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第13話:王国からの使者、愚者の後悔
夜会での一件は、翼が生えたかのように、あっという間に城中に、そして領内へと広まっていた。
『氷の公爵様が、あの追放された令嬢を溺愛している』
『公爵様は、彼女を侮辱したバーンズ伯爵家を、夜会の席で一喝されたそうだ』
『なんでも、その令嬢は、公爵様にとって唯一無二の、それはそれは大切な方らしい』
城の使用人たちが、遠巻きに私を見ては、畏敬と好奇の入り混じった眼差しで、ひそひそと噂話に花を咲かせているのが分かる。
昨日まで私に向けられていた憐れみの視線は、どこにもなかった。
(……居心地が悪い……というより、なんだか、むず痒いわね)
カイの、あのあまりにも堂々とした所有物宣言。
思い出すだけで、顔から火が出そうだ。
自室で一人、ため息をついていると、ゼバスさんが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「アリア様! 大変でございます!」
「どうしたのですか、ゼバスさん。そんなに慌てて」
「お、王国からの正式な使者団が、城門の前まで……! そして、使節団を率いておられるのは……エドワード王太子殿下、ご本人でございます!」
「……!」
ついに、来たか。
父からの手紙を無視したのだから、当然の対応だろう。けれど、まさか王太子自らが出向いてくるとは。
「カイは?」
「すでに、謁見の間でお待ちです。アリア様も、と……」
「分かりましたわ。すぐに向かいます」
覚悟を決めて、謁見の間へ向かう。
衛兵が重厚な扉を開けると、そこには、玉座にふんぞり返るように座るカイと、その前に、見慣れた金色の髪の男が立っていた。
「……エドワード殿下」
私の元婚約者、エドワード・フォン・クライネルト王太子その人だった。
彼の隣には、近衛騎士団の者たちが数名、緊張した面持ちで控えている。
「アリア! 無事だったか!」
エドワード様は、私の姿を見るなり、安堵したような、それでいて少し気まずそうな、複雑な表情で駆け寄ってきた。
「……何の御用でしょうか、王太子殿下」
私は一歩も動かず、氷のように冷ややかな視線で彼を見つめる。
その、かつてないほどの冷たい態度に、エドワード様は一瞬、怯んだようだった。
「な、何のだ……? 君を、迎えに来たに決まっているだろう!」
「お断りしますわ」
「なっ!?」
私の、間髪入れぬ即答に、エドワード様は絶句した。
「アリア、君は自分が何を言っているのか分かっているのか!? 僕は、君を許すと、そう言っているんだ! リナを虐げた罪は、この僕が不問にしてやろう! だから、一緒に王都へ帰るんだ!」
なんて、身勝手で、傲慢な言い分だろう。
まるで、私が悪いことをした前提で、それを寛大にも許してやるとでも言いたげだ。
この人は、根本的に、何も分かっていない。
(本当に、救いようのない、愚かな人)
怒りを通り越して、呆れてしまう。
「待て」
その時、玉座に座っていたカイが、地を這うような低い声で制した。
「彼女は帰らないと、そう言ったはずだ。王太子殿下ともあろうお方が、人の言葉が理解できないとでも?」
「ヴォルフガング公爵……! 貴様、王太子であるこの僕に向かって、なんという口の利き方を!」
「ここは、俺の城だ。俺の法が、王国の法に優先する。そして、彼女の意思こそが、この城の、絶対の法だ」
カイは、エドワード様を、虫けらでも見るかのように冷たく見下ろす。
その絶対的な王者の威圧感に、エドワード様はぐっと言葉を詰まらせた。
「アリア、頼む! 帰ってきてくれ! 君の力が必要なんだ!」
エドワード様は、今度は情に訴えかける作戦に出たらしい。
その顔は、必死そのものだ。
「……リナが、リナの聖なる力が、暴走しているんだ! もはや、誰にも止められない! このままでは、王国が……! 王国が、滅んでしまう!」
「……それで?」
私は、心の温度を一切乗せずに、問い返した。
「それが、私に何の関係がございますの? 聖女様は、リナなのでしょう? 私のような『偽りの聖女』に、一体何ができると、お思いで?」
「そ、それは……君なら、何か、方法を知っているかもしれないだろう!」
「存じませんわ。それに、たとえ知っていたとしても、あなた方にお教えする義理は、ございません」
きっぱりとした私の拒絶に、エドワード様は顔を歪ませる。
そして、その矛先をカイに向けた。
「ヴォルフガント公爵! 貴様が、アリアを唆したのか! 彼女を人質に、王国を脅すつもりか!」
「人聞きの悪いことを言うな」
カイは、玉座からゆっくりと立ち上がった。
その巨体が、エドワード様の前に、重圧となってのしかかる。
「俺はただ、貴様らがその価値も知らずに、泥の中に捨てた***至宝***を、拾って、磨いて、大切にしているだけだ」
「至宝、だと……?」
「そうだ。彼女は、万物の魔力を視る、唯一無二の瞳を持つ。お前たちが、その本当の価値も知らずに捨てた、国宝級の魔力鑑定士だ」
カイの言葉に、エドワード様の顔が、みるみるうちに血の気を失っていく。
ようやく、自分が何を手放してしまったのか、その重大さの片鱗に気づいたのだろう。
「そん、な……魔力鑑定……? アリア、本当なのか……?」
「今更ですわね」
私は、ふ、と嘲笑を浮かべた。
ずっと、心の奥底に溜め込んでいた想いが、言葉になって溢れ出す。
「あなたがたは、私の言葉など、一度たりとも信じようとはしませんでしたわ。リナの嘘と、偽りの涙だけを信じ、私を断罪し、追放した。その結果が、これです」
私は、エドワード様を真っ直ぐに見据えた。
「私は、もう二度と、あなたたちの元へは戻りません。私の居場所は、ここ。カイの隣です」
私の、揺るぎない決意表明。
それを聞いたカイが、満足そうに、私の肩を力強く抱き寄せた。
「……話は、それだけか? ならば、失せろ。これ以上、俺の城の、アリアのいる空気を汚すな」
絶対王者の、宣告。
エドワード様は、わなわなと唇を震わせ、悔しそうに、そして羨ましそうに、私とカイを睨みつけた。
「……覚えていろ……! アリア、必ず、必ず連れ戻しに来るからな!」
負け犬の遠吠えを残し、彼は騎士たちと共に、逃げるように謁見の間を去っていった。
嵐が、去った。
けれど、これはきっと、序章に過ぎない。
エド-ワ-ド様が、このまま大人しく引き下がるとは、到底思えなかった。
『氷の公爵様が、あの追放された令嬢を溺愛している』
『公爵様は、彼女を侮辱したバーンズ伯爵家を、夜会の席で一喝されたそうだ』
『なんでも、その令嬢は、公爵様にとって唯一無二の、それはそれは大切な方らしい』
城の使用人たちが、遠巻きに私を見ては、畏敬と好奇の入り混じった眼差しで、ひそひそと噂話に花を咲かせているのが分かる。
昨日まで私に向けられていた憐れみの視線は、どこにもなかった。
(……居心地が悪い……というより、なんだか、むず痒いわね)
カイの、あのあまりにも堂々とした所有物宣言。
思い出すだけで、顔から火が出そうだ。
自室で一人、ため息をついていると、ゼバスさんが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「アリア様! 大変でございます!」
「どうしたのですか、ゼバスさん。そんなに慌てて」
「お、王国からの正式な使者団が、城門の前まで……! そして、使節団を率いておられるのは……エドワード王太子殿下、ご本人でございます!」
「……!」
ついに、来たか。
父からの手紙を無視したのだから、当然の対応だろう。けれど、まさか王太子自らが出向いてくるとは。
「カイは?」
「すでに、謁見の間でお待ちです。アリア様も、と……」
「分かりましたわ。すぐに向かいます」
覚悟を決めて、謁見の間へ向かう。
衛兵が重厚な扉を開けると、そこには、玉座にふんぞり返るように座るカイと、その前に、見慣れた金色の髪の男が立っていた。
「……エドワード殿下」
私の元婚約者、エドワード・フォン・クライネルト王太子その人だった。
彼の隣には、近衛騎士団の者たちが数名、緊張した面持ちで控えている。
「アリア! 無事だったか!」
エドワード様は、私の姿を見るなり、安堵したような、それでいて少し気まずそうな、複雑な表情で駆け寄ってきた。
「……何の御用でしょうか、王太子殿下」
私は一歩も動かず、氷のように冷ややかな視線で彼を見つめる。
その、かつてないほどの冷たい態度に、エドワード様は一瞬、怯んだようだった。
「な、何のだ……? 君を、迎えに来たに決まっているだろう!」
「お断りしますわ」
「なっ!?」
私の、間髪入れぬ即答に、エドワード様は絶句した。
「アリア、君は自分が何を言っているのか分かっているのか!? 僕は、君を許すと、そう言っているんだ! リナを虐げた罪は、この僕が不問にしてやろう! だから、一緒に王都へ帰るんだ!」
なんて、身勝手で、傲慢な言い分だろう。
まるで、私が悪いことをした前提で、それを寛大にも許してやるとでも言いたげだ。
この人は、根本的に、何も分かっていない。
(本当に、救いようのない、愚かな人)
怒りを通り越して、呆れてしまう。
「待て」
その時、玉座に座っていたカイが、地を這うような低い声で制した。
「彼女は帰らないと、そう言ったはずだ。王太子殿下ともあろうお方が、人の言葉が理解できないとでも?」
「ヴォルフガング公爵……! 貴様、王太子であるこの僕に向かって、なんという口の利き方を!」
「ここは、俺の城だ。俺の法が、王国の法に優先する。そして、彼女の意思こそが、この城の、絶対の法だ」
カイは、エドワード様を、虫けらでも見るかのように冷たく見下ろす。
その絶対的な王者の威圧感に、エドワード様はぐっと言葉を詰まらせた。
「アリア、頼む! 帰ってきてくれ! 君の力が必要なんだ!」
エドワード様は、今度は情に訴えかける作戦に出たらしい。
その顔は、必死そのものだ。
「……リナが、リナの聖なる力が、暴走しているんだ! もはや、誰にも止められない! このままでは、王国が……! 王国が、滅んでしまう!」
「……それで?」
私は、心の温度を一切乗せずに、問い返した。
「それが、私に何の関係がございますの? 聖女様は、リナなのでしょう? 私のような『偽りの聖女』に、一体何ができると、お思いで?」
「そ、それは……君なら、何か、方法を知っているかもしれないだろう!」
「存じませんわ。それに、たとえ知っていたとしても、あなた方にお教えする義理は、ございません」
きっぱりとした私の拒絶に、エドワード様は顔を歪ませる。
そして、その矛先をカイに向けた。
「ヴォルフガント公爵! 貴様が、アリアを唆したのか! 彼女を人質に、王国を脅すつもりか!」
「人聞きの悪いことを言うな」
カイは、玉座からゆっくりと立ち上がった。
その巨体が、エドワード様の前に、重圧となってのしかかる。
「俺はただ、貴様らがその価値も知らずに、泥の中に捨てた***至宝***を、拾って、磨いて、大切にしているだけだ」
「至宝、だと……?」
「そうだ。彼女は、万物の魔力を視る、唯一無二の瞳を持つ。お前たちが、その本当の価値も知らずに捨てた、国宝級の魔力鑑定士だ」
カイの言葉に、エドワード様の顔が、みるみるうちに血の気を失っていく。
ようやく、自分が何を手放してしまったのか、その重大さの片鱗に気づいたのだろう。
「そん、な……魔力鑑定……? アリア、本当なのか……?」
「今更ですわね」
私は、ふ、と嘲笑を浮かべた。
ずっと、心の奥底に溜め込んでいた想いが、言葉になって溢れ出す。
「あなたがたは、私の言葉など、一度たりとも信じようとはしませんでしたわ。リナの嘘と、偽りの涙だけを信じ、私を断罪し、追放した。その結果が、これです」
私は、エドワード様を真っ直ぐに見据えた。
「私は、もう二度と、あなたたちの元へは戻りません。私の居場所は、ここ。カイの隣です」
私の、揺るぎない決意表明。
それを聞いたカイが、満足そうに、私の肩を力強く抱き寄せた。
「……話は、それだけか? ならば、失せろ。これ以上、俺の城の、アリアのいる空気を汚すな」
絶対王者の、宣告。
エドワード様は、わなわなと唇を震わせ、悔しそうに、そして羨ましそうに、私とカイを睨みつけた。
「……覚えていろ……! アリア、必ず、必ず連れ戻しに来るからな!」
負け犬の遠吠えを残し、彼は騎士たちと共に、逃げるように謁見の間を去っていった。
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