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第14話:守られる温かさと、芽吹く決意
エドワード王太子が去った後、謁見の間には重い沈黙が流れた。
カイに抱かれたままの私の肩に、彼の大きな手が、ぽん、と優しく置かれる。
「……怖かったか」
「いいえ。カイが、そばにいてくださいましたから」
私がそう答えると、彼は少しだけ、照れくさそうに視線を逸らした。
「それよりも、カイ……王国と、本当に、事を構えることになってしまいませんか?」
私のせいで、このヴォルフガント公爵領と、王国との間に、修復不可能な亀裂が入ってしまうのではないか。
それが、一番の心配だった。
「案ずるな」
カイは、私の懸念を一笑に付した。
「元より、現国王とはそりが合わん。あの愚鈍な王太子は、それ以上に話にならん。遅かれ早かれ、こうなっていただけのことだ」
「ですが……」
「それに、言ったはずだ。お前を守る、と。国が相手だろうと、神が相手だろうと、関係ない。お前を傷つけようとする者は、俺がすべて排除する」
彼の言葉は、あまりにも力強く、頼もしい。
その真っ直ぐな瞳に見つめられると、私の心の中の不安の靄が、すうっと晴れていくようだった。
「……ありがとうございます」
私がそう言うと、カイは、私の頭を、くしゃり、と優しく撫でた。
その手つきは、不器用で、けれど、とても、とても優しい。
「それより、アリア」
「はい?」
「先ほどの言葉……『私の居場所は、カイの隣だ』と。……あれは、本心か?」
彼は、少しだけ、不安そうな声で尋ねた。
まるで、子供が、答え合わせを求めるかのように。
その問いに、私の胸が、きゅっと甘く締め付けられる。
私は、あの時、確かに本心からそう言った。
でも、それはどういう意味で……。
「……もちろんですわ」
私は、彼の青い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「追放された私を拾い、私の力を認め、私に新しい居場所をくださったのは、カイです。このご恩は、一生忘れません」
「……恩、か」
カイの表情が、わずかに、本当にわずかに、曇ったように見えた。
彼が求めているのは、そんな答えじゃない。
そんなことは、分かっていた。
でも、今の私には、それ以上の言葉を、この胸に芽生えたばかりの、熱い想いを、口にする勇気がなかった。
公爵様と、ただの追放者。
その、あまりにも大きな身分の差が、重く、重く、のしかかる。
「……そうか。ならば、いい」
彼は、それ以上は何も言わず、私を謁見の間から解放してくれた。
「疲れただろう。今日はもう休め。王国の連中が、また何か仕掛けてくるかもしれん。城の警備は、俺が強化させておく」
自室に戻り、一人になると、どっと疲れが押し寄せてきた。
エドワード様との対峙は、思った以上に精神をすり減らしていたらしい。
ベッドに倒れ込むと、先ほどのカイの顔が、脳裏に浮かんで離れない。
私の言葉を聞いた時の、少しだけ、寂しそうな顔。
(私は、どうしたいんだろう……)
カイへの想いは、日に日に、私の中で大きく育っていく。
それはもう、感謝や尊敬だけでは説明のつかない、熱くて、苦しい感情。
でも、それを伝えてしまったら?
私たちの、この心地よい関係は、変わってしまうのだろうか。
この、温かい居場所を、失ってしまうことになったら……。
そう思うと、怖い。
(……臆病ね、私は)
かつて、王都では、自分の気持ちを押し殺して、偽りの仮面を被って生きてきた。
その癖が、まだ、抜けきらないのかもしれない。
ふと、カイのことが、もっと知りたくなった。
彼が抱える、あの深い孤独の理由。
時折、悪夢にうなされているように、苦しげな寝息を立てていること。
一人でいる時、彼の母親の形見だという、古びた懐中時計を、悲しげな目で見つめていること。
私は、ただ、彼に守られているだけでは、嫌だ。
私も、彼の力になりたい。
彼の、凍てついた心の奥にある、本当の痛みを、癒してあげたい。
そのために、私は、もっと強くならなければ。
彼の隣に、ただの「守られるべき存在」としてではなく、対等な「パートナー」として立つために。
窓の外に目をやると、空は美しい夕焼けに染まっていた。
あの空のように、私の心も、いつか晴れ渡る日が来るのだろうか。
今はまだ、答えは出せない。
でも、一つだけ確かなことがある。
私は、何があっても、カイの隣にいたい。
彼を守る力に、なりたい。
その、芽生えたばかりの決意を胸に、私は、そっと目を閉じた。
カイに抱かれたままの私の肩に、彼の大きな手が、ぽん、と優しく置かれる。
「……怖かったか」
「いいえ。カイが、そばにいてくださいましたから」
私がそう答えると、彼は少しだけ、照れくさそうに視線を逸らした。
「それよりも、カイ……王国と、本当に、事を構えることになってしまいませんか?」
私のせいで、このヴォルフガント公爵領と、王国との間に、修復不可能な亀裂が入ってしまうのではないか。
それが、一番の心配だった。
「案ずるな」
カイは、私の懸念を一笑に付した。
「元より、現国王とはそりが合わん。あの愚鈍な王太子は、それ以上に話にならん。遅かれ早かれ、こうなっていただけのことだ」
「ですが……」
「それに、言ったはずだ。お前を守る、と。国が相手だろうと、神が相手だろうと、関係ない。お前を傷つけようとする者は、俺がすべて排除する」
彼の言葉は、あまりにも力強く、頼もしい。
その真っ直ぐな瞳に見つめられると、私の心の中の不安の靄が、すうっと晴れていくようだった。
「……ありがとうございます」
私がそう言うと、カイは、私の頭を、くしゃり、と優しく撫でた。
その手つきは、不器用で、けれど、とても、とても優しい。
「それより、アリア」
「はい?」
「先ほどの言葉……『私の居場所は、カイの隣だ』と。……あれは、本心か?」
彼は、少しだけ、不安そうな声で尋ねた。
まるで、子供が、答え合わせを求めるかのように。
その問いに、私の胸が、きゅっと甘く締め付けられる。
私は、あの時、確かに本心からそう言った。
でも、それはどういう意味で……。
「……もちろんですわ」
私は、彼の青い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「追放された私を拾い、私の力を認め、私に新しい居場所をくださったのは、カイです。このご恩は、一生忘れません」
「……恩、か」
カイの表情が、わずかに、本当にわずかに、曇ったように見えた。
彼が求めているのは、そんな答えじゃない。
そんなことは、分かっていた。
でも、今の私には、それ以上の言葉を、この胸に芽生えたばかりの、熱い想いを、口にする勇気がなかった。
公爵様と、ただの追放者。
その、あまりにも大きな身分の差が、重く、重く、のしかかる。
「……そうか。ならば、いい」
彼は、それ以上は何も言わず、私を謁見の間から解放してくれた。
「疲れただろう。今日はもう休め。王国の連中が、また何か仕掛けてくるかもしれん。城の警備は、俺が強化させておく」
自室に戻り、一人になると、どっと疲れが押し寄せてきた。
エドワード様との対峙は、思った以上に精神をすり減らしていたらしい。
ベッドに倒れ込むと、先ほどのカイの顔が、脳裏に浮かんで離れない。
私の言葉を聞いた時の、少しだけ、寂しそうな顔。
(私は、どうしたいんだろう……)
カイへの想いは、日に日に、私の中で大きく育っていく。
それはもう、感謝や尊敬だけでは説明のつかない、熱くて、苦しい感情。
でも、それを伝えてしまったら?
私たちの、この心地よい関係は、変わってしまうのだろうか。
この、温かい居場所を、失ってしまうことになったら……。
そう思うと、怖い。
(……臆病ね、私は)
かつて、王都では、自分の気持ちを押し殺して、偽りの仮面を被って生きてきた。
その癖が、まだ、抜けきらないのかもしれない。
ふと、カイのことが、もっと知りたくなった。
彼が抱える、あの深い孤独の理由。
時折、悪夢にうなされているように、苦しげな寝息を立てていること。
一人でいる時、彼の母親の形見だという、古びた懐中時計を、悲しげな目で見つめていること。
私は、ただ、彼に守られているだけでは、嫌だ。
私も、彼の力になりたい。
彼の、凍てついた心の奥にある、本当の痛みを、癒してあげたい。
そのために、私は、もっと強くならなければ。
彼の隣に、ただの「守られるべき存在」としてではなく、対等な「パートナー」として立つために。
窓の外に目をやると、空は美しい夕焼けに染まっていた。
あの空のように、私の心も、いつか晴れ渡る日が来るのだろうか。
今はまだ、答えは出せない。
でも、一つだけ確かなことがある。
私は、何があっても、カイの隣にいたい。
彼を守る力に、なりたい。
その、芽生えたばかりの決意を胸に、私は、そっと目を閉じた。
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