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第五十四話:夫からの、最高の贈り物
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「......けんきゅうじょ? しんりょうしょ?」
「......私が、所長......?」
私の頭は完全に真っ白になった。
カシウス様が何を言っているのか、理解が追いつかない。
「......そうだ」
「......君の薬師としての知識と技術は」
「......俺が身をもって知っている」
彼は、呪いの痣が残る自分の胸をそっと押さえた。
「......あの古代の呪いすら浄化した君の力だ」
「......こんな辺境の街だけで留めておくのは王国の損失だ」
「......きゅ、きゅうに、そんなこと言われても......!」
「......アリアさん! やったじゃないか!」
「......すげえ! アリア先生の診療所だ!」
「......これで王都まで行かなくても、高度な治療が受けられるぞ!」
いつの間にか設計図を覗き込んでいた街の人たちが、大騒ぎを始めた。
パン屋のおばさんが、泣きながら私の手を握る。
「......ありがとう、アリアさん!」
「......ありがとう、公爵様!」
(......あ)
(......みんな、こんなに喜んでくれてる)
私は胸が熱くなった。
薬師として、こんなに嬉しいことはない。
「......カシウス」
「......いいの? 私に、そんな大役が......」
「......君以外に誰がいる」
彼は私の頬にそっと触れた。
「......君が一番輝ける場所を、俺が作りたかった」
「......ただ、それだけだ」
(......もう)
(......この溺愛夫......!)
私の目から涙がこぼれた。
五年前、全てを失った私が。
今、最高の夫と娘と。
そして、最高の「仕事」まで手に入れてしまった。
「......ありがとう、カシウス」
「......私、頑張るわ!」
「......ああ。期待している」
◇ ◇ ◇
その夜。
私たちは、リーフェンの街で一番立派な宿屋(といっても王都に比べれば質素なものだ)に泊まることになった。
もちろん、カシウス様が公爵家の力で全館貸し切りにした。
ヒルダやゼノン様も一緒だ。
ルナは久しぶりの街ではしゃぎ疲れたのか、すぐにベッドで寝息を立て始めた。
「......疲れただろう」
「......アリアも休め」
カシウス様が私にワインを勧めてくれる。
「......ううん」
「......私、この街の夜の空気が好きなの」
私は小さなバルコニーに出た。
穏やかな風。
王都のような喧騒はない。
静かな夜。
「......アリア」
背後から、カシウス様が私を優しく抱きしめた。
彼の温かい胸板が背中に当たる。
ドクン、と心臓が跳ねた。
「......ここで一人で」
「......ルナを育てていたんだな」
「......うん」
「......辛かっただろう」
「......辛かったわ」
「......でも、幸せでもあったのよ。ルナがいたから」
「......礼を言うのは俺の方だ」
彼が私を抱きしめる腕に力を込めた。
「......君とルナに再会できて」
「......俺は氷の中から救い出された」
「......俺は変われたんだ」
彼の胸の鼓動が早い。
私に伝わってくる。
「......アリア」
彼が私の髪に顔を埋める。
「......愛している」
(......あ)
五年前。
政略結婚だった私たちには、決して聞けなかった言葉。
今、こんなに真っ直ぐに私に伝えてくれる。
「......私もよ、カシウス」
「......愛してる」
彼が私を自分の方に向かせた。
月明かりに照らされた彼の青い瞳が、熱を帯びている。
彼の顔がゆっくりと近づいてくる。
私がそっと目を閉じた。
その瞬間。
ドンドン!
ドガァァン!
宿屋の一階のドアが、今にも壊れそうな勢いで叩かれた。
「「!」」
「......大変だー!」
「......誰か! アリアさんはいないか!」
「......騎士団様が! 森で魔獣に襲われた!」
「......怪我人が出てるんだ!」
(......魔獣!?)
私とカシウス様の甘い空気は、一瞬で吹き飛んだ。
「......私が、所長......?」
私の頭は完全に真っ白になった。
カシウス様が何を言っているのか、理解が追いつかない。
「......そうだ」
「......君の薬師としての知識と技術は」
「......俺が身をもって知っている」
彼は、呪いの痣が残る自分の胸をそっと押さえた。
「......あの古代の呪いすら浄化した君の力だ」
「......こんな辺境の街だけで留めておくのは王国の損失だ」
「......きゅ、きゅうに、そんなこと言われても......!」
「......アリアさん! やったじゃないか!」
「......すげえ! アリア先生の診療所だ!」
「......これで王都まで行かなくても、高度な治療が受けられるぞ!」
いつの間にか設計図を覗き込んでいた街の人たちが、大騒ぎを始めた。
パン屋のおばさんが、泣きながら私の手を握る。
「......ありがとう、アリアさん!」
「......ありがとう、公爵様!」
(......あ)
(......みんな、こんなに喜んでくれてる)
私は胸が熱くなった。
薬師として、こんなに嬉しいことはない。
「......カシウス」
「......いいの? 私に、そんな大役が......」
「......君以外に誰がいる」
彼は私の頬にそっと触れた。
「......君が一番輝ける場所を、俺が作りたかった」
「......ただ、それだけだ」
(......もう)
(......この溺愛夫......!)
私の目から涙がこぼれた。
五年前、全てを失った私が。
今、最高の夫と娘と。
そして、最高の「仕事」まで手に入れてしまった。
「......ありがとう、カシウス」
「......私、頑張るわ!」
「......ああ。期待している」
◇ ◇ ◇
その夜。
私たちは、リーフェンの街で一番立派な宿屋(といっても王都に比べれば質素なものだ)に泊まることになった。
もちろん、カシウス様が公爵家の力で全館貸し切りにした。
ヒルダやゼノン様も一緒だ。
ルナは久しぶりの街ではしゃぎ疲れたのか、すぐにベッドで寝息を立て始めた。
「......疲れただろう」
「......アリアも休め」
カシウス様が私にワインを勧めてくれる。
「......ううん」
「......私、この街の夜の空気が好きなの」
私は小さなバルコニーに出た。
穏やかな風。
王都のような喧騒はない。
静かな夜。
「......アリア」
背後から、カシウス様が私を優しく抱きしめた。
彼の温かい胸板が背中に当たる。
ドクン、と心臓が跳ねた。
「......ここで一人で」
「......ルナを育てていたんだな」
「......うん」
「......辛かっただろう」
「......辛かったわ」
「......でも、幸せでもあったのよ。ルナがいたから」
「......礼を言うのは俺の方だ」
彼が私を抱きしめる腕に力を込めた。
「......君とルナに再会できて」
「......俺は氷の中から救い出された」
「......俺は変われたんだ」
彼の胸の鼓動が早い。
私に伝わってくる。
「......アリア」
彼が私の髪に顔を埋める。
「......愛している」
(......あ)
五年前。
政略結婚だった私たちには、決して聞けなかった言葉。
今、こんなに真っ直ぐに私に伝えてくれる。
「......私もよ、カシウス」
「......愛してる」
彼が私を自分の方に向かせた。
月明かりに照らされた彼の青い瞳が、熱を帯びている。
彼の顔がゆっくりと近づいてくる。
私がそっと目を閉じた。
その瞬間。
ドンドン!
ドガァァン!
宿屋の一階のドアが、今にも壊れそうな勢いで叩かれた。
「「!」」
「......大変だー!」
「......誰か! アリアさんはいないか!」
「......騎士団様が! 森で魔獣に襲われた!」
「......怪我人が出てるんだ!」
(......魔獣!?)
私とカシウス様の甘い空気は、一瞬で吹き飛んだ。
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