『五年後、私を捨てたはずの「氷の公爵様」と再会しました。 ~隣にいるこの幼い娘が「貴方の娘です」とは、今更とても言えません~』

放浪人

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第二話「辺境での新しい生活」

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 それから五年が経った。

 私は今、王都から遠く離れた辺境の街・リーフェンで暮らしている。

 石畳の続く小さな街。

 中央の広場には古い噴水があり、毎朝市が立つ。

 ここでの私の仕事は薬師だ。

 実家の伯爵家で学んだ薬草の知識が、思わぬ形で役に立った。

「アリアさん、この傷薬すごくよく効いたわ!」

 街の女性が笑顔で店に入ってくる。

 私の小さな店は、いつも誰かしらが訪れてくれる場所になっていた。

「それは良かったです。また何かあればいつでもどうぞ」

 穏やかな日々。

 王都での煌びやかな生活とは比べ物にならないほど質素だけれど、私は幸せだった。

 なぜなら――

「ママー!お花摘んできたよ!」

 元気な声とともに、小さな影が店に飛び込んでくる。

 私の娘、ルナ。

 五歳になる彼女は、私の宝物だ。

 柔らかな笑顔は私に似たかもしれない。

 でも――銀色の髪。

 氷河のような青い瞳。

 カシウス様にそっくりだった。

「わあ、きれいなお花ね。ありがとう、ルナ」

 ルナを抱きしめると、彼女は嬉しそうに笑う。

 この子を産むと決めた時、私は迷わなかった。

 たとえカシウス様が私を捨てても、この子は私の子供だ。

 二人で生きていける。

 そう信じて、辺境まで逃げてきた。

 幸い、母が密かに遺してくれていた遺産があった。

 それを元手に薬師として店を開き、なんとか生計を立てている。

 ルナは明るく元気な子に育った。

 時々、真面目な顔で何かを考え込む仕草がカシウス様に似ていて、胸が痛くなることもあるけれど。

「ママ、今日ね、広場でおじさんがお話してたの」

 ルナが無邪気に話す。

「なんでも、王都から騎士団が来るんだって!魔獣退治だって!」

 私の手が、一瞬止まった。

「そう...魔獣退治...」

 辺境は時々、森から魔獣が現れる。

 それを討伐するために、中央から騎士団が派遣されることがある。

 まさか――いや、考えすぎだろう。

 王都の騎士団なんて、たくさんいる。

 カシウス様が来るはずがない。

 そう自分に言い聞かせた。

 でも胸の奥で小さな鐘が鳴っているような気がした。

 予感とも不安ともつかない、奇妙な感覚。

「ママ、どうしたの?」

 ルナが不思議そうに私の顔を覗き込む。

「ううん、何でもないわ。ルナ、夕飯の準備手伝ってくれる?」

「うん!」

 元気に返事をして、ルナは小さな手で野菜を洗い始める。

 その夜、私は久しぶりに眠れなかった。

 窓の外では風が木々を揺らしている。

 月明かりが、ルナの銀髪を照らしていた。

 平和な日々が終わってしまうような。

 そんな予感が、私の心を掻き乱していた。

 翌朝――その予感は、最悪の形で的中する。

 街の中心広場に、騎士団の旗が翻っていた。

 青と銀の紋章。

 エルデンベルク公爵家の紋章だ。

 私の足が、石畳の上で固まる。

 人々が広場に集まっている。

 私も、買い物のついでに様子を見に来てしまった。

 そして――見てしまった。

 人混みの向こう、馬上の男。

 銀髪。

 氷河のような青い瞳。

 五年前と変わらない、完璧な美貌。

 カシウス・フォン・エルデンベルク。

 私の元夫が、そこにいた。

 心臓が跳ね上がる。

 手が震える。

 逃げなければ。

 今すぐこの場から立ち去らなければ。

 でも、足が動かない。

 そして――カシウス様の視線が、私を捉えた。

 時が止まる。

 彼の青い瞳が、私を見つめている。

 何か言われる。

 何か言われてしまう。

 五年前の記憶が蘇る。

 冷たい声。

 嫌悪の眼差し。

 でも――

「すまない」

 カシウス様の口から出た言葉は、意外なものだった。

「道に迷ったようだ。薬師の店はどこか知らないか?」

 彼は、私のことを覚えていなかった。
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