『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人

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第十四話「王都へ:悪役令嬢の再登壇」

王宮の夜会上がりの馬車寄せは、色とりどりのドレスを纏った貴婦人や、正装した紳士たちで溢れかえっていた。 煌びやかなシャンデリアの光が漏れ出し、音楽の調べが風に乗って聞こえてくる。 かつて、私が「未来の王太子妃」として、そして最後には「悪役令嬢」として断罪され、追放された場所。

「……到着いたしました、奥様」

御者の声と共に、重厚な扉が開かれる。 私は深呼吸を一つし、黒革の手袋をはめた左手で、胸元のペンダントを握りしめた。 大丈夫。今の私には、守るべきものがある。そして、守ってくれる人の想いもある。

「さあ、参りましょう」

私は子供たちを促し、馬車を降りた。

その瞬間、周囲の視線が一斉に私たちに突き刺さった。 ざわめきが波のように広がる。

「あれは……グレイフ公爵夫人?」 「噂の悪役令嬢、クラリスだわ」 「まあ、なんて冷ややかな美貌。やはり噂通り、北の地で魔女のようになったのかしら」 「見て、後ろの子供たちを。可哀想に、きっと怯えているのよ」

扇子で口元を隠した貴婦人たちが、好き勝手なことを囁き合う。 「怯えている」? いいえ、よくご覧なさい。

私の後ろに続くアルフォンス様は、十歳とは思えないほど堂々と背筋を伸ばし、周囲の視線に臆することなく歩いている。 ミレイユ様は、私のドレスの裾を軽く掴みつつも、その顎をツンと上げ、失礼な視線を送ってくる大人たちを睨み返している。 ノア様は、私の左手をしっかりと握り、好奇心と緊張がない交ぜになった瞳でキョロキョロしているけれど、決して泣いてはいない。

私たちは、誰にも恥じることのない「家族」として、レッドカーペットの上を進んだ。

会場の入り口で、儀典官が声を張り上げる。

「グレイフ公爵夫人、クラリス様! ならびに、ご子息アルフォンス様、ミレイユ様、ノア様、ご入場!」

重い扉がゆっくりと開く。 光の洪水。 数百人の貴族たちが集う大広間へ、私たちは足を踏み入れた。

瞬間、音楽が止まったかのような静寂が落ちた。 全員の目が、一点に集中する。

私は紺碧のベルベットのドレスを翻し、優雅にカーテシーをした。 子供たちも、練習通り完璧な礼をする。

「……ごきげんよう、皆様」

私の声が、静寂に響き渡った。 その瞬間、空気が割れたように再びざわめきが戻った。 だが、その質は先ほどまでの嘲笑とは少し違っていた。

「……美しい」 「あんなに洗練されていたか?」 「子供たちの服、見たことのないデザインだわ。北方の流行りかしら?」 「それに、なんだか……凛としているな」

予想外の反応に戸惑う声。 ボロボロの服を着せられ、痩せこけた子供たちを連れた、ヒステリックな継母。 そんな期待外れの姿を見せられなかったことが、彼らを困惑させているのだ。

「行きましょう。まずは主賓への挨拶です」

私は子供たちに小声で告げ、会場の最奥、玉座の間へと進んだ。 そこには、この夜会の主催者であり、私をここに呼び出した張本人たちが待ち構えていた。

王太子ルドルフ。 金髪碧眼の、絵に描いたような王子様。 そしてその隣には、純白のドレスに身を包み、儚げに微笑むリディア男爵令嬢。

彼らは私たちを見ると、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「よく来たな、クラリス。遠路はるばる、ご苦労だった」

ルドルフ殿下が、尊大な態度で手招きする。 私はその前まで進み、深く頭を下げた。

「お招きにあずかり、光栄に存じます。王太子殿下、リディア様」

「ふん。北方の田舎暮らしで、礼儀作法も忘れたかと思っていたが……どうやら、まだ貴族の皮を被っているようだな」

殿下は鼻で笑い、私の全身を舐めるように見た。

「それにしても、ずいぶんと痩せたんじゃないか? やはり、あの寒々しい土地は君には過酷すぎたようだ」

「ご心配には及びません。領地の経営と、子育てに忙しくしておりましたので。充実した日々を過ごしております」

私が毅然と答えると、殿下は面白くなさそうに眉を寄せた。 彼が期待していたのは、「辛いです、助けてください」と泣きつく私の姿だったのだろう。

その時、リディア様が一歩前に出た。 彼女は涙で潤んだ瞳を、演技たっぷりに子供たちへと向けた。

「まあ……可哀想な子供たち。こんなに緊張して……」

彼女はハンカチで目元を押さえながら、猫なで声で言った。

「怖かったでしょう? 王都までの長い旅、無理やり連れてこられて……。お腹は空いていない? 寒くはない?」

まるで、私が彼らを誘拐でもしてきたかのような言い草だ。 ミレイユ様がムッとして口を開きかけたが、私は目で制した。 まだ、その時ではない。

「リディア様。子供たちは私の家族です。家族旅行を楽しんでまいりましたわ」

「家族旅行? ふふ、ご冗談を。継母と継子が、そんなに仲良くなれるはずがありませんもの」

リディア様は小首を傾げ、毒を含んだ笑みを浮かべる。

「だって、あなたは『悪役令嬢』ですもの。自分のことしか愛せないあなたが、他人の子供を愛せるわけがないわ」

周囲の貴族たちが、クスクスと笑う。 そうだ、これが彼らのシナリオだ。 私が何を言っても、「嘘つきの悪女」として処理される。

その時、ルドルフ殿下が不意に私に近づき、耳元で囁いた。

「……強がるな、クラリス」

「はい?」

「本当は辛いのだろう? 愛のない政略結婚。冷徹な氷の公爵。そして、懐かない連れ子たち。……君のプライドが悲鳴を上げているのが聞こえるよ」

殿下は、哀れむような、それでいてどこか粘着質な視線を私に向けた。 香水の匂いが鼻につく。 レオンハルト様の、あの冬の風のような清冽な香りとは大違いだ。

「僕なら、君を救ってやれる」

殿下の言葉に、私は耳を疑った。

「……救う、とは?」

「戻ってこい、と言っているんだ。もちろん、正妃としては無理だが……側室としてなら、置いてやらないこともない」

殿下はニヤリと笑った。

「リディアは心が広いからね。君のような罪深い女でも、侍女のように扱ってくれるだろう。そうすれば、あの寒くて寂しい北の地から解放される。どうだ? 悪い話じゃないだろう」

吐き気がした。 この人は、何を言っているのだろう。 私を捨て、公衆の面前で恥をかかせ、家を追い出したくせに。 今さら「救ってやる」? それも「側室」か「侍女」として? 私のことを、どこまで愚弄すれば気が済むのか。

怒りで体が震えそうになった時、左手の感覚が私を現実に引き戻した。 黒革の手袋。 内側の柔らかな毛皮の感触と、微かな魔力の温もり。 レオンハルト様の言葉が蘇る。

『君はグレイフ公爵の妻だ』

そう。私は誰かの情けで生きる側室ではない。 北方の守護者、グレイフ公爵の誇り高き妻だ。

私はすっと顔を上げ、殿下を真っ直ぐに見据えた。

「――お断りいたします」

私のきっぱりとした拒絶に、殿下の顔が凍りついた。

「……なんだと?」

「私は、今の生活に満足しております。夫であるレオンハルト様を愛しておりますし、子供たちとも心を通わせております。王都に戻るつもりなど、微塵もございません」

「愛しているだと? あの氷の塊をか?」

「ええ。殿下には見えないかもしれませんが、あの方は氷のように清らかで、そして春の日差しのように温かい方です」

私は左手を胸に当て、誇らしげに言った。 手袋の魔石が、呼応するようにほんのりと熱を持つ。

「それに、あの方は私を『唯一の妻』として尊重してくださいます。側室などという中途半端な立場ではなく」

これは痛烈な皮肉だった。 リディア様を正妃に迎えながら、元婚約者に粉をかけるような不誠実な男とは違う、と。

「き、貴様……!」

殿下の顔が真っ赤になる。 プライドを傷つけられた男の怒りは、醜いものだ。

「そこまで言うなら、証明してもらおうか!」

殿下が声を荒げた、その時だった。 横にいたリディア様が、突然「きゃあっ!」と悲鳴を上げた。

何事かと視線を向けると、リディア様が床にへたり込み、怯えたようにノア様を指差していた。 ノア様は、ただポカンとして立っているだけだ。

「こ、怖い……! あの子、私を睨んだわ!」

「は?」

「やはり、噂通りね! クラリス様、あなた、子供たちに何を教え込んだの!? 『王都の人間は敵だ』って? それとも『隙あらば危害を加えろ』って!?」

リディア様は大粒の涙を流し、周囲に聞こえるような大声で叫んだ。

「可哀想な子供たち! 継母に洗脳されて、こんなに心を歪められてしまうなんて!」

会場がざわつく。 「洗脳?」「やはり虐待か」「子供を使って王家を攻撃しようとは」 根拠のない憶測が、瞬く間に「真実」として伝播していく。

「違う! ノアは何もしていない!」

アルフォンス様が叫んで前に出ようとする。 しかし、衛兵たちが槍を構えて行く手を阻んだ。 子供たちが包囲される。

「見ろ、この凶暴性を!」

殿下が勝ち誇ったように叫ぶ。

「やはり調査報告は正しかったか。クラリス、お前は子供たちを愛してなどいない。自分の復讐の道具として利用しているだけだ!」

殿下は壇上から私を見下ろし、冷酷な宣告を下した。

「よって、グレイフ公爵家の子供たちは、王家が一時的に保護する! 虐待の事実が解明されるまで、お前から引き離す!」

「なっ……!?」

私の頭の中が真っ白になった。 保護という名の拉致。 レオンハルト様が不在の今、子供たちを奪われれば、私は何もできない。

「連れて行け!」

殿下の命令で、衛兵たちが子供たちに掴みかかろうとする。

「いやだ! はなせ!」 「お母様! 助けて!」 「ママ……!」

ノア様の叫び声が、私の理性を焼き切った。 私はドレスの裾を蹴り上げ、衛兵の前に立ちはだかった。

「――お触れにならないで!!」

私の叫びと共に、左手の手袋から強烈な魔力が迸った。 バチチチッ! 紫電のような光が弾け、衛兵たちが弾き飛ばされる。 レオンハルト様が込めてくれた、防御の魔法が発動したのだ。

「うわぁっ!」 「な、なんだ!?」

会場はパニックに陥る。 私はその隙に、三人の子供たちを背中に庇い、扇子を広げて構えた。

「この子たちは渡しません。誰がなんと言おうと、私が母親です!」

呼吸が荒くなる。心臓が痛いほど脈打つ。 完全に包囲された。 夫はいない。味方はいない。 四面楚歌の状況。

それでも、私は逃げない。 背中にしがみつく小さな手の温もりが、私に無限の勇気をくれるから。

「……やってくれたな、クラリス」

殿下が、憎悪に歪んだ顔で低く唸る。

「王宮での魔法行使は重罪だ。これで言い逃れはできないぞ。……捕らえろ! 女は地下牢へ、子供たちは別室へ!」

「誰か、誰か助けて……!」

リディア様が嘘泣きを続ける中、数え切れないほどの衛兵が、剣を抜いて迫ってくる。 絶体絶命。

その時だった。

「……おやめなさい」

凛とした、しかし老齢の威厳に満ちた声が響いた。 群衆が割れる。 現れたのは、誰もが予想していなかった人物だった。

「公爵家の内輪揉めに、王家がそこまで介入するなど、いささか品位に欠けるのではありませんか? ルドルフ殿下」

杖をつき、ゆっくりと歩み出てきたのは、レオンハルト様の伯母にして、王宮でも一目置かれる実力者、ヴィルヘルミナ夫人だった。 ……味方? いいえ、彼女の目は笑っていなかった。 私を見るその瞳は、品定めをするように冷たく、そして鋭かった。

「私の可愛い甥っ子の留守に、嫁が何をしでかしたのか……まずは私が、じっくりと聞かせてもらいましょうか」

新たな「敵」か、それとも「審判者」か。 事態は、私の予想を超えた方向へと転がり落ちていった。

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