捨てた側が後悔する頃、私は甘やかされてます ~断罪イベント? 祝杯です。冷徹公爵が最速で囲い込みに来ました~

放浪人

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第二十三話 最終裁定前夜、乙女の武装

「きゃあぁぁっ! 素敵! 素敵すぎるわレティシア!」

アルヴァレス公爵邸の客間。 私の親友であるセシリアの歓声が、高い天井に響き渡った。 彼女は私の左手――薬指に光る『月長石』の指輪を掴んで離そうとしない。

「なんて神秘的な輝き……! それに、あのクロード様が『機能性』より『情緒』を選んだですって? 愛だわ、これこそ真実の愛の結晶よ!」

「もう、セシリアったら。声が大きいのよ」

私は照れくさくて指を引っ込めようとしたが、セシリアの興奮は収まらない。 今日は明日の『最終裁定』、そして明後日のパレードに向けて、衣装合わせのために彼女を呼んだのだ。 情報通でお洒落な彼女のアドバイスは、何より頼りになる。

「でも、本当によかった。……あの泥沼の婚約破棄から一ヶ月ちょっとで、こんな幸せな報告が聞けるなんて」

セシリアが涙ぐみながら微笑む。 その言葉に、私も胸が温かくなる。 確かに、激動の一ヶ月だった。でも、今の私はもう、誰かの顔色をうかがって生きる『都合のいい女』ではない。

「ありがとう、セシリア。貴女が噂を広めてくれたおかげでもあるわ」

「ふふ、お安い御用よ。……さて! 感傷に浸るのはここまで。明日は大事な『最終裁定』の日よ。元婚約者たちに引導を渡す、最後の大舞台なんだから」

セシリアの目が、キリッと戦士のように鋭くなる。

「レティシア。貴女に必要なのは、彼らが二度と顔を上げられないほどの『圧倒的な美』よ。言葉で責める必要すらない。ただそこに立っているだけで、彼らが自分の愚かさを自覚して絶望するような……そんな『武装』が必要ね」

「武装、ね」

「そうよ。ドレスは乙女の鎧、宝石は剣よ。さあ、クロード様が用意したという『弾薬』を見せてもらいましょうか」

私が合図をすると、エマと数人のメイドたちが、恭しくワゴンを押して入ってきた。 そこには、明日のために仕立てられたドレスがかけられている。

「……うわぁ」

セシリアが絶句した。 無理もない。そこにあったのは、ドレスという概念を超えた、一種の芸術品だったからだ。

生地は、最高級のシルクを幾重にも重ねた純白。 しかし、ただの白ではない。 見る角度によって、淡いプラチナゴールドや、透き通るようなシルバーに色が変化する特殊な織り方がされている。 裾には、微細なダイヤモンドと真珠が、まるで朝露のように縫い付けられていた。

「こ、これは……『光の精霊布』? 伝説級の素材じゃない!」

「旦那様が、『彼女の無垢さと高貴さを表現するには、これ以外にない』と仰って、大陸中の商人を走らせて入手されました」

エマが誇らしげに解説する。 さらに、ワゴンにはそれに合わせるための宝飾品セットも並べられていた。 ティアラ、ネックレス、イヤリング。すべてが、私の瞳の色に合わせたアクアマリンとダイヤモンドで統一されている。

「……やりすぎだわ。これ、国宝級よ?」

「ええ。私も最初は『重すぎて首が折れます』と断ったのだけれど、クロード様が『重力軽減の魔法をかけたから羽より軽い』って……」

「あの方の発想、相変わらず斜め上ね……」

セシリアは呆れつつも、ドレスを手に取った。

「でも、悔しいけど最高だわ。これを着て法廷に立てば、誰も貴女に石なんて投げられない。むしろ拝みだすレベルよ」

「拝まれても困るのだけど……」

「いいえ、拝ませるのよ! さあ、着替えてみて。明日のリハーサルよ!」

          ◇

一時間後。 エマとセシリアの手によって、私は完璧に磨き上げられていた。

鏡の中に映るのは、自分でも見惚れるほどの姿だった。 純白とプラチナのドレスは、私の肌をより白く、透明感のあるものに見せている。 髪は複雑に編み込まれ、小さな花と真珠が散りばめられている。 メイクは控えめだが、目元の意志の強さを強調するように引かれたラインが、凛とした印象を与えていた。

「……完璧」

セシリアが溜息をつく。

「これなら、リオネル殿下も腰を抜かすわね。『逃した魚』が大きすぎて、ショック死しないか心配なくらいよ」

「ふふ、それは困るわ。ちゃんと罪を償ってもらわないと」

私は鏡の中の自分に向かって微笑んだ。 かつて、地味で可愛げがないと言われた私。 でも、愛してくれる人がいれば、魔法のドレスがあれば、人は変われる。 これは、私自身の自信を取り戻すための儀式でもあった。

「さあ、お嬢様。旦那様がお待ちですよ」

エマに促され、私は部屋を出た。 一階のホールでは、クロード様が待っているはずだ。

          ◇

大階段の上。 私は手すりに手をかけ、下を見下ろした。

ホールのシャンデリアの下、クロード様が立っていた。 彼もまた、明日のための正装――純白の軍服風の礼服に身を包んでいる。 いつもの黒も似合うけれど、白を着た彼は、まさに物語に出てくる王子様そのものだった。

「……クロード様」

私が声をかけると、彼がゆっくりと顔を上げた。 そして、私を見た瞬間。 彼の動きが止まった。

息を呑む音が、距離があっても聞こえた気がした。 彼は瞬きもせず、ただ私を凝視している。 その表情は、いつもの冷静な鉄仮面ではない。 驚きと、感動と、そして燃えるような熱情が入り混じった、無防備な顔だった。

私はゆっくりと階段を降りていく。 ヒールの音が、静かなホールに響く。 最後の一段を降り、彼の目の前に立つと、ようやく彼が口を開いた。

「……綺麗だ」

絞り出すような、掠れた声だった。

「想像を超えている。……私の見立てに間違いはなかったが、素材の良さが、装飾の美しさを凌駕している」

「素材……つまり、私自身のことですか?」

「当然だ。どんな宝石も、君の瞳の輝きには勝てない」

クロード様は私の手を取り、跪いてその甲に唇を寄せた。 その仕草があまりにも様になっていて、周囲にいた使用人たちが「きゃあ!」と口を押さえて身悶えしているのが気配で分かる。

「明日の裁定……君を連れて行くのが惜しくなった」

「えっ?」

「こんな美しい姿を、あの愚かな男たちに見せるなど。……嫉妬で会場を爆破してしまいそうだ」

彼は真顔で物騒なことを言い出した。 しかも、目が本気だ。

「だ、ダメですよ。明日で全て終わらせるのでしょう?」

「分かっている。……だが、約束してくれ」

彼は立ち上がり、私の腰に手を回して引き寄せた。

「会場では、絶対に他の男に微笑みかけるな。法務官だろうと、陛下だろうとだ。君の笑顔は、私だけの特権だ」

「……相変わらず、独占欲がお強いですね」

「君が魅力的すぎるのが悪い。……これ以上、私を狂わせないでくれ」

甘い溜息とともに、彼の額が私の額に触れる。 その距離の近さに、心臓が高鳴る。 明日は「戦い」の日だというのに、この人の腕の中にいると、そんな緊張感もどこかへ溶けていってしまう。

「大丈夫です、クロード様。私の目には、貴方しか映っていませんから」

私が囁くと、彼は満足げに微笑み、私の髪に口づけを落とした。

「……よし。その言葉を待っていた」

彼は顔を上げ、凛とした表情に戻った。

「行こう、レティシア。明日は私たちの未来を勝ち取る日だ。君のその美しさで、正義を証明してくれ」

「はい!」

私は力強く頷いた。 ドレスという鎧を纏い、愛という剣を持った今の私は、無敵だ。 かつての婚約者、そして私を陥れようとした全ての人々へ。 覚悟なさい。 明日は、最高に美しく、最高に残酷な「お別れ」をしに行きますから。

こうして、嵐の前の静けさと、甘いときめきに包まれた夜が更けていった。

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