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第10話 村長の条件
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(視点:村長グレン)
乾いた風の音が、荒野を吹き抜けていく。
わしは湯屋の入り口で、去っていく豪奢な馬車を見送っていた。
「……信じられん」
呟いた声が、風に消える。
あの公爵令嬢、リディア・アルノー。
王都から追い出されたという噂の、無能でわがままな小娘。
そう聞いていた。
だが、現実はどうだ。
彼女が「汚いから変えろ」と喚(わめ)いたおかげで、死んでいたボイラーが息を吹き返した。
ただの偶然か? それとも、あの気まぐれな指差しには意味があったのか?
「村長、湯が……湯が出たぞ!」
「ああ、わかってる」
村人たちが歓声を上げて湯船に湯を溜め始めている。
その熱気が、凍りついていた村の空気を少しだけ溶かしていくのがわかった。
だが、わしは手放しで喜べない。
貴族というのは、気まぐれで与え、気まぐれで奪う生き物だ。
かつて、前の領主代行もそうだった。
甘い言葉で税を上げ、冬が来れば自分だけ王都へ逃げ帰った。
「失礼します」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、あの黒衣の執事が立っていた。
レージとか言ったか。
雪の上に立っているのに、足跡ひとつ乱れていない。
笑顔を貼り付けているが、その目は笑っていない。底冷えするような瞳だ。
「我が主、リディア様より伝言がございます」
「……なんだ、金でも要求する気か?」
「いいえ。湯屋の修理費は公爵家が持ちます。その代わり、村で備蓄している食料と薪の半分を屋敷に納めていただきたい」
「半分だと!?」
わしは声を荒らげた。
この冬を越すためのギリギリの量しかない。それを奪われれば、村人が飢える。
「無理だ。そんなことをすれば、子供たちが死ぬ」
「そうですか。では、湯屋の燃料費は今後、村で全額負担していただきます。あのボイラーを維持するには、莫大な石炭が必要ですが」
執事は涼しい顔で脅しをかけてくる。
湯屋が止まれば病気で死ぬ。食料を渡せば飢えて死ぬ。
究極の二択を突きつけられ、わしは歯ぎしりをした。
「……ただし」
執事が指を一本立てる。
「納めていただいた食料を使って、屋敷の厨房で炊き出しを行います。村人も自由に利用して構いません。薪も、屋敷の暖房だけでなく、湯屋の維持に使います」
「……なんだと?」
それでは、屋敷が得をするどころか、手間が増えるだけではないか。
食料を一箇所に集め、効率よく管理・分配する。
それは、村全体を一つの「家」として運用する提案だった。
「リディア様は、ご自分の食事の質が落ちるのを嫌がりますので。村の粗末な管理で腐らせるより、プロの料理人が管理した方がマシだ、と」
執事は事もなげに言う。
だが、その提案が「村人を救う」ためのものであることは明白だった。
あのわがまま令嬢が、そこまで考えたというのか?
「……試しているのか、わしらを」
「さあ。主はただ、快適に過ごしたいだけです。……それで、契約していただけますね?」
執事の圧に押され、わしは頷くしかなかった。
信じるにはまだ早い。
だが、この男と、あの令嬢の背中には、何か今までの貴族とは違う「覚悟」のようなものが見えた気がした。
その時だ。
遠くの山の方から、鐘の音が聞こえてきた。
カン、カン、カン!
非常事態を告げる早鐘だ。
「なんだ!?」
「採掘場の方ですね」
執事の目が、スッと細められる。
その鋭さは、獲物を見つけた猛禽類(もうきんるい)のようだった。
白夜領の静寂が、音を立てて崩れ始めていた。
乾いた風の音が、荒野を吹き抜けていく。
わしは湯屋の入り口で、去っていく豪奢な馬車を見送っていた。
「……信じられん」
呟いた声が、風に消える。
あの公爵令嬢、リディア・アルノー。
王都から追い出されたという噂の、無能でわがままな小娘。
そう聞いていた。
だが、現実はどうだ。
彼女が「汚いから変えろ」と喚(わめ)いたおかげで、死んでいたボイラーが息を吹き返した。
ただの偶然か? それとも、あの気まぐれな指差しには意味があったのか?
「村長、湯が……湯が出たぞ!」
「ああ、わかってる」
村人たちが歓声を上げて湯船に湯を溜め始めている。
その熱気が、凍りついていた村の空気を少しだけ溶かしていくのがわかった。
だが、わしは手放しで喜べない。
貴族というのは、気まぐれで与え、気まぐれで奪う生き物だ。
かつて、前の領主代行もそうだった。
甘い言葉で税を上げ、冬が来れば自分だけ王都へ逃げ帰った。
「失礼します」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、あの黒衣の執事が立っていた。
レージとか言ったか。
雪の上に立っているのに、足跡ひとつ乱れていない。
笑顔を貼り付けているが、その目は笑っていない。底冷えするような瞳だ。
「我が主、リディア様より伝言がございます」
「……なんだ、金でも要求する気か?」
「いいえ。湯屋の修理費は公爵家が持ちます。その代わり、村で備蓄している食料と薪の半分を屋敷に納めていただきたい」
「半分だと!?」
わしは声を荒らげた。
この冬を越すためのギリギリの量しかない。それを奪われれば、村人が飢える。
「無理だ。そんなことをすれば、子供たちが死ぬ」
「そうですか。では、湯屋の燃料費は今後、村で全額負担していただきます。あのボイラーを維持するには、莫大な石炭が必要ですが」
執事は涼しい顔で脅しをかけてくる。
湯屋が止まれば病気で死ぬ。食料を渡せば飢えて死ぬ。
究極の二択を突きつけられ、わしは歯ぎしりをした。
「……ただし」
執事が指を一本立てる。
「納めていただいた食料を使って、屋敷の厨房で炊き出しを行います。村人も自由に利用して構いません。薪も、屋敷の暖房だけでなく、湯屋の維持に使います」
「……なんだと?」
それでは、屋敷が得をするどころか、手間が増えるだけではないか。
食料を一箇所に集め、効率よく管理・分配する。
それは、村全体を一つの「家」として運用する提案だった。
「リディア様は、ご自分の食事の質が落ちるのを嫌がりますので。村の粗末な管理で腐らせるより、プロの料理人が管理した方がマシだ、と」
執事は事もなげに言う。
だが、その提案が「村人を救う」ためのものであることは明白だった。
あのわがまま令嬢が、そこまで考えたというのか?
「……試しているのか、わしらを」
「さあ。主はただ、快適に過ごしたいだけです。……それで、契約していただけますね?」
執事の圧に押され、わしは頷くしかなかった。
信じるにはまだ早い。
だが、この男と、あの令嬢の背中には、何か今までの貴族とは違う「覚悟」のようなものが見えた気がした。
その時だ。
遠くの山の方から、鐘の音が聞こえてきた。
カン、カン、カン!
非常事態を告げる早鐘だ。
「なんだ!?」
「採掘場の方ですね」
執事の目が、スッと細められる。
その鋭さは、獲物を見つけた猛禽類(もうきんるい)のようだった。
白夜領の静寂が、音を立てて崩れ始めていた。
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