悪役令嬢ですが、二度目は無能で通します……なので執事は黙っててください

放浪人

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第8話 白夜領の門

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十日間の旅の果てに、私たちは「白夜領」に到着した。
馬車を降りた瞬間、鼻孔を突いたのは、凍りついた空気の匂いだった。
ツンとする鋭い冷気。
そして、その奥に混じる、湿った古い木材とカビの匂い。

「これが、別邸……」

目の前にそびえるのは、石造りの古めかしい屋敷だった。
かつては公爵家の威光を示していただろう装飾も、今は風雪に削られ、角が取れて丸くなっている。
窓のいくつかは板で打ち付けられ、まるで盲目の巨人がうずくまっているようだ。

門の前には、数人の使用人が出迎えに出ていた。
彼らは厚着をして身を縮こまらせ、私を値踏みするような目で見ている。

「ようこそおいでくださいました、リディア様」

屋敷の管理を任されているという中年の男が、頭を下げる。
だが、その目は笑っていなかった。
『厄介なのが来た』
『王都で失敗したお嬢様だろ?』
そんな心の声が聞こえてくるようだ。

屋敷の中に入ると、外よりも空気は淀(よど)んでいた。
広いエントランスホールは薄暗く、埃(ほこり)っぽい。
床板を歩くたびに、ギシギシと悲鳴のような音が響く。
冷たい。
石造りの壁が冷気を溜め込んでいて、暖房が効いていないのだ。

以前の私なら、即座に指示を飛ばしていただろう。
『掃除がなっていないわ。窓を開けて空気を入れ替えて。暖炉の薪を増やして、部屋を温めるように』
だが、私はそれを飲み込んだ。
有能な主人は、ここでは求められていない。
私はただの、無能でわがままな居候でいいのだ。

「……寒いわ」

私は短く呟き、肩を震わせてみせた。

「暖炉をつけて。私の部屋だけでいいから」

「は?」

管理人が怪訝な顔をする。
屋敷全体ではなく、自分の部屋だけ? という疑問がありありと浮かぶ。
自分勝手な令嬢だと思われれば、それで正解だ。

「聞こえなかったの? 疲れているの。部屋に案内して」

私は説明を拒絶し、管理人から目を逸らす。
管理人は鼻を鳴らし、「……かしこまりました」と不服そうに答えた。
これでいい。
彼らの信頼を得る必要はない。期待されなければ、失望されることもないのだから。

案内された部屋に向かおうとした時、背後でボソボソと話す声が聞こえた。
若いメイドの声だ。

「ねえ、湯屋のこと、報告しなくていいの?」
「いいだろ、どうせ何もできないお嬢様だ。言ったって騒ぐだけさ」

湯屋。
この領地の生命線とも言える施設だ。
それがどうかしたのか?
気になったが、私は立ち止まらなかった。
聞かなかったふりをして、冷たい階段を上る。

部屋に入り、扉が閉まる瞬間、レージが私の耳元で囁いた。

「湯屋のボイラーが故障しているようです。村の者も困っているとか」

「……ふーん」

私は興味なさげに返事をして、ベッドに倒れ込んだ。
冷たいシーツの感触が顔に張り付く。

湯屋が壊れている?
この極寒の地で、湯が使えないということは、衛生状態が悪化し、病が蔓延するということだ。
放っておけば、死人が出るかもしれない。

(でも、私は無能よ。直せるわけがない)

拳を握りしめる。
知ってしまった事実が、胸の奥で棘(とげ)のようにチクチクと痛む。
私はその痛みを無視して、目を閉じた。
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