偽聖女と蔑まれた私、実は【魔力鑑定EX】の持ち主でした~追放先で出会った無愛想な公爵様に見初められ、今更帰ってきて言われてももう遅いです

放浪人

文字の大きさ
7 / 32

第7話:魔の森の囁きと、黒い汚染

しおりを挟む
馬に揺られ、カイ様と数名の精鋭騎士と共に、私たちはミルン大森林の入り口に到着した。
森に一歩足を踏み入れた瞬間、空気ががらりと変わるのが分かった。
湿った土の匂いと、むせ返るような濃密な生命の気配。それは、王都の庭園とは全く違う、荒々しく、原初的な自然の息吹だった。

そして、私の瞳に視えるのは――。

「……これは、ひどい」

思わず、絶句した。

森を満たしているはずの、穏やかで優しい、生命の源たる緑色の自然魔力が、どす黒く、濁っている。
まるで、透き通った水に一滴ずつ、黒い毒を垂らしたかのように、あちこちで***紫黒色の魔力の澱み***が、まるで生きているかのように渦を巻いていた。

「どうした、アリア。何が視える」

隣を馬で進むカイ様が、私の異変に気付いて鋭く声をかける。

「森の魔力が、汚染されています。何者かが、意図的に、邪悪な魔力で森を汚しているようですわ」

「意図的に、だと?」

カイ様の声が、氷点下まで下がる。

「ええ。これは、自然に発生する魔力の乱れではありません。もっと悪質で、計画的なものです。まるで、大地そのものに毒を盛られたかのように、森が内側から蝕まれ、苦しんでいます。だから、森に住む獣や魔物たちが、その苦痛から逃れるために、狂暴化しているのです」

私の言葉に、同行していた騎士たちが息を呑み、ざわめいた。
「馬鹿な! 一体誰が、森そのものを害するような真似を……」
「このヴォルフガング領に、それほどの恨みを持つ者の仕業か……?」

カイ様は何も言わず、ただ静かに森の奥を見つめている。
その美しい青い瞳は、氷のように冷たく、けれどその奥では、自らの領地を汚されたことに対する、激しい怒りの炎が静かに燃え盛っていた。

「アリア、汚染の中心はどこだ。発生源を特定できるか」

「はい。このまま真っ直ぐ進んだ先……森の最深部。そこに、ひときわ強く、邪悪な魔力の渦を感じます。おそらく、古い遺跡のような場所ですわ」

「……よし。全員、警戒を怠るな。遺跡へ向かうぞ」

カイ様の号令一下、私たちは森の奥深くへと馬を進める。
進めば進むほど、森の汚染は濃くなっていく。木々は生気を失って枯れ、地面には不気味な模様の苔が広がり、不快な臭気が鼻をついた。

道中、何度も狂暴化した魔物に襲われた。
巨大な牙を持つ狼の群れ、硬い甲殻を持つ昆虫型の魔物。
けれど、その度にカイ様が、驚くほど精密に制御された氷の魔法で、的確に魔物を無力化していく。

「アイス・ジャベリン(氷の投槍)」
「フリーズ・バインド(氷結拘束)」

暴走していた頃のように、辺り一面を無差別に凍らせるような、無駄な力の行使は一切ない。
魔物の足だけを凍らせて動きを止めたり、鋭い氷の礫(つぶて)を寸分の狂いなく飛ばして急所だけを的確に狙ったり。
それは、この一週間、二人で血の滲むような努力を重ねてきた、紛れもない成果だった。

(すごい……)

彼の戦う姿を、初めて間近で見た。
その圧倒的な強さと、洗練された美しさ。
そして、彼が魔法を放つ瞬間、私の指示を完全に信頼しきった、力強い眼差し。
私は、ただただ見惚れるしかなかった。

やがて、私たちは森の最深部――古い遺跡にたどり着いた。
そこは、苔むした石造りの祭壇を中心とした、開けた場所だった。
そして、その中央に、それはあった。

「……あれは……魔法陣?」

地面に、不気味な紫色の光を放つ、巨大で複雑な魔法陣が描かれている。
森の魔力を汚染している、邪悪な力の源は、間違いなくこれだ。
魔法陣からは、絶えず黒い瘴気が立ち上り、周囲の空間を歪ませている。

「『魔力汚染陣(マナ・ポリューション)』か……。古代の禁術だぞ、なぜこんなものが……」
騎士の一人が、忌々しげに呟く。

こんなものを、一体誰が、何のために。
そう思った、その時だった。

「――ククク……よくぞたどり着いたな、氷の公爵」

遺跡の影から、ぬらり、と複数の人影が姿を現した。
全員が、顔を深くフードで隠した、黒いローブを身にまとっている。その数、十数名。
その中心に立つ、一際背の高い男が、私たちに向かって嘲るように言った。

「貴様らが来るのは、分かっていたぞ」

「……何者だ、貴様ら」
カイ様が、静かに剣の柄に手をかけながら問う。

「我らは、大いなるお方にお仕えする者。貴様らには、この森の魔物の餌となってもらう」

「大いなるお方、だと?」

男は、くつくつと喉を鳴らして笑う。

「クク……ヒントをやろう。我らが主は、それはそれは可憐で、美しい、***聖女様***だ。貴様らが無慈悲にも見捨てた、哀れな追放者の姉とは大違いのな!」

「……!」

聖女。姉。
その言葉が意味するものは、一つしかない。

(……リナ……!)

やはり、この事件の黒幕は、あの義理の妹だったのだ。
わざわざこんな辺境まで、私を追いかけてきたというのか。

「アリアを、どうするつもりだ」
カイ様の声の温度が、さらに数度、下がった。

「あの女の『瞳』は、聖女様が欲しがっておられる。我らは、まず貴様をここで始末し、その後、城に残っているはずのあの女を、丁重にお迎えする手はずになっているのだ」

やはり、私の【魔力鑑定EX】の力が目的だったのだ。
そして、私がこの場にいることには、まだ気づいていないらしい。

「下衆が」

カイ様が、一言、吐き捨てる。
次の瞬間、彼の全身から、凄まじい冷気が放たれた。

「貴様らのような塵芥に、アリアの髪一本、触れさせるものか」

その言葉は、静かだった。
けれど、そこに込められた怒りと独占欲は、何よりも雄弁に、彼の決意を物語っていた。

「ほざけ! やれ、者ども!」

リーダー格の男の号令と共に、黒装束の闇魔術師たちが、一斉に禍々しい呪文の詠唱を開始した。
カイ様と騎士たちも、剣を抜き、臨戦態勢に入る。

この、邪悪な魔法陣が輝く古代遺跡で、私たちの、絶望的な戦いの幕が、今、切って落とされた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

婚約破棄された悪役令嬢ですが、英雄にも聖女にもなりません

鷹 綾
恋愛
王太子からの婚約破棄。 悪役令嬢として断罪され、処刑エンド確定―― その瞬間、エレナは前世の記憶を思い出した。 ここは乙女ゲームの世界。 そして自分は、必ず破滅する“悪役令嬢”。 だが彼女は、復讐も、英雄になることも選ばなかった。 正義を掲げれば、いずれ誰かに利用され、切り捨てられると知っていたから。 エレナが選んだのは、 「正しさ」を振りかざさず、 「責任」を一人で背負わず、 明日も続く日常を作ること。 聖女にも、英雄にもならない。 それでも確かに、世界は静かに変わっていく。 派手なざまぁはない。 けれど、最後に残るのは―― 誰も処刑されず、誰か一人が犠牲にならない結末。 これは、 名前の残らない勝利を選んだ悪役令嬢の物語。

「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」 卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。 「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」 私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。

婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エレナは、 誕生日の舞踏会で突然、婚約破棄を宣言される。 「地味で役に立たない」と嘲笑され、 平民の少女を新たな婚約者に選ぶ王太子。 家族にも見放され、エレナは王都を追われることに――。 しかし彼女は、ただの“癒しの令嬢”ではなかった。 静かに力を蓄え、事実と証拠だけで王太子の虚飾を暴き、 自らの手で破滅へと導いていく。 復讐の果てに選んだのは、 誰かに与えられる地位でも、名誉でもない。 自分で選び取る、穏やかな幸せ。 これは、 婚約破棄された公爵令嬢が 王太子を終わらせたあと、 本当の人生を歩き出す物語。 -

「異常」と言われて追放された最強聖女、隣国で超チートな癒しの力で溺愛される〜前世は過労死した介護士、今度は幸せになります〜

赤紫
恋愛
 私、リリアナは前世で介護士として過労死した後、異世界で最強の癒しの力を持つ聖女に転生しました。でも完璧すぎる治療魔法を「異常」と恐れられ、婚約者の王太子から「君の力は危険だ」と婚約破棄されて魔獣の森に追放されてしまいます。  絶望の中で瀕死の隣国王子を救ったところ、「君は最高だ!」と初めて私の力を称賛してくれました。新天地では「真の聖女」と呼ばれ、前世の介護経験も活かして疫病を根絶!魔獣との共存も実現して、国民の皆さんから「ありがとう!」の声をたくさんいただきました。  そんな時、私を捨てた元の国で災いが起こり、「戻ってきて」と懇願されたけれど——「私を捨てた国には用はありません」。  今度こそ私は、私を理解してくれる人たちと本当の幸せを掴みます!

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

追放令嬢の発酵工房 ~味覚を失った氷の辺境伯様が、私の『味噌スープ』で魔力回復(と溺愛)を始めました~

メルファン
恋愛
「貴様のような『腐敗令嬢』は王都に不要だ!」 公爵令嬢アリアは、前世の記憶を活かした「発酵・醸造」だけが生きがいの、少し変わった令嬢でした。 しかし、その趣味を「酸っぱい匂いだ」と婚約者の王太子殿下に忌避され、卒業パーティーの場で、派手な「聖女」を隣に置いた彼から婚約破棄と「北の辺境」への追放を言い渡されてしまいます。 「(北の辺境……! なんて素晴らしい響きでしょう!)」 王都の軟水と生ぬるい気候に満足できなかったアリアにとって、厳しい寒さとミネラル豊富な硬水が手に入る辺境は、むしろ最高の『仕込み』ができる夢の土地。 愛する『麹菌』だけをドレスに忍ばせ、彼女は喜んで追放を受け入れます。 辺境の廃墟でさっそく「発酵生活」を始めたアリア。 三週間かけて仕込んだ『味噌もどき』で「命のスープ」を味わっていると、氷のように美しい、しかし「生」の活力を一切感じさせない謎の男性と出会います。 「それを……私に、飲ませろ」 彼こそが、領地を守る呪いの代償で「味覚」を失い、生きる気力も魔力も枯渇しかけていた「氷の辺境伯」カシウスでした。 アリアのスープを一口飲んだ瞬間、カシウスの舌に、失われたはずの「味」が蘇ります。 「味が、する……!」 それは、彼の枯渇した魔力を湧き上がらせる、唯一の「命の味」でした。 「頼む、君の作ったあの『茶色いスープ』がないと、私は戦えない。君ごと私の城に来てくれ」 「腐敗」と捨てられた令嬢の地味な才能が、最強の辺境伯の「生きる意味」となる。 一方、アリアという「本物の活力源」を失った王都では、謎の「気力減退病」が蔓延し始めており……? 追放令嬢が、発酵と菌への愛だけで、氷の辺境伯様の胃袋と魔力(と心)を掴み取り、溺愛されるまでを描く、大逆転・発酵グルメロマンス!

【完結】幽霊令嬢は追放先で聖地を創り、隣国の皇太子に愛される〜私を捨てた祖国はもう手遅れです〜

遠野エン
恋愛
セレスティア伯爵家の長女フィーナは、生まれつき強大すぎる魔力を制御できず、常に体から生命力ごと魔力が漏れ出すという原因不明の症状に苦しんでいた。そのせいで慢性的な体調不良に陥り『幽霊令嬢』『出来損ない』と蔑まれ、父、母、そして聖女と謳われる妹イリス、さらには専属侍女からも虐げられる日々を送っていた。 晩餐会で婚約者であるエリオット王国・王太子アッシュから「欠陥品」と罵られ、公衆の面前で婚約を破棄される。アッシュは新たな婚約者に妹イリスを選び、フィーナを魔力の枯渇した不毛の大地『グランフェルド』へ追放することを宣言する。しかし、死地へ送られるフィーナは絶望しなかった。むしろ長年の苦しみから解放されたように晴れやかな気持ちで追放を受け入れる。 グランフェルドへ向かう道中、あれほど彼女を苦しめていた体調不良が嘘のように快復していくことに気づく。追放先で出会った青年ロイエルと共に土地を蘇らせようと奮闘する一方で、王国では異変が次々と起き始め………。

処理中です...