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第11話 消えた荷
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(視点:レージ)
採掘場の事務所は、石炭の粉塵(ふんじん)と男たちの汗の匂いで満ちていた。
粗末な長机の上に、汚れた帳簿が投げ出されている。
「……それで? 荷物が消えたというのは、どういうことですか」
私は努めて穏やかな声で尋ねた。
だが、目の前に座る現場監督のバルドという男は、額から滝のような汗を流している。
巨漢の彼が、私のような細身の執事に怯(おび)えている図は滑稽ですらある。
「だ、だから! 雪崩だよ! 輸送中のソリが雪崩に巻き込まれて、谷底に落ちちまったんだ!」
「ほう。雪崩ですか」
私は手袋をした指先で、帳簿のページをめくる。
紙のざらついた感触。
そこに記された数字は、あまりに杜撰(ずさん)だった。
『白銀晶(はくぎんしょう) 原石 5箱 消失』
白夜領の特産であり、紋章術の触媒となる希少鉱石。
それが5箱も消えれば、王都の屋敷が一つ買えるほどの損失だ。
「雪崩が起きた場所は?」
「北の……第三鉱区の裏道だ」
「奇遇ですね。私が来る途中、その道を通りましたが、雪崩の跡などありませんでしたよ」
「っ……!」
バルドが息を呑む。
嘘だ。私はその道を通っていない。
だが、カマをかけただけでこの反応。
やはり、事故ではない。横流しだ。
誰かが意図的に荷を隠し、裏ルートで売りさばこうとしている。
「正直に話していただければ、公爵家としても情状酌量の余地がありますが」
笑顔のまま、少しだけ声を低くする。
バルドの視線が泳ぐ。
彼は何かを言おうとして、口をパクパクと動かし、結局黙り込んだ。
背後に、もっと恐ろしい「何か」がいる。
私よりも怖い何かが、彼を脅しているのだ。
ふと、部屋の隅で気配がした。
リディア様だ。
彼女は「退屈だから」と言ってついてきたが、今は部屋の隅にある古ぼけた椅子に座り、興味なさげに窓の外を眺めている……ように見えた。
だが、彼女の視線は、窓ガラスに映り込んだ「帳簿」に向けられていた。
彼女の目は、私が見落としていたページの一点を凝視している。
(……気づかれたか)
私は心の中で舌を打つ。
彼女には、汚い裏社会のことなど見せたくなかった。
綺麗な世界で、何もしないまま、ただ守られていて欲しかった。
けれど、彼女の聡明さは、隠そうとしても隙間から光のように漏れ出してしまう。
リディア様が立ち上がり、退屈そうに欠伸(あくび)をした。
そして、机の方へふらりと近づいてくる。
「ねえ、レージ。まだ終わらないの? 埃っぽくて喉が痛いわ」
「申し訳ございません。もう少しだけ」
「もう、早くしてよ。……あら?」
彼女の手が、帳簿の上に伸びる。
無造作に置かれていたインク瓶に、彼女の袖が触れた。
「あ」
バシャッ。
黒いインクが倒れ、帳簿の上に広がる。
バルドが悲鳴を上げた。
「な、何をするんですか!」
「ごめんなさい。……でも、こんな汚い帳簿、書き直した方がいいんじゃない?」
リディア様は悪びれもせず言う。
そのインクが黒く染めた場所。
そこは、私がまだ追及していなかった「先月」の記録の部分だった。
偶然を装った、明確なヒント。
彼女は気づいたのだ。
今回の消失だけではない。もっと前から、少しずつ、気づかれない量で盗まれ続けていたことに。
そして、その数字のズレが、インクで塗りつぶされた場所に集中していることに。
私はハンカチを取り出し、インクを拭き取るふりをして、その数字を確認した。
なるほど。
在庫の数を改ざんして、最初から採れなかったことにしているのか。
「……リディア様。お召し物が汚れます」
私は彼女の手を取り、そっと引き寄せた。
彼女の指先は、インクではなく、恐怖で冷え切っていた。
彼女もまた、この不正の裏にある「悪意」の大きさを感じ取ったのだろう。
それでも、彼女は私に教えずにはいられなかった。
守るために嘘をつき、守るためにヒントを出す。
その矛盾した行動が、私には痛いほど愛おしく、そして危うく見えた。
採掘場の事務所は、石炭の粉塵(ふんじん)と男たちの汗の匂いで満ちていた。
粗末な長机の上に、汚れた帳簿が投げ出されている。
「……それで? 荷物が消えたというのは、どういうことですか」
私は努めて穏やかな声で尋ねた。
だが、目の前に座る現場監督のバルドという男は、額から滝のような汗を流している。
巨漢の彼が、私のような細身の執事に怯(おび)えている図は滑稽ですらある。
「だ、だから! 雪崩だよ! 輸送中のソリが雪崩に巻き込まれて、谷底に落ちちまったんだ!」
「ほう。雪崩ですか」
私は手袋をした指先で、帳簿のページをめくる。
紙のざらついた感触。
そこに記された数字は、あまりに杜撰(ずさん)だった。
『白銀晶(はくぎんしょう) 原石 5箱 消失』
白夜領の特産であり、紋章術の触媒となる希少鉱石。
それが5箱も消えれば、王都の屋敷が一つ買えるほどの損失だ。
「雪崩が起きた場所は?」
「北の……第三鉱区の裏道だ」
「奇遇ですね。私が来る途中、その道を通りましたが、雪崩の跡などありませんでしたよ」
「っ……!」
バルドが息を呑む。
嘘だ。私はその道を通っていない。
だが、カマをかけただけでこの反応。
やはり、事故ではない。横流しだ。
誰かが意図的に荷を隠し、裏ルートで売りさばこうとしている。
「正直に話していただければ、公爵家としても情状酌量の余地がありますが」
笑顔のまま、少しだけ声を低くする。
バルドの視線が泳ぐ。
彼は何かを言おうとして、口をパクパクと動かし、結局黙り込んだ。
背後に、もっと恐ろしい「何か」がいる。
私よりも怖い何かが、彼を脅しているのだ。
ふと、部屋の隅で気配がした。
リディア様だ。
彼女は「退屈だから」と言ってついてきたが、今は部屋の隅にある古ぼけた椅子に座り、興味なさげに窓の外を眺めている……ように見えた。
だが、彼女の視線は、窓ガラスに映り込んだ「帳簿」に向けられていた。
彼女の目は、私が見落としていたページの一点を凝視している。
(……気づかれたか)
私は心の中で舌を打つ。
彼女には、汚い裏社会のことなど見せたくなかった。
綺麗な世界で、何もしないまま、ただ守られていて欲しかった。
けれど、彼女の聡明さは、隠そうとしても隙間から光のように漏れ出してしまう。
リディア様が立ち上がり、退屈そうに欠伸(あくび)をした。
そして、机の方へふらりと近づいてくる。
「ねえ、レージ。まだ終わらないの? 埃っぽくて喉が痛いわ」
「申し訳ございません。もう少しだけ」
「もう、早くしてよ。……あら?」
彼女の手が、帳簿の上に伸びる。
無造作に置かれていたインク瓶に、彼女の袖が触れた。
「あ」
バシャッ。
黒いインクが倒れ、帳簿の上に広がる。
バルドが悲鳴を上げた。
「な、何をするんですか!」
「ごめんなさい。……でも、こんな汚い帳簿、書き直した方がいいんじゃない?」
リディア様は悪びれもせず言う。
そのインクが黒く染めた場所。
そこは、私がまだ追及していなかった「先月」の記録の部分だった。
偶然を装った、明確なヒント。
彼女は気づいたのだ。
今回の消失だけではない。もっと前から、少しずつ、気づかれない量で盗まれ続けていたことに。
そして、その数字のズレが、インクで塗りつぶされた場所に集中していることに。
私はハンカチを取り出し、インクを拭き取るふりをして、その数字を確認した。
なるほど。
在庫の数を改ざんして、最初から採れなかったことにしているのか。
「……リディア様。お召し物が汚れます」
私は彼女の手を取り、そっと引き寄せた。
彼女の指先は、インクではなく、恐怖で冷え切っていた。
彼女もまた、この不正の裏にある「悪意」の大きさを感じ取ったのだろう。
それでも、彼女は私に教えずにはいられなかった。
守るために嘘をつき、守るためにヒントを出す。
その矛盾した行動が、私には痛いほど愛おしく、そして危うく見えた。
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