『五年後、私を捨てたはずの「氷の公爵様」と再会しました。 ~隣にいるこの幼い娘が「貴方の娘です」とは、今更とても言えません~』

放浪人

文字の大きさ
57 / 60

第五十七話:世界で一番、幸せな準備

しおりを挟む
「......け、結婚式!?」

「......今度こそって......!」

 

 私は、カシウス様の突然の爆弾発言に固まってしまった。

 彼の腕の治療を終えたばかりだというのに。

 この人は何を言い出すの。

 

「......当然だろう?」

 

 カシウス様は、私が巻いた包帯を満足そうに眺めながら言った。

 

「......リーフェンでの新婚旅行(のつもり)は、魔獣のせいで台無しになった」

「......怪我もした」

「......だが、おかげで君の薬師としての腕前が改めて証明された」

 

 彼は立ち上がると、私をまっすぐに見つめた。

 

「......アリア」

「......俺の妻として、公爵夫人として」

「......そして、薬師アリアとして」

「......王都の全ての人間に君を紹介したい」

「......そのための式だ」

 

(......もう)

(......そんな真剣な顔で......)

 

 私の胸が熱くなった。

 五年前は、スパイとして追放された私が。

 今度は、彼の隣で胸を張って立てるなんて。

 

「......うん」

「......分かったわ、カシウス」

「......最高の結婚式にしましょう」

 

「......ああ!」

 

   ◇ ◇ ◇

 

 私たちは、リーフェンの街の人々に盛大に見送られ、王都へと凱旋した。

 カシウス様の腕の怪我は、私の特製薬のおかげで驚異的な回復を見せていた。

 公爵邸に戻ると、ヒルダが仁王立ちで待っていた。

 

「奥様!」

「カシウス様!」

「......お帰りなさいませ!」

 

(......あ、怒ってる)

(......ルナを置いて森に行ったこと)

 

「......ヒルダ。留守番ありがとう」

 

「......いいえ!」

 

 ヒルダは、カシウス様の腕の包帯を見て顔を青くした。

 

「......奥様! やはり私がお供すべきでした!」

「......カシウス様のお怪我......!」

「......このヒルダ、一生の不覚!」

 

(......そっち?)

(クスッ......)

 

「......それより、ヒルダ」

「......カシウス様が結婚式を挙げるって」

 

「「「......えええええええええ!?」」」

 

 ヒルダと、後ろに控えていた侍女たちの絶叫が重なった。

 その瞬間から。

 公爵邸はお祭り騒ぎになった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

「......結婚式! 二度目の結婚式ですわ!」

「......奥様!」

「......今度こそ世界で一番美しい花嫁にしてみせます!」

 

 ヒルダの目が炎のように燃えていた。

 (元)悪役の情熱は恐ろしい。

 

 それからの毎日は嵐のようだった。

 リーフェンに建設する薬草研究所の設計図の確認。

 (......カシウス様が王都にも本部を作ると言い出して、さらに大騒ぎになった)

 

 そして、結婚式の準備。

 

「......奥様! こちらのドレスはいかがです!?」

「......最高級のシルクですわ!」

「......こっちはレースがふんだんに......!」

 

 ヒルダが持ってくるドレスは、どれも豪華すぎて目が眩みそうだ。

 

「......うーん」

「......私はもっとシンプルな方が......」

 

「......ダメです!」

「......氷の公爵様の隣に立つには、これくらいでないと!」

 

(......もう、誰の結婚式なのよ)

 

 私がドレスの山に埋もれていると。

 コンコン、と控えめなノックの音がした。

 

「......アリア」

「......入るぞ」

 

 カシウス様だった。

 彼は、ドレス姿の私を見た瞬間。

 固まった。

 

「......」

 

「......どう? カシウス」

「......似合うかしら?」

 

 私が尋ねると。

 彼はゆっくりと私に近づいてきた。

 そして私の手を取り、その甲にキスを落とした。

 

「......アリア」

「......世界で一番美しい」

 

(......!)

(......きゅん!)

 

 私の顔がカッと熱くなる。

 この溺愛夫は本当に、サラリととんでもないことを言う。

 

「......カシウス様! 奥様!」

「......お二人とも、お熱すぎます!」

 

 ヒルダが泣きながらハンカチで目を押さえている。

 (......あなた、どっちの味方なのよ)

 

 カシウス様は、私のドレス選びを手伝うどころか。

 私を見つめてデレデレするばかり。

 

 世界一幸せな準備は、瞬く間に過ぎていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました

水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。 求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。 そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。 しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。 ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが…… ◆なろうにも掲載しています

処理中です...