『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

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第四章:盤上の攻防

第32話 経済封鎖を打ち破れ

リヒター宰相の策は諜報活動だけではなかった。彼は軍事的な圧力と同時に、極めて陰湿な方法で我々を追い詰めようとしてきた。

経済封鎖。それこそが宰相が放った次なる一手だった。

「報告します!南の商業都市リューゲンが、我が領内への穀物の出荷を全面的に停止しました!」 「西の鉱山都市からも鉄鉱石の輸入が完全にストップしたとの報せが!」

城の評定の間には連日、悪い知らせばかりが舞い込んできた。宰相は王家の権威を盾に、ローゼンベルク領と古くから交易のあった親王都派の周辺領主たちに強い圧力をかけたのだ。『反逆者であるローゼンベルクと取引を続ける者は、同罪と見なす』と。

効果はてきめんだった。彼らは王家を敵に回すことを恐れ、次々と我々との交易を打ち切ってきた。このままでは兵士たちに十分な食料を与えることも、武器を作るための鉄を確保することも難しくなる。まさに兵糧攻め。戦う前に干上がらせようという、宰相の狡猾な狙いだった。

「くっ……!なんと卑劣な……!」

父が苦虫を噛み潰したような顔で唸る。評定の間に集まった家臣たちの顔にも焦りの色が浮かんでいた。

しかし私の表情は涼しいままだった。

「……皆、落ち着きなさい。この程度のことはとうに予測していましたわ」

私の落ち着き払った声に、皆はっとしたように私を見た。

「ヴィクトリア様。しかしこのままでは備蓄が底をつくのも時間の問題ですぞ!」

商人ギルドの長が悲痛な声を上げる。

「ええ、そうでしょうね。もし交易相手が彼らだけだったなら」

私は不敵に微笑むと、一枚の大きな地図を広げた。

「皆、忘れていませんか?我がローゼンベルクの西には、何があるのかを」

私が指し示したのは、隣国グリューネヴァルト王国との国境線だった。家臣たちはそこでようやく思い出した。私が冬の間にフリードリヒ王と交わした、秘密の条約のことを。

「……まさか!」

「そのまさかよ。グリューネヴァルト王国は今や私たちの友好国。宰相の圧力など全く意に介さないわ。私はすでにフリードリヒ王と話をつけてある。彼らの豊かな穀倉地帯から十分な食料を、そして北方の鉱山から良質な鉄鉱石を、秘密裏に融通してもらう約束をね」

「おおおっ……!」

評定の間にどよめきが起こった。絶望的な状況は、私のたった一言で完全に覆されたのだ。

「さらに彼らとの交易路を使えば、王都の支配が及ばない南方の自由都市連合とも繋がることができる。物資の心配はもう何もいらないわ」

私の先見の明に、家臣たちはもはや感嘆を通り越して畏敬の念を抱いているようだった。

「……だが私の考えは、それだけでは終わらない」

私は続けた。

「守るだけではつまらないでしょう?せっかくだから、宰相のこの経済封鎖、内側から切り崩して差し上げましょうか」

私は商人ギルドの長に向き直った。

「あなたに頼みたいことがあるの。王都で最も欲深い大商人を何人かリストアップしてちょうだい。そして私の使者として彼らに、こう伝えるのよ」

私は悪戯っぽく片目をつぶってみせた。

「――『ローゼンベルクは、グリューネヴァルト産の上質な鉄鉱石を、市場価格の半値でお譲りします』とね」

「は、半値ですと!?そ、そんなことをすれば大赤字では……!」

「いいのよ、それで。これは一時的な投資だから。宰相は今、王都中の鉄を独占し法外な値段で売りつけているはず。そこに私たちの安い鉄が流れ込めば、どうなると思う?」

ギルド長はごくりと喉を鳴らした。彼は商人だ。私の狙いがすぐに分かったのだろう。

「……王都の商人たちは間違いなく宰相を裏切り、我々の鉄に飛びつきます。そして王都の武器の価格は暴落し、宰相の経済基盤は、大打撃を受けることに……」

「そういうことよ。経済戦争は経済でやり返すのが、一番効果的なの」

数日後、私の計画は恐ろしいほどの効果を発揮した。王都の大商人たちは利益の前に宰相への忠誠などあっさりと捨て去った。彼らは秘密裏に我々と取引を開始し、ローゼンベルク産の安い鉄が王都の市場に大量に出回り始めたのだ。

宰相が築き上げた鉄の独占市場は、あっけなく崩壊した。彼は多大な経済的損失を被り、同時に商人たちの信頼をも失うことになった。

「はっはっは!見事、見事だ、ヴィクトリア!あの狐じじいの、苦虫を噛み潰したような顔が目に浮かぶようだわ!」

父が私の肩を叩き、豪快に笑う。経済封鎖は完全に打ち破られた。いや、それどころか私たちは逆に敵の経済に深刻なダメージを与えることに成功したのだ。

この一件で王国中の商人たちは理解しただろう。どちらについた方が、より大きな利益を得られるのかを。戦の趨勢はもはや戦場だけで決まるのではない。金と物の流れを支配した者が、最終的な勝者となるのだ。

そしてその流れは今、確実に私の方へと傾き始めていた。
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