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第五十八話:五年前の、忘れ物
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結婚式の前日。
私は、カシウス様にお願いをしていた。
「......一人で行かせてほしいの」
「......ダメだ」
即答だった。
(......やっぱり)
「......リーフェンの二の舞はごめんだ」
「......君が俺の目の届かないところへ行くのは許さん」
カシウス様は、私が街へ買い物に行くだけでも護衛をつけようとする。
(......心配性すぎなのよ)
「......違うわ、カシウス」
「......行きたいのはここよ」
私は窓から見える王都の一角を指差した。
私の実家。
エルグランド伯爵邸だ。
「......お父様......」
カシウス様の表情が和らいだ。
お父様には、結婚式の招待状をもちろん送っている。
『娘の晴れ姿を楽しみにしている』と返事も来ていた。
「......どうして一人で?」
「......五年前の忘れ物を取りに行きたいの」
「......忘れ物?」
私はコクリと頷いた。
「......お願い」
私がそう見つめると。
カシウス様は盛大に溜息をついた。
「......分かった」
「......ただし!」
「......屋敷の門の前まで、ゼノンをつける」
「......それでいいわね?」
「......ああ。ありがとう、カシウス」
(クスッ......)
(......やっぱり甘いわよね)
◇ ◇ ◇
私は一人で馬車に乗り込んだ。
ゼノン様が遠くから見守ってくれている。
懐かしい実家の門をくぐった。
「......お嬢様!」
「......お帰りなさいませ!」
古い執事が泣きながら出迎えてくれた。
屋敷の中は、カシウス様の援助のおかげで、すっかり綺麗になっていた。
「......お父様」
「......おお、アリアか」
お父様は書斎で私の昔のアルバムを見ていた。
「......明日か」
「......うん」
「......早いものだな」
「......お父様」
「......私、取りに来たの」
「......忘れ物?」
「......うん」
私はお父様に断って、自分の部屋へ向かった。
五年前、追放されたあの日。
何もかも置いていくしかなかった私の部屋。
ヒルダが屋敷の掃除をしてくれていたおかげで、埃っぽくはなかった。
私はベッドの下から小さな木箱を取り出した。
(......あった)
鍵を開ける。
中には。
一枚の色褪せた羊皮紙が入っていた。
それは。
五年前。
カシウス様と政略結婚した初夜。
彼が私に言った言葉。
『......君を妻として愛する努力はしよう』
『......だが、俺の心を期待するな』
あの冷たい言葉。
そして、その下に。
私が彼に言った言葉。
『......分かりました』
『......私も公爵夫人としての義務だけを果たします』
二人でサインした、冷たい「契約書」だった。
(......こんなもの)
(......まだ持ってたなんて)
◇ ◇ ◇
私はこの「忘れ物」を持って公爵邸に戻った。
夜。
主寝室。
ルナは明日のフラワーガールを楽しみに、ヒルダと眠っている。
「......カシウス」
「......おかえり、アリア」
「......忘れ物は見つかったか?」
「......うん」
私は彼の前にあの古い契約書を差し出した。
カシウス様はそれを見て息を飲んだ。
「......これは......」
「......五年前の私とあなたの契約書」
「......アリア......」
「......もう必要ないわよね?」
私がそう言うと。
カシウス様は何も言わなかった。
彼はその契約書を受け取ると、暖炉の炎に近づけた。
「......ああ」
「......必要ない」
炎が二人の冷たい過去を燃やしていく。
「......アリア」
彼は炎を見つめながら言った。
「......明日は新しい契約をしよう」
「......え?」
「......『アリアを世界で一番幸せにする』という契約だ」
「......俺がサインする」
(......きゅん)
(......ずるい)
私の目から涙がこぼれた。
明日はきっと、世界で一番幸せな日になる。
私は、カシウス様にお願いをしていた。
「......一人で行かせてほしいの」
「......ダメだ」
即答だった。
(......やっぱり)
「......リーフェンの二の舞はごめんだ」
「......君が俺の目の届かないところへ行くのは許さん」
カシウス様は、私が街へ買い物に行くだけでも護衛をつけようとする。
(......心配性すぎなのよ)
「......違うわ、カシウス」
「......行きたいのはここよ」
私は窓から見える王都の一角を指差した。
私の実家。
エルグランド伯爵邸だ。
「......お父様......」
カシウス様の表情が和らいだ。
お父様には、結婚式の招待状をもちろん送っている。
『娘の晴れ姿を楽しみにしている』と返事も来ていた。
「......どうして一人で?」
「......五年前の忘れ物を取りに行きたいの」
「......忘れ物?」
私はコクリと頷いた。
「......お願い」
私がそう見つめると。
カシウス様は盛大に溜息をついた。
「......分かった」
「......ただし!」
「......屋敷の門の前まで、ゼノンをつける」
「......それでいいわね?」
「......ああ。ありがとう、カシウス」
(クスッ......)
(......やっぱり甘いわよね)
◇ ◇ ◇
私は一人で馬車に乗り込んだ。
ゼノン様が遠くから見守ってくれている。
懐かしい実家の門をくぐった。
「......お嬢様!」
「......お帰りなさいませ!」
古い執事が泣きながら出迎えてくれた。
屋敷の中は、カシウス様の援助のおかげで、すっかり綺麗になっていた。
「......お父様」
「......おお、アリアか」
お父様は書斎で私の昔のアルバムを見ていた。
「......明日か」
「......うん」
「......早いものだな」
「......お父様」
「......私、取りに来たの」
「......忘れ物?」
「......うん」
私はお父様に断って、自分の部屋へ向かった。
五年前、追放されたあの日。
何もかも置いていくしかなかった私の部屋。
ヒルダが屋敷の掃除をしてくれていたおかげで、埃っぽくはなかった。
私はベッドの下から小さな木箱を取り出した。
(......あった)
鍵を開ける。
中には。
一枚の色褪せた羊皮紙が入っていた。
それは。
五年前。
カシウス様と政略結婚した初夜。
彼が私に言った言葉。
『......君を妻として愛する努力はしよう』
『......だが、俺の心を期待するな』
あの冷たい言葉。
そして、その下に。
私が彼に言った言葉。
『......分かりました』
『......私も公爵夫人としての義務だけを果たします』
二人でサインした、冷たい「契約書」だった。
(......こんなもの)
(......まだ持ってたなんて)
◇ ◇ ◇
私はこの「忘れ物」を持って公爵邸に戻った。
夜。
主寝室。
ルナは明日のフラワーガールを楽しみに、ヒルダと眠っている。
「......カシウス」
「......おかえり、アリア」
「......忘れ物は見つかったか?」
「......うん」
私は彼の前にあの古い契約書を差し出した。
カシウス様はそれを見て息を飲んだ。
「......これは......」
「......五年前の私とあなたの契約書」
「......アリア......」
「......もう必要ないわよね?」
私がそう言うと。
カシウス様は何も言わなかった。
彼はその契約書を受け取ると、暖炉の炎に近づけた。
「......ああ」
「......必要ない」
炎が二人の冷たい過去を燃やしていく。
「......アリア」
彼は炎を見つめながら言った。
「......明日は新しい契約をしよう」
「......え?」
「......『アリアを世界で一番幸せにする』という契約だ」
「......俺がサインする」
(......きゅん)
(......ずるい)
私の目から涙がこぼれた。
明日はきっと、世界で一番幸せな日になる。
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