捨てた側が後悔する頃、私は甘やかされてます ~断罪イベント? 祝杯です。冷徹公爵が最速で囲い込みに来ました~

放浪人

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第十四話 王宮へ凱旋、悪役令嬢は笑って入城

「準備はいいか、レティシア」

鏡の前。 クロード様の声に、私はゆっくりと振り返った。

そこには、かつての「地味で事務的な悪役令嬢」の姿はどこにもなかった。

今、私が身に纏っているのは、夜空を切り取ったかのような深いミッドナイトブルーのドレスだ。 生地には微細なダイヤモンドダストが織り込まれ、動くたびに星々が瞬くように煌めく。 胸元には、アルヴァレス公爵家の象徴である大粒の琥珀石のネックレス。 そして髪は、王宮時代のようにひっつめたまとめ髪ではなく、緩やかなウェーブを描いて下ろされ、真珠の髪飾りで彩られている。

「……どうでしょうか、クロード様。派手すぎませんか?」

私が少し不安げに尋ねると、クロード様は感嘆のため息をつき、私の手を取って跪いた。

「美しい。言葉にするのも惜しいほどだ」

彼は私の手の甲に口づけを落とす。

「これはただのドレスではない。君の無実と誇りを証明するための『戦闘服』だ。君がただ立っているだけで、誰が真の勝者であるか、誰もが理解するだろう」

「……ふふ、大げさですね」

「事実だ。さあ、行こう。王宮という名の戦場が、君の凱旋を待っている」

クロード様のエスコートを受け、私はしっかりと前を見据えた。 一ヶ月前、泥を塗られて追い出されたあの場所へ。 今度は、胸を張って戻るのだ。

          ◇

王宮の正門前には、すでに多くの馬車が列をなしていた。 今回の「公開調査会」は、建前上は王太子と宰相補佐の対立を解消するためのものだが、実質的には貴族たちにとって格好の「見世物」だ。 野次馬根性丸出しの貴族たちが、我先にと会場へ詰めかけている。

私たちの馬車が到着すると、門番が慌てて敬礼し、最優先で道を空けた。 漆黒の車体に金色の紋章。アルヴァレス公爵家の馬車は、王族に次ぐ権威を持つ。

馬車が止まり、扉が開かれる。 クロード様が先に降り、私に手を差し伸べる。

その手が触れ合い、私が地面に降り立った瞬間。 ざわざわと騒がしかった周囲が、水を打ったように静まり返った。

「……あれが、レティシア嬢?」 「なんて美しい……」 「以前の彼女とはまるで別人だわ」 「隣にいる公爵様をご覧になって。あんなに優しげな表情、初めて見たぞ」

聞こえてくるのは、嘲笑や悪口ではない。 純粋な驚きと、称賛の声だ。 セシリアが広めてくれた「溺愛の噂」と、ミレイユ様の「レティシア様は優しかった」という証言が、すでに彼らの認識を書き換えていたのだ。

私は背筋を伸ばし、扇子を開いた。 かつては、この道を歩くとき、いつも書類の束を抱えて下を向いていた。 すれ違う人々に「邪魔だ」と言われないよう、壁際を歩いていた。

でも今は違う。 王国の実力者であるクロード様が、私の腰に手を回し、堂々と中央を歩かせてくれる。

「顔を上げろ、レティシア。君は何も恥じることはない」

耳元で囁かれる声に勇気をもらい、私は貴族たちに優雅に微笑みかけた。

「ごきげんよう、皆様」

たった一言。 それだけで、貴族たちが「はっ」と息を呑み、次々と頭を下げていく。 それは、王太子妃候補だった頃ですら向けられなかった、心からの敬意(と、少しの畏怖)だった。

          ◇

会場となる大広間は、すでに満員だった。 中央には演台が置かれ、その奥には国王陛下が座る玉座がある。 左右には陪審員席のような形で、高位貴族たちが並んで座っていた。

私とクロード様が入場すると、再び会場がどよめいた。 私たちは指定された席――前回、私が断罪された場所と同じ中央――には座らず、堂々と最前列の貴賓席へと向かった。

「……おい、そこは被告人の席ではないぞ」

誰かが小声で言ったが、クロード様が一瞥すると、その声は瞬時に消えた。 私たちは優雅に腰を下ろし、従者が運んできた紅茶(もちろん持ち込みだ)を一口啜った。

「さて。主役の登場を待つとしようか」

クロード様が懐中時計を確認した直後。 反対側の扉が開き、リオネル王太子が入場してきた。

「う……」

会場の空気が、微妙に凍りつく。 現れたリオネル殿下の姿は、あまりにも痛々しかった。

かつての輝くような金髪はツヤを失い、目の下には濃いクマができている。 豪華な礼服を着ているが、痩せたせいでサイズが合っておらず、どこか貧相に見えた。 後ろに続く側近たちも、皆一様に顔色が悪い。

「……レティシア」

リオネル殿下は、会場に入った瞬間、私を見つけた。 そして、その目が大きく見開かれた。

私の姿を、頭のてっぺんからつま先まで舐めるように凝視する。 その瞳に浮かんだのは、憎しみでも怒りでもなく――強烈な「執着」と「後悔」の色だった。

(……何?)

嫌な予感がした。 彼はふらふらと、自分の席ではなく、私の方へと歩いてきたのだ。 会場がざわめく。

「で、殿下! お席はこちらです!」

側近が止めようとするが、殿下はそれを振り払った。 そして、私の目の前まで来ると、信じられない言葉を口にした。

「……綺麗だ」

「は?」

「見違えたぞ、レティシア。そうか、お前は着飾れば、そんなにも美しかったのか」

リオネル殿下は、うっとりとした表情で手を伸ばそうとした。 もちろん、その手は空中で見えない壁に阻まれた。 クロード様が、にこりともせずに結界を展開したのだ。

「……私の婚約者に、気安く触れないでいただきたい」

「クロード、邪魔をするな!」

リオネル殿下は苛立ちを露わにし、私に向かって叫んだ。

「レティシア! お前も意地を張るのはやめろ! 分かっているんだぞ。こんな派手な格好をしてきたのは、私の気を引くためだろう?」

「……はい?」

あまりの解釈の違いに、私は扇子を取り落としそうになった。

「私が悪かった。ミレイユのことばかり構って、お前が寂しがっているのに気づいてやれなかった。女というのは、嫉妬すると可愛げがなくなるものだからな」

彼は勝手に頷き、自信満々に胸を張った。

「だが、今日のその姿を見て思い直した。お前にはまだ、王太子妃としての価値がある。……許してやろう、レティシア」

会場中が静まり返る。 誰もが「この人、何を言っているの?」という顔をしている。

「戻ってこい。クロードとの婚約など、余興はもう十分だろう? 今なら、私の側室……いや、努力次第では正妃に戻すことも考えてやらんこともない」

上から目線。 どこまでも自己中心的で、現状が見えていない発言。 一ヶ月前なら、私はこれを聞いて傷ついたかもしれない。 「どうして分かってくれないの」と泣いたかもしれない。

でも、今は。

(……滑稽だわ)

心に湧いたのは、冷ややかな感情だけだった。 隣を見ると、クロード様が「こいつを今すぐ消し炭にしてもいいか?」という目で私に許可を求めている。 私はそっと彼の手を握り、首を横に振った。 ここで暴力を振るっては、こちらの負けだ。

私は立ち上がり、リオネル殿下を真っ直ぐに見据えた。

「殿下。……夢を見ていらっしゃるのですか?」

「な、なんだと?」

「私は貴方の気を引くために着飾ったのではありません。今の婚約者であるクロード様に、ふさわしい女性であるために装ったのです」

私はクロード様の腕に手を添え、幸せそうに微笑んでみせた。

「それに、『戻れ』と仰いますが……お断りします。私は今、人生で一番幸せですので」

「し、幸せだと……? 王太子の婚約者という地位よりもか!?」

「ええ。地位や名誉よりも、温かい紅茶と、私の言葉を信じてくれるパートナーの方が、ずっと価値がありますから」

きっぱりと言い切った私に、リオネル殿下は言葉を失い、顔を赤くして震え出した。 プライドをへし折られた男の顔だ。

「き、貴様……! 後悔するぞ! 今日の調査会で、貴様の罪をすべて暴いてやる! 泣いて縋ってももう遅いからな!」

「望むところです。……正々堂々、真実を明らかにしましょう」

私が言い返すと同時に、ファンファーレが鳴り響いた。 国王陛下の入室を告げる合図だ。

「国王陛下、ご入室!」

全員が起立し、頭を下げる。 威厳ある足取りで現れた国王陛下は、玉座に着くと、鋭い眼光で私たち――特に、情けなく立ち尽くす息子を一瞥した。

「……これより、王太子リオネルと宰相補佐クロードの対立に関する調査会を始める。双方、言い分があるなら述べよ」

陛下の重々しい声が響く。 リオネル殿下は慌てて自分の席に戻り、憎々しげに私を睨みつけた。

いよいよ始まる。 これが最後の戦いだ。 私は隣のクロード様を見上げた。彼は不敵な笑みを浮かべ、手元の記録水晶を愛おしそうに撫でている。

「さあ、始めようかレティシア。……最高のショータイムだ」

「はい、クロード様」

私たちは視線を合わせ、深く頷き合った。 かつての「悪役令嬢」はもういない。 ここにいるのは、最強の魔術師に愛され、自らの足で立つ一人の女性だ。

さあ、殿下。 貴方の知らない「真実」の数々を、ここですべて精算させていただきます。

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