! 完璧だった! 100点満点どころか120点だ! よくぞ言った我が妃よ!」
「も、もう陛下……」
「素晴らしい! 実に爽快だった! 今夜は祝杯だ! 城中のワインを開けさせよう!」
子供のようにはしゃぐ陛下に私は呆れながらもつられて笑ってしまった。
これで本当に過去とのしがらみは全て断ち切れた。
その夜。
離宮の自室でアンナにお茶を淹れてもらいながら私はふと昼間の出来事を思い出していた。
「それにしてもあの古代魔法語……。おばあ様は一体どこであのような不思議な歌を覚えたのかしら」
私の問いにアンナは少し考え込んだ後、思い出したように言った。
「さあ……。ですがそういえば奥様……イリス様のお母様はおばあ様のことをよく気味悪がっておりました」
「え?」
「『あの人はまるで森の魔女のようだ』なんて言って……。おばあ様が亡くなられた時もどこかホッとしたようなご様子でしたね……」
森の魔女……?
優しいだけだと思っていた祖母にそんな一面があったなんて。
私の知らない祖母の秘密。
そして私の中に流れる不思議な力。
それは一体……。
そんな風に穏やかな謎に思いを馳せていたその時だった。
離宮の扉が慌ただしく叩かれた。
入ってきたのは血相を変えたダリウス宰相だった。
「陛下! 一大事でございます!」
彼のただならぬ様子に私とアレクシオス陛下は顔を見合わせる。
「どうしたダリウス。落ち着け」
「それが……! 先程アルメリア侯爵領から緊急の報せが!」
宰相はゴクリと息を飲んで衝撃の事実を告げた。
「セレーナ嬢が何者かに誘拐されたとのことでございます……!」
「そして犯人は……隣国の非合法魔術師ギルド『黒き蛇(ブラック・サーペント)』の者だと……!」
フレデリック様の悲痛な問い。
その瞳にはまだわずかな期待の色が残っている。私が感情的に彼を拒絶しているだけだとそう思いたいのだろう。
でも違う。
私の心は驚くほど静かだった。
私は彼の目を見つめ返しはっきりと告げた。
「許せないのではありませんフレデリック様」
「もうあなたに関心がないのです」
その言葉はどんな罵倒よりも彼の心を抉ったようだった。
彼の顔からサッと血の気が引いていく。
「あなたが捨てたのはあなただけを見つめあなたに尽くすためだけに生きていた都合のいい一人の女です」
「……」
「そして私が手に入れたもの。それはイリス・フォン・アルメリアという一人の人間をその心ごと愛し信じ守り抜いてくれるただ一人の男性です」
私は隣に立つアレクシオス陛下の手にそっと自分の手を重ねた。
陛下はその手を力強く握り返してくれる。
「私にはこの人と共に歩む未来があります。あなたがいる過去をいちいち振り返っている時間などもうないのです」
それが私の答えだった。
私の完全な決別宣言。
フレデリック様はがっくりと肩を落としもう何も言えずに俯いた。
もはや彼にできることは何もなかった。
全てが終わったのだ。
「……連れて行け」
アレクシオス陛下の短い命令で控えていたライオス騎士団長が抜け殻のようになったフレデリック様の両脇を抱え部屋から連れ出していった。
一人になった部屋で私は大きく息を吐いた。
「……少し言い過ぎてしまいましたでしょうか」
心配になって陛下を見上げると彼は満面の笑みで私をぎゅっと抱きしめた。
「いや! 完璧だった! 100点満点どころか120点だ! よくぞ言った我が妃よ!」
「も、もう陛下……」
「素晴らしい! 実に爽快だった! 今夜は祝杯だ! 城中のワインを開けさせよう!」
子供のようにはしゃぐ陛下に私は呆れながらもつられて笑ってしまった。
これで本当に過去とのしがらみは全て断ち切れた。
その夜。
離宮の自室でアンナにお茶を淹れてもらいながら私はふと昼間の出来事を思い出していた。
「それにしてもあの古代魔法語……。おばあ様は一体どこであのような不思議な歌を覚えたのかしら」
私の問いにアンナは少し考え込んだ後、思い出したように言った。
「さあ……。ですがそういえば奥様……イリス様のお母様はおばあ様のことをよく気味悪がっておりました」
「え?」
「『あの人はまるで森の魔女のようだ』なんて言って……。おばあ様が亡くなられた時もどこかホッとしたようなご様子でしたね……」
森の魔女……?
優しいだけだと思っていた祖母にそんな一面があったなんて。
私の知らない祖母の秘密。
そして私の中に流れる不思議な力。
それは一体……。
そんな風に穏やかな謎に思いを馳せていたその時だった。
離宮の扉が慌ただしく叩かれた。
入ってきたのは血相を変えたダリウス宰相だった。
「陛下! 一大事でございます!」
彼のただならぬ様子に私とアレクシオス陛下は顔を見合わせる。
「どうしたダリウス。落ち着け」
「それが……! 先程アルメリア侯爵領から緊急の報せが!」
宰相はゴクリと息を飲んで衝撃の事実を告げた。
「セレーナ嬢が何者かに誘拐されたとのことでございます……!」
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