『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

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第三章:獅子の覚醒

第26話 辺境の結束

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祭りの喧騒が嘘のように遠い。城壁の上は死の気配に満ちていた。左右から同時に迫る二本の毒の刃。その切っ先は私の命を刈り取るべく、正確に心臓と喉を狙っている。

絶体絶命。しかし私の心は不思議なほど冷静だった。戦場では常に死と隣り合わせだ。この程度の窮地は何度も経験してきた。

私は剣を抜かない。抜き打ちでは二つの刃を同時に捌くことは不可能だ。代わりに私は体を低く沈み込ませ、迫りくる刺客たちの足元を狙って思い切り足払いをかけた。

「なっ!?」

刺客の一人が体勢を崩した。その一瞬の隙を見逃さない。私は体勢を崩した男の腹に、全体重を乗せた強烈な蹴りを叩き込んだ。

ドゴォッ!

鈍い音と共に男の体がくの字に折れ曲がり、城壁の床を転がる。残る一人は私の予想外の動きに驚き、一瞬だけ動きを止めた。その刹那が命取りだった。

私はもう一人の刺客に向かって、懐から小さな革袋を投げつけた。

「目くらましだと!?」

刺客は咄嗟に腕で顔を庇う。革袋が破れ、中から飛び出したのは唐辛子と塩を混ぜた粉末だ。古典的だが効果は絶大。

「ぐあっ、目が、目があぁっ!」

男が顔を押さえて苦しみ悶える。その隙に私はようやく腰の銀薔薇の剣を抜き放った。そして一切の躊躇なく、もがく刺客の鳩尾に柄頭を叩き込む。

「がはっ……!」

短い悲鳴を上げて二人目の刺客もその場に崩れ落ちた。私が最初に蹴り飛ばした男が、よろめきながら立ち上がろうとしている。その手にはまだ毒の短剣が握られていた。

私はゆっくりと男に歩み寄る。私の瞳に一切の感情は浮かんでいなかった。

「……終わりよ」

冷たく言い放ち剣を振りかぶった、その時。

「ヴィクトリア様!」 「ご無事ですか!」

階下からコンラートと数名の騎士たちが駆け上がってきた。祭りの最中、城壁の上に不審な物音を聞きつけ様子を見に来てくれたのだ。

「コンラート……。ええ、私は大丈夫。それよりこの者たちを捕らえて」

騎士たちが素早く二人の刺客を取り押さえる。コンラートは私の足元に転がる毒の短剣を見て、顔面を蒼白にさせた。

「……暗殺者。まさか、このような卑劣な手を……」

彼の顔には私を守りきれなかったことへの深い後悔と、敵への激しい怒りが浮かんでいた。

「私の油断よ。あなたたちのせいではないわ」

私は彼をなだめ、捕らえた刺客の前に立った。目潰しを食らった男はまだ苦しんでいるが、最初に倒した男は憎しみのこもった目で私を睨みつけている。

「……リヒター宰相が差し向けたのね?」

男は答えない。ただ唾を吐きかけるだけだ。

「そう。まあ答えなくても分かっているわ。あの男ならこれくらい卑劣な真似は、平気でするでしょうから」

私はコンラートに向き直った。

「コンラート。この者たちを地下牢へ。それからこの一件を、他の辺境領主たちにも知らせなさい」

「……他の辺境領主に、ですか?」

コンラートは私の意図が分からず、怪訝な顔をした。

「ええ。ありのままを伝えるのよ。『王都の宰相は自らの意に沿わぬ者を、暗殺という手段で排除しようとしている』と。もちろん、この毒の短剣を証拠として添えなさい」

これはただの暗殺未遂事件ではない。私にとっては絶好の機会だった。王都との戦いにおいて他の辺境領主たちの動向は、常に私の懸念材料だった。彼らの多くはどちらにつくこともできず、日和見を決め込んでいる。

しかしこの事件を知ればどうだろうか。今日は私、明日は我が身。宰相のその非道で卑劣なやり方に、彼らは必ずや恐怖と危機感を抱くはずだ。

「……なるほど。敵の失策を逆手に取るのですね」

コンラートは、ようやく私の意図を理解し深く頷いた。

「さすがです、ヴィクトリア様。直ちに手配いたします」

その日のうちに私の名で書かれた密書が、最も信頼できる伝令たちによって各地の辺境領主の下へと届けられた。西の山岳地帯を守る実直なドナート辺境伯。南の湿地帯を治める老獪なオルセン辺境伯。そして北の雪原を支配する誇り高き女傑、ヒルデガルド辺境伯夫人。

彼らは皆、王都の中央集権化政策に不満を抱いていた者たちだ。密書を読んだ彼らの反応は、私の予想通りだった。数日後、彼らから次々と返書が届き始めたのだ。

その内容はどれも、宰相の卑劣な行いへの強い怒りと、そして私、ヴィクトリア・フォン・ローゼンベルクへの明確な支持を表明するものだった。

『宰相の暴挙、断じて許しがたい。我ら西部の民は、ローゼンベルク家と共にある』 『面白いことになった。あの狐じじいの喉元に、喰らいつく時が来たようじゃな』 『戦姫ヴィクトリア殿の覚悟、見事。このヒルデガルド、貴女の戦いに我が北の狼たちを馳せ参じさせよう』

辺境の結束。リヒター宰相が放った一本の毒の刃は、結果として今までバラバラだった辺境の領主たちを固い絆で結びつけることになったのだ。

地下牢の刺客は、結局何も語らぬまま自ら舌を噛み切って命を絶った。だが彼らが残したものはあまりにも大きかった。私の革命の炎は今やローゼンベルク領を越えて、王国全土へと燃え広がる準備を整えつつあった。

宰相はきっと今頃ほくそ笑んでいることだろう。私が死んだと思って。その愚かな男の絶望に歪む顔を見るのが、今から楽しみで仕方がなかった。
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